11-1 いつかは超えるつもりです(前編)
耀との組手を終えた士。その後十六夜と篝の二人とも組手を終え、評価を伝える時間へと移る。
それぞれで楽な姿勢を取って床に腰を下ろす四人の前に立ち、自分の所感を伝え始めた。
「手合わせしてみた感想だが、ざっくりいうと春と十六夜と篝は前に戦った時よりも確実に強くなってた。耀は今日初めて手合わせしたから比較できないけど、以前に見かけた時より魔力の質は確実に上がってた」
士が四人のことを褒めていくと、当事者達は満更でもなさそうに反応を示す。
十六夜は小さく口元をニヤつかせ、耀はニコニコと上機嫌そうに笑う。春と篝は僅かに笑みを浮かべつつどこか自慢げであり、先程の二人と比べると雰囲気は露骨であった。
こういう所は年相応の反応を見せる四人に士は僅かに口角を上げた。
「で、個々で言っていくとまずは春。魔力量や魔法の錬度は勿論だが、何より向上が著しかったのは身体能力だな。それに身体能力の向上といっても単純な筋力だけでなく、反射神経や相手の動きを捉える目。肌で変化を感じ取る感覚や直感など、全体的な肉体数値が跳ね上がってる。一体どんな訓練をしたんだ?」
士がそう問いかけると、他の三人も春のことを注視する。春の劇的な身体能力の向上については三人共ずっと気になっていた。
元々春は運動神経は良い方だったが、それは常識の範囲内での話である。あんなアスリート以上の軽い身のこなしは出来なかったはずだ。
耀は拳磨と共に戦ったとき、春の動きが普段より格段に良くなっていたのを覚えているが今回は明らかにそれ以上の動きであった。
士以外の三人の視線が春へと突き刺さる。その視線に春は言葉にし難い緊張感に襲われ、必死に自身の脳を稼働させていた。
「うーんと………。特にこれといって思い当たることは無いんだよな………」
返答に困り、言葉を濁す。春自身、そんな特別なことをした記憶は無い。なんだったら士と戦いながら自身の身体能力の向上に驚いたくらいである。
しかし、そんな言い分に十六夜と篝は疑いの目で春を見た。
「本当かぁ?」
「なんの理由も無しに受け入れろとぉ?」
「そんなこと言われたって、分からないもんは分からないんだよ………」
冷ややかな目を向けられるが、それでも分からないものは答えようが無い。
元よりそんなに疑っていたわけではないが、その困り様に本当なんだろうと二人は春の言い分を受け入れた。
「ま、だとしたら何でそこまで身体能力が上がったんだろうな?」
「耀。確か春君と一緒に拳磨と戦った時、二人共動きが良くなったって言ってたわよね? その時も今回みたいな感じだったの?」
「ううん。あの時もここまでじゃなかったよ」
「そう………」
「となると、この変化は拳磨と戦った後か………」
「いや、後じゃ無い」
「「「「!」」」」
変化の理由は拳磨との戦いの後にあるという十六夜の推測を士は否定する。
四人は即座に否定されたことに驚いたが、それよりも気になるのはその口振りである。まるで春の変化の理由を知っているようであり、その根拠を聞こうと四人は目と耳を士へと集中させた。
「変化のきっかけはその拳磨との戦いだ」
「その根拠は?」
「似たような事例があるから、だな。春みたいに強敵と戦った奴や瀕死の重傷から回復した魔法師が劇的に強くなることがある。実際、俺もそういう経験があるからな」
「春の変化もそれが理由ってことですか?」
「おそらくはな」
述べられた根拠は理論的ではないが、Sランク隊員の士が言うと確かな説得力がある。自分達では検討をつけられないこともあり、その理由に納得するのだった。
「なるほど………」
「そんなことがあるんだ………」
「まあ、あくまでもそういうことがあるって話だ。誰でもそうってわけでも無いし、一度そうなったからといってもう一度起こるわけでも無い。変なチャレンジはしない方がいいぞ」
「いや、しないですから。そんな危ないこと………」
「まあ念のため、な?」
事例が多ければ自分達の耳にも入ってくるだろう。しかし、そうでないということは極めて少ない事例だと分かる。
ゆえに、そんな命知らずな真似をするつもりはないと篝は引き気味に呟いた。
「それじゃあ、次に耀。剣術や体捌きはDランク隊員の中でもかなり上澄み、魔法や魔力の扱い方は他の三人と比べて頭一つ抜けている。魔力量も多く攻守のバランスもしっかりしていて、これといった欠点も無い。春とは違う意味でDランクとは思えなかったな」
「べた褒めじゃないですか………」
「でも事実だしな」
「正直、私達の中で総合的に一番強いのって耀だものね」
「まあ、確かにな」
「いやーそれほどでも。えへへ………!」
春の闇魔法の特性や身体能力、十六夜や篝は合体魔法が目立つが、個々での強さや色んな状況での対応力を考えると耀が一番強いというのが三人での共通の認識であった。
四人のべた褒めに耀は照れ臭そうにするも、嬉しいですと言わんばかりに笑顔を零していた。
「次に十六夜。身体能力、魔法や魔力の操作はさっきの二人に比べると劣るが、それでもDランクでは十分に上澄みのほうだ。付け加えて視野の広さや冷静さ、状況判断能力に関しては四人の中では一番だ」
「………」
士の評価は間違いなく高評価。しかし、それを聞いても十六夜は喜びはしない。
それどころか表情は不満げであった。
「どうした。不機嫌そうだな十六夜」
「黙れ元凶その一」
「酷い!?」
「春がその一ってことは、もしかして私がその二?」
「もしかしなくてもそうよ、耀」
「えぇー………」
十六夜の理不尽な拒絶に春は驚き、耀は十六夜が不機嫌な理由に自分も含まれていると知って困惑する。場が混沌とし始めるも、誰も本気にしている様子はないために冗談を言い合っていると見てわかる。
士もそれを分かっており、楽しそうにクスクスと小さく笑うと評価を続けていった。
「それじゃあ次は篝だな。篝の場合、銃を使って戦うからか動きは他の三人と比べると低いが、それでもDランクでは上位の方だ。魔法や魔力の扱いもかなり良い。何より、射撃の腕はDランクの範疇を大きく超えてる。Bランクの銃を扱う隊員と比べても遜色ないくらいだ」
「やっぱり! 篝の射撃の技術凄いもんね!」
「まあね。それほどでもあるわ」
ふふんと鼻を鳴らし、自慢げに腕を組む篝。なんともあからさまな態度に十六夜はクスクスと愉快そうに笑い、耀は目をキラキラと輝かせて羨望の眼差しを向けていた。
そして、春は篝の射撃の腕前に対して若干羨ましそうに小言を呟いた。
「ほぼ最初から今と変わらないくらい腕前良いんだから、良いよなー」
「………え!? それ本当!?」
「さすがにそれは誇張し過ぎよ。私だって射撃の訓練は受けたわ」
「それ最初の方だけだろ。『触りだけ教えたら、後は狙ったところをちゃんと撃ち抜くから驚いた』って姉ちゃん言ってたぞ」
「狙いからズレたりすることは多かったわよ。今に比べたら全然下手だったわ」
「まず最初の悩みがズレってのがおかしい。普通は当てられるかどうかだろ」
「私はそうだったのよ」
「ずるいなー天才」
「あら? 魔法を破壊できるチート攻撃力持ちが何を言ってるのかしら?」
子供の言い合い合戦のような会話を続ける春と篝。しかし、口元が笑っているためにこれも冗談だということが分かる。
だが耀は会話の内容が異次元過ぎて驚きに固まり、十六夜はくつくつと笑いつつもどこか呆れながら二人の会話を聞いていた。
そして、ここまで静観して話を聞いていた士が一言。
「まあ、お前らはどっちも天才だしチートだと思うぞ」
「「天才でチートな人に言われたくない!」」
自分達以上の天才でチートな人に言われたところで嫌味にしか聞こえない。先程までの笑みが消え、声を荒げてツッコんでしまう二人だった。
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