13-9 望むほど渇いていく(前編)
ローブの三人組と戦闘を終えた春達。意識を失っていた三人組を縛り上げ、雑に川の字で地面に寝転がす。先程までの戦闘を知らない者が見れば、思わず吹き出してしまうほどに無様な光景であった。
そんな三人の前で十六夜は春、耀、龍信に対し冷ややかな目を向けていた。
「やり過ぎだ馬鹿共」
「「「はい。すみませんでした………」」」
申し訳なさそうに肩を竦める三人。しっかりと自分達の敵を倒し、捕縛することに成功したはずなのに、なぜ十六夜に説教をくらっているのか。
その理由は篝が持っている物が理由であった。
「せっかく手に入れた増幅装置がボロボロね」
両手で壊れ物を触るかのように優しく増幅装置を持ち上げている篝。しかし、その手の中にある装置は亀裂が走っており、少しの衝撃で今にも割れてしまいそうであった。
「龍信さん。アンタは完全にやり過ぎだ。もしアイツが装置を持っていたら粉々になってるところだ」
「はい………」
「春と耀、というか耀。もう少し威力が強かったらあの装置もぶっ壊れてたぞ」
「はい………」
「すみません………」
説教をする際、十六夜はそれぞれが相手にしていたローブの男を指さす。龍信が相手にした男はローブはおろか上半身の服が完全に消失し、かなりの火傷を負っている。春と耀が相手していた男は左肩以外目立った傷は無いが、ローブや服の下は打撲や骨折などで酷いことになっている。
一方、十六夜と篝が相手にした魔獣使いの男は右腕と右肩と側頭部。計三発の炎の弾丸を受けるだけで終わっていた。
「まあ、俺達が相手したのよりこの二人が強かったのは分かってる。だが、それを差し引いても装置のことを考えずにブッ飛ばすのはアウトだ」
「「「仰る通りです………」」」
申し開きのしようも無かった。普段はふざけたり相手をからかったりするせいで叱られることの多い十六夜だが、目標に向けて何かをするときはそれが逆転する。春も篝もこういう時だけは、昔から頭が上がらなかった。
十六夜の言葉に三人は今にも土下座しかねない勢いで肩を落としていく。それを見かねた篝は十六夜を制止するために声をかけた。
「まあまあ十六夜君。その辺で………ね?」
「………それもそうだな」
「「「ほっ………」」」
篝によって、十六夜は怒りを鎮めて説教を止める。刺すような視線と胸を抉る言葉が止んだことにより、三人はほっと胸を撫で下ろす。そして、春は縛り上げた三人に目線を落とした。
「それじゃ、こいつら連れて現世に戻るか」
「………いや、その必要はない」
「「「「「っ!」」」」」
突如として聞こえた自分達以外の声に緊張感が走る。その声を辿り、春と同じように他の四人も目線を倒れている三人へと落とす。そこには春達の倒した剣士の男が目を開け、雲に覆われた薄暗い異界の空を眺めていた。
警戒心を引き上げ、鋭い目で剣士を見下ろす春達。その中で、龍信は一歩前へ出て剣士へと話しかけた。
「目が覚めたか。それで、必要ないっていうのは」
「簡単な話だ。ここで全員、死ぬからな」
淡々と剣士はそう話す。文面だけで見れば煽りに聞こえるが、言葉には全く覇気が無い。落ち着きがあり、空を見上げる目は全てを諦めたように力が抜け落ちていた。
その違和感に全員が気づく。その違和感は不気味へと変わり、五人の緊張感が最高潮へと高まる。その瞬間、明確な変化が訪れた。
「ぐっ! うがあぁぁぁぁっ、あ゛あ゛!」
「「「「「っ!?」」」」」
突如として呻き声を上げ、苦しみだした剣士。口からは涎を垂れ流し、目は今にも白目を剥いてしまいそうなほどに上を向いている。ワイヤーで拘束されているにも関わらずもがき、ミノムシのようにうねうねと体を捩らせて暴れる。
尋常じゃない苦しみ方に全員が目を奪われていると、剣士の胸が熱を持った金属のように輝き出していることに気が付いた。
「離れろっ!!!」
必死の形相で叫ぶ龍信。それと同時に苦しむ剣士から距離を取るために背後へと跳ぶ。春達もまた、龍信と同時に後ろへと跳んだ。
剣士の胸の輝きもより一層強くなる。その直後、大きな爆発が春達を襲う。そして、その爆発の直後に二回、似たような爆発が起こった。
黒煙が噴き荒れ、周囲の大地を焼き焦がす。爆発の原因となった剣士は勿論、その左右に居た仲間達も跡形もな吹き飛んでいた。
その爆発に巻き込まれた春達はというと―――
「危なかったな………」
「危機一髪だったわね」
「ああ。助かったよ、耀。龍信さん」
「どういたしまして」
「かなりギリギリだったけどな」
爆発にこそ巻き込まれはしたが、耀が光の壁を。龍信が大きな鼓面を展開することで爆発の直撃は回避する。膝を曲げて姿勢を低くし、受ける被害を最小限に抑える。そのおかげで火傷もほとんどなく、衣服や肌に付着した黒い煤の汚れの方が派手に目立っていた。
爆発を回避したことに対し、五人が笑顔で安堵することは無い。むしろ、その表情は苦虫を噛み潰したように暗い表情をしていた。
「………三人共、消し飛んだか」
「………そうらしい」
光の壁と鼓面が消え、爆発の元となった剣士達の方を見る。そこには爆発が起こったであろう焼け跡が三つ残っている。それを見た龍信と十六夜はどこか悲しそうに呟いた。
「目を覚ましてから爆発したことを考えると自動ではなく、自分の意志による自爆だったはずだ。最初の爆発から、立て続けに二回爆発があったがおそらくは誘爆。あそこの焼け跡から見ても、他の二人にも爆弾が仕込んであったんだろうな」
「捕まった時に情報を抜き取られないための自害。遺体も残さず、敵を巻き込めれば尚良し………、最悪の気分だわ」
「胸糞悪いな」
「うん」
爆発の原因を探り、それを言葉にしていく十六夜と篝。その不快感に顔を顰めていき、ついには篝と春が愚痴を吐き捨てる。耀も首を縦に振り、同じ不快感と嫌悪感を示す。
その中で、十六夜はあることを思い出していた。
「篝」
「何かしら? 十六夜君」
「魔獣使いの最後の抵抗、覚えてるか?」
「ええ、もちろん覚えているわ」
十六夜に問われ、思い出すのは魔獣使いの必死の抵抗。覚悟を決めたというより、何かを恐れていたように見えたのを覚えていた。
「今にして思えばあれは自害するのが怖かったからか、恐れているように見えたのね」
「それもそうなんだが、肝心なのはそこじゃない」
「え? どうして?」
「他に何かあるというの?」
「………ああ、そういうことか」
「確かに不自然だな」
「「?」」
十六夜の言葉に納得した春と龍信。しかし、耀と篝は分からずに小首を傾げてしまう。
そんな二人に龍信は自身の推察を話した。
「自害するのは怖い。それなのに、しないという選択肢は無い。それって可笑しくないか?」
「あ!」
「確かに………不自然ね」
自爆が自分の意志によるものなら、しないことも出来たはずだ。しかし、魔獣使いの行動からは自害をしないという選択肢は念頭に全くなかったことが伺える。
怖い、やりたくない。でも、しないということは出来ない。その違和感にようやく気が付いた。
「そういう風に洗脳されてるのか、あるいは自害しない方が怖いということなのか。………どっちにしろヤバいことに変わりないな」
「なによ、それ………」
「………っ!」
違和感が悍ましい不気味さと気色悪さに変わる。篝は言葉を失い、耀は顔色が青白く変わっていく。
他の三人もまた表情を険しいものへと変え、その不快感をぶつける対象が無いからか虚空を睨む様に見つめる。その中で、春は残った焼け跡に目線を移した。
(自害することさえ厭わない集団。そして、そんな集団が関わっている増幅装置………)
漠然と、巨大な何かが動いていることだけは分かる。予測することのできない何かが起ころうとしているということも。そんなどうしようもないことだけが思考を支配し、頭の中を掻き乱す。
「一体、何が起ころうとしてるんだ………?」
言葉にしようのない気持ち悪さに、春は思わず目を細めてしまうのだった。
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