12-3 銀行強盗
日務町二丁目の銀行。
非常事態を知らせる銀行の警報音が鳴り響く中、その真正面で大きな爆発が発生した。
「ぐわああああああっ!」
炎と黒煙を噴き上げた爆発に、一人の魔法防衛隊員が吹き飛ばされる。そして、付近に居た一人の警察官が吹き飛ばされた隊員に駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「ぐ、う゛う゛ぅぅぅ………!」
吹き飛ばされた隊員は火こそ付いていないものの体からは僅かに煙が立ち上り、地肌が見える頬や手からは血を流して酷い火傷を負っているのが見えた。その姿はとても痛々しく、隊員も激痛に耐えるように苦しそうな声を漏らす。
周囲に居た隊員や警察官はそれを一瞥すると、怒りを向けるように目の前に立つ二人の強盗犯に目を向けた。
「おらぁ! 道を開けろおおおお!」
中身がいっぱいであろう鞄を片手に持ち、右手を自分達を取り囲む防衛隊員や警察官に向ける覆面の男。もう一人の男も顔に覆面を被り、片手に中身が詰まっているであろう鞄を持つ。二人共、覆面から見える口は大きくにやけていた。
「くっそ、アイツらこんな街中で暴れやがって………!」
「もうすぐ応援が来る………! それまでは持ち堪えろ………!」
強盗犯を囲う魔法防衛隊員は負傷した人を含め四人。警察官は三人。
しかし、強盗犯の強さと周囲への配慮が足枷となり、強盗犯を足止めするのが精一杯であった。防衛隊員の二人は現状に歯噛みするが、応援が来るまでとは耐え忍ぶ決意をしていた。
「おい、このままだと応援が来る。早く離れないとまずいぞ」
「そうだな」
ヒソヒソと話す防衛隊員を怪しんだ強盗犯がもう一人に話しかける。時間も経っているし、このままでは不利なのは自分達だというのを理解している。
話しかけられたもう一人もそれを分かっており、ニヤリと更に悪い笑顔を浮かべた。
次の瞬間、強盗犯が翳す右手が光りを放ち始める。それをみた防衛隊員と警察官達が血相を変え、焦りを見せる。
直後、隊員と警察官から一人ずつ強盗犯の前へと出る。それと同時に、強盗犯の右手がさらに強く輝いた。
「ハハッ! くらえっ!」
気色の悪い笑い声と共に、強盗犯の右手からサッカーボールサイズの輝く玉が放たれる。その玉を前に、防衛隊員は地面に両手を着くとそこから伸びるように氷塊の壁が作り出される。警察官は何もない空間から自身の身長と変わらない大きさの盾を出現させ、両手で構えていた。
飛来する玉が二人の氷壁と大盾に触れる。その瞬間、玉は更に発光し爆発した。
「ああああ!」
「ぐへっ!」
その爆発に氷壁は砕け、その後ろに居た隊員をも吹き飛ばす。警察官の大盾は壊れこそしなかったが、その威力に踏ん張れなかった警察官が盾ごと後方へと押し飛ばされ、盾の下敷きになってしまう。
モロに爆発を受けた隊員に比べれば二人共軽傷であり、複数の擦り傷と軽い火傷で済んでいた。しかし、二人がやられたことで陣形に大きな隙が出来てしまった。
「今だ!」
「アハハハッ!」
それを好機に捉えた強盗犯の二人は一気に駆け出した。
「まずい!」
「逃げられる!」
駆け出した強盗犯の後を追いかけようとする魔法防衛隊員と警察官達。しかし、もう一人の強盗犯が追いかけて来る防衛隊員と警察官達を背中越しに睨み付けた。
「しつこいんだよ!」
追っ手に向かって右手を振るう強盗犯。すると、強盗犯から冷気が放たれ地面が凍り付いていく。そして、追いかける防衛隊員と警察官を一人ずつ、凍結に巻き込んで氷壁を作り出した。
「ああああっ!!!」
「大丈夫か!?」
「な、なんとか………!」
「こっちの警察官は完全に氷の中だ! 早く出さないとまずいぞ!」
氷壁が道を塞いだことで直接追いかけることが出来ない。壊すにも氷壁は分厚く、壊すにも多少の時間を要する。加えて、壊そうにも氷壁に巻き込まれた者達がいるため派手に壊すことはできないうえ、救助しなければならない。
三重の意味で厄介な妨害となっていた。
「お!? ラッキー!」
「ざまあ見ろ!」
しかし、狙って巻き込んだわけではないらしい。思わぬ幸運に強盗犯達は氷壁の向こうに居る追っ手達に悪態をつき、歓喜して走った。
だが、その幸運も長くは続かない。強盗犯の二人が駆け出した先から魔法防衛隊の装甲車がサイレンの音と共に姿を現した。
「げっ!? もう来やがった!」
「おい、こっちから行くぞ!」
「おう!」
このままでは駄目だと強盗犯達は進路を変え、脇道に入って行く。そこは車が入れるほど道は広くなく、強盗犯は再び巡って来た幸運に笑いが込み上げた。
「ハハ! ここじゃ車は追って来れねえだろ!」
「やったぜ!」
我が物顔で脇道を通り抜けた強盗犯達。その先の広い道路には人の姿はおろか、車すら一台も走っていなかった。
「もう一本向こうの道路に行くぞ!」
「おう!」
魔法防衛隊の装甲車から距離を取るために道路の先にある脇道に目をつけ、道路を突っ切ってその脇道に入り、もう一つ向こうの道路へと出る。
そこで強盗犯の一人が違和感を覚え、足を止める。
「ん?」
「どうした?」
「いや、なんかおかしくないか? ここって、こんなに人いなかったか?」
「そういえば………、さっきの道も車すら通らなかったな」
通り抜けた先にはまた人が居なく、車も通っていない。先程の大通りに比べれば道は狭く、人通りも少ない道ではあったがここまででは無かったはずだ。
そこで、先程の大通りの異変にも気づく。人も車も通らなかった不自然なほどの静けさ。自分達が暴れたせいで人が逃げたとしても、車すら通らないのはおかしいのではないかと。
「なんかまずくね?」
「ああ! さっさと逃げよう!」
「おう!」
先程までとは違い、明確な焦りを見せて強盗犯達は走り出す。
そんなとき、強盗犯達が通った脇道を人影が走り抜ける。その人影はそのままの勢いで跳躍し、強盗犯達の上空を通り過ぎるとそのまま二人の前に着地した。
「うお!?」
「な、なんだ!?」
突如として目の前に現れた人物に強盗犯の二人は思わずその足を止める。相手は魔法防衛隊の隊服を着ており、二人は一瞬身構える。しかし、その警戒はすぐに薄れていった。
「なんだコイツ………!」
「ガキじゃねえか!?」
目の前に現れた人物は大人ではなかった。それに対し強盗犯達は、不安を煽がれた苛立ちと不思議なものを見る目で見ていた。
しかし、それもそのはず。二人の前に立ち塞がったのはまだ中学二年生の少年なのだから。
「無駄な抵抗は止めて大人しく投降しろ」
強盗犯達の前に現れた少年、黒鬼春は目の前の二人を鋭く睨み付け、投降を促す。しかし、先程まで暴れていた強盗犯達が中学二年生の少年の言うことを素直に聞くわけが無かった。
「ガキが! すっこんでろ!」
苛立たし気に右手を突き出し、先程防衛隊員を襲った爆発する玉を放とうとする強盗犯の片割れ。しかし、それが叶うことは無かった。
「っ!」
強盗犯が右手を突き出した瞬間、春は強く地面を蹴り、強盗犯の目の前まで距離を縮める。そして、そのまま犯人の下顎目掛けて右拳を突き上げた。
「げぶっ!」
突き上げられた拳の衝撃が脳天にまで駆け巡る。そして、振り抜かれた春の右拳によって強盗犯の体が宙に舞う。
その後、魔法を放とうとした強盗犯は背中から地面へと落ちる。だらしなく四肢を投げ出し、白目を向いたまま気を失っていた。
「………は?」
地面に倒れた自身の相方に目を向けるもう一人の強盗犯。
何が起こった理解できず、そのまま硬直してしまう。だが、拳を突き上げた春の姿と倒れた強盗犯を見て状況を理解する。
「て、てめえ! 何しやがる!」
慌てて春から距離を取り、威嚇するように怒鳴る強盗犯。
しかし、春は一切怯むことなく強盗犯に語り掛ける。
「もう一度言う。大人しく投降しろ。どの道逃げ場なんて無いぞ」
「はあ!? 何言って―――」
「人も車も通らないだろ。もう警察が規制張って、この辺りを包囲してる」
「なっ!? ぐっ………!」
驚くと同時に、不思議に思っていた現状に納得する強盗犯。しかし、それが事実なら、もはや逃げ場はないに近い。
(どうする………? どうすればいい………!?)
追い詰められたという事実に焦燥感が募る強盗犯。どうすれば現状を打破できるのかと必死に脳を稼働させるが、焦るせいで思考がまとまらなかった。
グルグルと思考が逡巡とする中、真っ先に思い至ったのが目の前にある問題の排除であった。
「クソがぁ………!!!」
「っ!」
怒りを剥き出しにし、先程倒された強盗犯のように右手を春へと向ける強盗犯。
冷静であれば立ち向かう以外の選択をしただろう。しかし、実戦の経験も無い追い詰められた強盗犯にはそんな冷静さはカケラも無かった。
春は拳を構え、先程と同じように強盗犯を沈めようと身構える。しかしその直後、何かに気づいたのか僅かに目を見開くと力が抜けたように僅かに肩が下がった。
あまりにも不自然な動作。だが、今の強盗犯にはそのことに気づく余裕は無かった。
「食らえええええ!」
春に向かって氷の魔法を放とうとする強盗犯。
その背後で、白い光を纏った剣が振りかざされていた。そして、その剣は鮮やかな白い軌跡を残しながら強盗犯の後ろ首に振り下ろされた。
「がっ………!?」
突如として脊椎を襲った衝撃に強盗犯は白目を向いていく。体からも力が抜けていき、ついには地面に膝を着く。それでもなんとか意識を保とうと踏ん張る強盗犯だが、とうとう意識を手放して地面へと前のめりに倒れた。
春はそれを見届けると、構えを解いて強盗犯を倒した人物に目を向ける。
「ナイスタイミング。耀」
「私が手を出す必要無かったかもしれないけどね」
剣を左腰にある鞘へと収め、朗らかな笑顔を浮かべる耀。その凛々しい姿に春は安心感を覚えて小さく笑う。
続いて、倒れた強盗犯へと目を向ける。ハイネックの服のせいで隠れて見えなかった首元。問題となっている増幅装置のせいもあってか目線が誘導されてしまう。
そして、そこにあるものに春は大きく目を見開き、息を吞んだ。
「なっ………!?」
「どうしたの? 春」
春の驚きように耀も視線を強盗犯へと落とす。そして、春と同様の驚きを見せた。
「これって………!」
「増幅装置………!」
強盗犯の首に巻き付いていた物。それは今朝、資料で見た“増幅装置”そのものであった。
二人は装置に視線を奪われ、驚きに固まる。そして、春は装置が本物なのか確かめようとふいに手を伸ばしてしまう。
その直後、装置はボンッと煙を噴き上げて小さく爆発した。その爆発は倒れているもう一人にも起こり、首元からは装置の破片が零れた。
「うおっ!?」
「キャッ!?」
装置の爆発に二人は驚き、耀は僅かに後ろに下がる。春に至っては手を伸ばしていたせいもあってか尻餅を着いてしまう。
そして、二人共突然の爆発に唖然とした表情で固まっていた。
「ビックリしたぁー………」
「使用後は自壊すると資料に書いてあったけど、こんな風に爆発して壊れるのかよ………」
二人は驚きの言葉を口にすると再び強盗犯に近づく。そして、煙を立ち昇らせるバラバラとなった装置を覗き込んだ。
「やっぱり品質が悪いから壊れたとかじゃなくて、ワザと爆発させてるよね」
「そうだろうな」
品質が悪いから装置が壊れることは多々ある。しかし、今回に限ってはそうではない。不慮の事故ではなく、爆発するように仕組んでいたとハッキリと分かる。
「仕組みを解析させないためだろうけど、なんかな………」
「それだけで終わらない気がするね………」
「ああ」
この爆発は装置の仕組みを解析させないためだけで終わらない。何か別に隠したいことがあると、二人は爆発の意図を勘繰る。
そして、再び見えた不穏な影に表情を険しくさせるのだった。
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