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11-4 辞めていく者達


 士との修行を終えた春達は訓練室を出て、帰るために更衣室へと向かおうとしていた。


「あー、疲れたなー」


「そうだね」


 漏れ出たような春の呟きに、耀は隣を歩きながらそれに同意する。すると、春はどこか申し訳なさそうに耀のことを見た。


「耀には俺達全員に回復魔法かけて貰ったからな。ありがとう」


「ありがとな、耀」


「ありがとう」


 この場に居る全員に回復魔法を掛けた耀が一番疲れているだろうと、春は労いと感謝の言葉を伝える。そして、それに続くように十六夜と篝も感謝を伝えた。


「いいよ気にしないで。みんな怪我といっても軽い打撲くらいだったし、任務のときに比べたら全然大変じゃ無かったから………。………ん?」


 感謝を受け取りつつ、苦労の部分は否定して気を使わせないようにする耀。しかし、言い終わった最後で会話の中の違和感に気づく。


「十六夜、今私のこと“耀”って呼ばなかった?」


「………………」


「「ぶふっ!」」


 耀の指摘に十六夜は表情を無へと変える。そして、春と篝の二人は笑いを堪えきれずに吹き出した。


「ねえ、十六夜。今絶対に私のことを耀って呼んだよね? ね?」


「………………」


 耀は何も言って来ない十六夜に詰め寄り、目を合わせようとする。しかし、十六夜は逃げるように顔を逸らし、絶対に目を合わせないようにしていた。


「は、はやく答えてやれよ………! ぐふっ」


「そ、そうよ………! ぐふっ」


「………!」


 春と篝は笑いを堪えきれず、時折気持ちの悪い笑い声を漏らしながら十六夜に理由を説明するように迫る。

 普段は十六夜にからかわれることの多い二人だが、今はそうでは無い。今までからかわれた分をやり返そうと野次を飛ばしていた。

 しかし、そんなことをすれば後で倍返しされる恐れがある。


 案の定、十六夜はからかってくる二人に鋭い目を向ける。その目からは後で覚えてろよという声が聞こえてくるが、笑いを堪えるのに必死な二人が気づくことは無かった。

 傍から見るとなんとも不気味で近寄りがたい空気の四人。そんな四人の元へ駆け寄る人影があった。


「あ! 居た居た!」


「ん? 姉ちゃん?」


 四人へと駆け寄って来たのは愛笑であり、四人を見つけるとどこか安堵した様子を見せた。


「どうしたの? なんか慌ててるみたいだけど」


「うん。実はみんなに話があって」


 春、耀、篝の三人が愛笑に対し小首を傾げる。しかし、十六夜だけは愛笑の登場によって耀の呼び方についてうやむやになり、一人心の中で安堵していた。

 そんなことなど愛笑はつゆ知らず、自分が来た用事を話し始める。


「実は明日と明後日に二人ずつ、当直に入って欲しいんだ」


「それは別に構わないけど、珍しいね。俺達に頼むなんて」


「………うーん、そうだね。あはは………」


 当直、つまりは二十四時間勤務のこと。魔法防衛隊員である以上、春達も当直勤務の経験はある。

 しかし、春達は隊員であると同時に学生でもある。そこを配慮してなのか、人員に空きが出来てしまっても春達に代わりを頼むことはほとんど無かった。

 その点を春が突くと、愛笑は困った様子で笑って誤魔化す。明らかに不自然であり、四人共愛笑の様子に違和感を覚えてしまう。そして、それを目で訴えかける。

 愛笑は訝し気な目を向ける四人に誤魔化せないと察し、諦めたように小さくため息を吐いた。


「まあ、黙ってても後々分かっちゃうよね………。実は結構な人達が隊員を辞めてちゃったんだ」


「結構………」


「それってどのくらいですか?」


「………十人」


 十人―――その人数に四人は表情を険しくさせる。


「理由はこの間の討伐任務か?」


「………うん」


 十六夜の問いに愛笑は言い淀んだが、最後には首を縦に振って答える。それにより、四人の険しい表情に何とも言えない薄暗さが加わった。


「この間の任務の過酷さで無理だって思った人とか、拳磨と殺された二人を見てトラウマになっちゃった人とか。色々ね」


「まあ、無理もないわ。あんなのを見たら」


 思い出すのは拳磨の姿とその禍々しい気配と魔力。そしてなにより、拳一つでまるで蚊でも払うかのように殺されてしまった二人の姿。

 魔法防衛隊に居れば、あんな化け物と出くわす可能性はゼロではない。それを恐れてしまうのを駄目だ、などと言うことは出来なかった。


 そこから誰も言葉を発さず、気まずい空気がしばらく流れる。そして、この空気の居心地の悪さに耐えかねた春が話を進めた。


「えーと、それで勤務に入って欲しいってのは明日と明後日でいいんだよね?」


「あ、うん。それで大丈夫」


「じゃあ、どういう風に分かれる? 俺はどっちでも大丈夫だけど」


「私も大丈夫」


「同じく」


「私もよ」


「んじゃあ、分かれ方は俺と耀。十六夜と篝だな。あとはどっちがどの日にするかだけど」


「もう俺とお前でじゃんけんして、勝った方が明日でいいだろ」


 先ほどの重苦しい空気は何処へやら。とんとん拍子に話が進んでいく。何よりペアが話し合う必要もなく決まっていくのが不思議だが、四人からすればごく自然な分け方であった。

 そして、じゃんけんに勝ったのは春。それにより翌日の当直勤務には春と耀、明後日の当直勤務には十六夜と篝の二人が就くことになった。


「これでいい? 姉ちゃん」


「うん! ありがとう! それじゃあみんなよろしくね!」


 そう言うと愛笑は足早にその場から去っていく。何かは分からないが、何かしら忙しいのだろうと春達は察した。


「それじゃあ、さっさと着替えて帰るか。明日の勤務もあるし」


「そうだね」

「ええ」

「ああ」


 愛笑の後ろ姿を見届けると、春が着替えて帰ろうと提案する。他の三人も同意し、更衣室に向かって歩いていくのだった。







 その後、帰路にて―――


「あ!」


「ん? どうした耀?」


「十六夜に私の呼び方変えた理由、まだ聞けてない!」


「………あ」


 十六夜が耀の呼び方を苗字から名前に変えた件。そのことについて何も聞き出せていないことを思い出した耀は、やらかしたと言わん勢いで頭を抱えるのだった。





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