10.未来を一緒に(代替わり)
「トレモイユ伯には、奴隷を切り刻み、地下室で禁じられた黒魔の儀式をしている疑いがある! 証拠隠滅をはからせないため、これより即座に屋敷地下を改める!!」
「────!?」
(ど、どういうこと???)
確かにアーレことトレモイユ伯爵には黒い噂があった。
ただ、噂は噂に過ぎず、いきなり騎士団が押しかけ、屋敷の主の許しも得ずにこんな強行をするなんて有り得ない。
騎士たちは、彼らを押しとどめようとする使用人たちを払って、どかどかと厨房から地下への入り口へと踏み込んでいく。
エマは、人の輪のもとへ急いだ。
「奥方様!」
エマに気づいたひとりが言う。
「伯爵様へお知らせは?」
「門を破られた際、マルクが走っております。いまお伝えしているかと」
(門を破った?)
その言葉にギョッとするが、アーレにはすぐ伝わる。
頷いて、エマはどうすべきか迷った。
見守る? やましいことなどない。地下に儀式跡がないと判明すれば、彼らも大人しく引くはず。
そう両手を握りしめたエマの横で、誰かの囁きが聞こえた。
「偽の証拠を捏造する気じゃないだろうな」
「ああ、有無を言わさず、中に入ったものな」
(!!)
公平であるべき聖教騎士団がそんなことをする? でもこの事態こそ異常だ。
すでに力で止めようとしただろう使用人たちが幾人か怪我を負い、侍女たちも震えている。
看過できない。
エマは、自分の倍以上の体積を持つ、巨躯な騎士を見据えた。
一段と立派な身なり、彼が指揮官に違いない。
「おやめください!! 何の許可もなく、突然無礼ではありませんか!」
「なんだ?」
明らかに舐めきった視線を騎士が寄こした。エマの手にある籠を捉えて言う。
「我らは聖教会の任を遂行している。下女風情が口を出すな」
「下女とは礼を欠いた発言! わたくしはトレモイユ伯爵の妻で、この家の女主人です! 然るべき礼儀を守ってください」
エマは怯まずに声を張った。
最近結婚したばかりの身で、"女主人"を名乗るのはおこがましいが、騎士の態度は目に余る。
貴族の端くれとしても、アーレが来るまで自分が騎士たちを抑えなければ。
エマの言葉に眉を顰めた騎士は、すぐに何か思い当たったらしい。口元を品なく歪めながら、言い放った。
「ああ、老伯爵が貧乏男爵から買い取ったという娘か。女主人を名乗れるのも今だけだ。伯爵家の罪は露呈して、すぐにその地位を失うことになるだろうから、夫と路頭に迷う準備でもしておくんだな」
過ぎる言葉に、さすがにエマが憤りを感じた時だった。
「わああああああっ!!」
「バ、バケモノ──!!」
厨房から、騎士たちが転がるように飛び出てきた。
「!?」
エマと尊大な騎士とが同時にそちらを見やり、目を瞠った。
騎士たちを追うようにして出てきたのは何体かの鎧。
しかも、そのうち数体は頭部や小手の部分が外れ……、本来あるべき肉体がなく、空洞の身で動いている。そんな鎧たちが剣を振り上げ、騎士たちに迫っていた。
「なっ?!」
(えええええ、何──?)
エマも目を疑う光景に、鋭い声が響いた。
「"止まれ"」
手を叩く一音と同時に、鎧たちがピタリと制止する。
声の主はアーレ、つまりサミュエルだった。
ゾフ他、屈強な私兵たちを従え、その身分にふさわしい装いで堂々と歩いてくる彼を見て、エマはホッと大きく安堵した。
(来てくれた──)
エマの前に、庇うように出たサミュエルが、騎士たちと対峙する。
「よくも貴重な鎧たちを傷つけてくれたな。加えてこの蛮行の数々。相応の責はとってもらうぞ」
「な、なにが"責"だ! 動く鎧など、まさに悪魔の所業! それこそ黒魔の術の証拠ではないか!」
明らかに上位者とわかる青年の登場に、気圧されたように身を引きつつ、虚勢を張って叫んだ指揮官を、サミュエルは鼻で笑った。
「は! 自動鎧を知らんのか。魔石と術式を組み込んで、駆動させる人形だ。
地下を通り抜けるくらいなら作動はしないが、悪意を持って手を出せば、侵入者を追い払うようにしてある。
高価な魔石をいくつも使用しているが、それをこんなに壊したのだ。お前たちの年俸では到底賄いきれないような額だが、弁償はしてもらうぞ」
金が必要なわけではない。大金だと言う圧をかけただけだが、俗物らしい騎士にはよく効いた。
焦ったように、顔を引きつらせる。
その様子から、サミュエルは相手を測った。
三十代半ばらしい、ただの端下。
サミュエルが、日頃エマや子ども達に地下室へ行くなと口を酸っぱくして言っていた、一番の理由はこの仕掛けが原因だった。
セーフティーガードがあっても、おそらくトラウマ間違いなしの恐怖だ。
ちなみにサミュエルが子どもの頃夢中になった絵本、『古城のおばけサミィ』に出てくる"動く鎧"の真似であることは、ゾフにも秘密である。
「自動…鎧?」
小さく呟くエマの耳元に、ゾフが補足した。
「ここにある自動鎧はサミュエル様がお作りになられたのです。地下室で鎧を分解して」
「えっ、アーレすごい!」
「……あまり正面からお褒めになりませぬよう。おかげで"手足を解体す"などの、わけがわからない噂が付与されたことは確かですから」
火のないところに煙は立たないというが、主人が紛らわしいことをしていたのは事実。
ゾフにとって、地下室にこもって趣味に興じるサミュエルは、限度知らずなので手を焼く対象でもあった。死なないのを幸いに、何食でも抜く。没入すると時間を忘れるタチ。問題だ。
こそこそと話すふたりを背に、サミュエルたちの応酬は続いていた。
「それで、儀式の証拠とやらは見つかったのか?」
「くっ」
指揮官の顔に脂汗が浮いた。
証拠をでっちあげるため抜き打ちで地下に下りたのに、自動鎧とやらに追われた部下たちには、とてもそんな間がなかったようだ。
これでは裏の任務が不履行となってしまう。
上部から、言い含められていた。
伯爵家を潰すから、必ず相手を異端として捕らえるようにと。
異端者は、人として扱わない。
工作で異端とすることが確定していたから、好き放題に振舞っていたのに。出来なかった場合、伯爵家への冒涜行為は倍以上になって返ってくる。
今回の背景には、ある商家の逆恨みがあった。
カデュアール男爵を嵌め、安く男爵領と爵位を奪い取る寸前に、トレモイユから横槍を入れられた。
商家は身の程知らずにもトレモイユを狙うと、聖教会に多額の寄付を積み、伯爵家の莫大な資産は聖教会で吸い上げるよう唆した。
トレモイユを削ぐことが出来れば、かの家が貢献している王室の力も落とせる。聖教会の国内での影響力を強めることが出来る。
その気になった聖教会が、トレモイユを調べたものの、噂のような後ろ暗い点はなく、わかったのはただ地下室の場所のみ。
欲にかられたままの聖教会は、騎士団に調査と不正を命じた。腐敗も良いところだった。
不意を突いたはずが、何もかも見透かしているような相手の様子に、騎士団は不気味さを覚える。
それもそのはずで、サミュエルのもとにはこれらの動きが逐一報告されていた。
国内のあらゆる機関には、トレモイユの恩恵を受けた人材たちが就いており、ことトレモイユに関する案件は最速で届くようになっている。
今回の一連、首謀者の名から、関わった人物すべてがサミュエルには伝わっていた。
待っていたのは、ただ、事を大きくして、絡んだ人間とその商家を徹底的に叩き潰してやろうと思っていたからに他ならない。巨大な聖教会でも、今回の冤罪騒ぎと暴挙を収めるために、数人の首は差し出してくるだろう。
さすがに早朝、エマが庭に出ている時に押し掛けてくるのは想定外で、彼女を脅かさないために私兵を下げていた点は裏目に出たが。
「騎士団が、"国境視察の名目"で領内に入ったという報せは受けていた。目的地を我が屋敷に変えたことも。それでも然るべき手順を踏むだろうと思っていたら、まさかこんな粗末な真似をするとは……」
「き、貴様らが! 証拠を隠す時間を与えるわけにはいかんと思ったのだ」
「ほう? 言い掛かりも甚だしいが、せっかくここまで来たのだ。特別に地下は見せてやる。ただし俺の目の前でな。何もなかった場合は、わかっているだろうな」
「な……っ、大体貴様はなんだ! いきなり出てきて、名乗りもせずに!」
指揮官の立場違いな発言に、サミュエルの声が凄みを増した。
「屋敷の主人へ挨拶を通さぬから、そんな愚問が出る!! サミュエル・アーレ・トレモイユ。俺がトレモイユ伯爵だ!」
「は……っ?」
場にいた騎士団全員が、目を瞬いた。あまりの名乗りに、指揮官が口を開く。
「馬鹿を言え! 伯爵は60歳の男だ。貴様のような若造が伯爵のわけが──」
「第八代サミュエル・アーレ・トレモイユ。お前が言っているのは、先代・第七代めトレモイユ伯のことだろう。公式発表こそまだだが、王室の承認も得て、すでに代がわりしている。正真正銘、俺が伯爵家の現当主だ」
この言葉に、今度はエマが混乱した。
(ままま、待って、アーレ。話が見えないわ。トレモイユ伯がふたり? でもアーレが60歳の伯爵本人だと……)
困惑するエマに、目が合ったゾフが意味ありげに軽く目配せした。
(なにかしたの──???)
エマの推測は的中していた。
サミュエルは、《聖女の微笑み》を得るにあたり、解呪後に公の場に復帰するための準備をしていた。
──年の離れた弟の息子──。
紙の上だけで弟と甥を作り、第八代トレモイユ伯爵の出自を用意して、王室に爵位継承を認めさせていた。
以前ゾフが、サミュエルに王家承認と根回し完了と報告していたのは、この件だった。
トレモイユ家に毎年借金をしている王室は、トレモイユの後継要求をあっさりと呑んだ。
彼らからしたら、甥でも養子でも婚外子でも。何でも構わず、そんなことでトレモイユの機嫌を損ねる気はなかった。新当主もトレモイユの血統を示す瞳、"トレモイユの紫"持ちだという。至って問題はない。
第七代トレモイユ伯は、健康上の理由で座を退き、屋敷の奥でこれまで通りにふわふわと過ごすらしい。
代が変わって若い当主になれば、扱いやすく、つきあいも楽になるのではという、王室側の目論見もあった。
かくして。
サミュエルはまったくの同名のまま、世間的にだけ別人として、自分の跡を、自分で継いだ。
結婚誓約書にあるエマの署名は、どちらの伯爵にも適用出来る。
届け出も息のかかった領内の教会だ。
都合の良い方に合わせれば良いと見立ててあったが、今回サミュエルが表で名乗り、離縁の予定が消えたことで、エマはこの先、新当主の妻と知らせることになるだろう。
その後、サミュエル立ち合いのもと、地下室の嫌疑を晴らした伯爵家では、王都から迎えが来るまで聖教騎士たちを地下室の牢に放り込んだ。
自動鎧を常に動かした状態で、地下内を闊歩させることにしたので、地下室は当面、絶対立ち入り禁止となった。
「牢から出てきた時のヤツらの顔が見ものだな」
サミュエルが面白そうに言う。
「"呪われた伯爵の動く鎧"、実にいい」
「またそのようなことを……」
「本当に。新しい噂がたってしまうわ。いまはもう呪われてないのに」
ゾフの呆れ声とエマの心配する声に、サミュエルが苦笑した。
「それなんだがな」
サミュエルが腕を見せる。
先日、ナイフで作った切り傷。
包帯まで巻いて見せびらかしていたサミュエルの傷は、まだしっかり治ってなかったはずだったが──。何の形跡もない健常な肌となっていた。
「えっ、もう治ったんですか?」
「赤い筋が濃かったのに」
「故あって指輪を外した時があって、その途端、傷が消えた」
「「え??」」
「指輪をつけ直して、新しく作った傷はちゃんとあるから、考察するに"指輪をはめている間だけ《魔王妃の涙》を抑えられている"といった感じなのかもしれん」
「「えええ──??」」
「なにせあっちは体内に取り込んでいるからな……」
呟くようにサミュエルが言う。
「つまり、指輪が外せないということだな!」
結論だった。
「そんな……」
「効力が完全に消えたわけではなかったということですか?」
「まあ、それも仕方ないだろう。普通に時間を重ねられるなら、それでいい」
もはや多くは望まない、そう言ったサミュエルが、早速望みを上乗せした。
「そんなわけで俺はずっとこれをつけることになると思うから、エマ、おそろいの意匠で指輪を作ろう」
「えっ?」
「結婚指輪として、社交界で見せつけるんだ」
「ええっ?」
「今回の件、王都まで抗議に行くぞ。ウチに手を出した連中に目にものを見せてやる。当主就任として王室への挨拶もあるし、あと義父上と鎧話をしたい」
「えええっ?」
「楽しみだな、エマ」
にっこりと少年のように微笑む年齢不詳の夫に、エマはあっけにとられた。
けれど。彼と一緒に広げていく未来は、確かにとても楽しそうだったので。
「そうね!!」
満面の笑みで、エマも頷いたのだった。
明るく抜ける晴れやかな空。
朝食のベリーは瑞々しく、テーブルには爽やかな風が、ふたりの食卓を祝福していた。
◆ ◆ ◆
トレモイユ家に伝わる文献は示す。
第八代サミュエル・アーレ・トレモイユは最愛なる妻と生涯仲が良く、共に過ごし、共に老い、孫子に囲まれた幸多い人生を過ごした、と。
トレモイユの宝物リストには、白い魔石の指輪が伝えられている──。
《完》
お読みいただき、ありがとうございました!
解呪のまま、代替わりしたよって書けばそのまま9話で終わっていたのですが、最後にとっ散らかして、ツッコミどころ満載にしてしまいました。
でも、独身貴族だったサミュエルが、地下で趣味にお金をつぎ込んで楽しんでいる姿も書きたかったので(オタク?)、深く気にせずに読んでいただけましたら幸いです(*´▽`*)♪
だけど私が楽しく書いた回は「いいね」ウケがイマイチ。"恋愛"から離れるからかな、と思っています。すみません、しくしく。
王都に行ったサミュエルは、王室にローヌ川の問題もブッ込んでるはず。扱いにくい新当主でした。
完結したので感想欄を開けました! 良かったら、優しい言葉をかけてやってください~。
そして読んだけど「評価まだだよー」という方、ぜひ★★★★★を押してくださいましたら、めちゃくちゃ嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします!!
汐の音様 https://mypage.syosetu.com/1476257/
こすもすさんど様 https://mypage.syosetu.com/2016858/
【おまけ】という名のお目汚し




