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10-9 負けていられない 耀VS士


 春との組手を終え、士が次に実力を見る相手に選んだのは耀であった。


「せいっ!」


 耀は白い光を纏わせた剣を振り下ろす。先日の任務で拳磨によって剣を折られたが、耀が扱う剣は魔法防衛隊支給の剣であり申請すれば新しいのを貰える。

 当然、あれから日数も経っているために新しい剣を申請して支給してもらっていた。


「よっと」


 士は振り下ろされた剣を避け、次に振り上げられた剣も軽快に避ける。そして、次の瞬間には左脚に影を纏い、耀の右頬目掛けて上段蹴りを放った。


「ぐっ!」


 剣を立てて盾とし、その蹴りを受け止める耀。しかし、体の芯にまで響くその蹴りの威力に耐えきれず蹴り飛ばされてしまった。


「きゃっ!」


 体が宙に浮き、耀は腰から床に落ちた。

 明らかに体勢が崩れたが士は深追いはせず、耀が立ちあがるのを黙って見届ける。そして、立ち上がった耀が再びこちらに剣を構えたのを見ると声を掛けた。


「太刀筋も良いし、動きも悪くない。だが、さっきの春と比べるとお粗末かな?」


「っ!」


 士の下した評価に耀は息を呑み、ギリッと音が鳴るくらい強く歯を食いしばる。苛立ちにも似た悔しさを覚えるも、言い返すことは出来なかった。


(そんなこと私が一番分かってる!)


 春との実力の差を、先程の戦いを見て酷く痛感していた耀。十六夜や篝のように口にはせずとも、心の中では悔しさに悶えていた。


(でも、だからこそ一つも取りこぼさないようにちゃんと見てたんだ! 二人の戦いを!)


 自身に足りないものは何か。自身に出来ることは無いのか。

 春と士の戦いから学び、これまでの経験を思い出し、ひたすらに考え続けていた。


(今の私に春みたいな動きは出来ない。なら、私は私に出来る戦い方を………!)


 春とは違う、自身の強さについて考える耀。そんな中、士が右手を耀に向かって翳す。

 その構えに見覚えのある耀は警戒し、改めて身構える。

 耀が警戒心を高める中、士の足元の影が揺らいでその形を変え始めた。


(来る………!)


 次の瞬間、士の足元から一本の影が耀に向かって真っすぐに伸びた。


「くっ!」


 正面から向かい来る影を耀は光を纏った剣でギリギリ弾いた。


(速い………! しかも硬い!)


 本当は斬るつもりで剣を振るったのだが、それは叶わなかった。影の速度が速く、耀がギリギリ捌けるほどだったせいで力が入りきらなかったのもそうだが、影自体の強度もかなり高かった。


(これを春は捌いて壊してたの………!?)


 自身が受けたことで影の威力を再認識し、耀は春の強さに再び驚愕する。

 しかし、驚いてばかりではいられない。士の足元から二本目の影が再び自身に向かって伸びているのを耀は視界に捉えた。


「んっ!?」


 その影もまたギリギリのところで弾いて凌ぐ。またしても、影を斬ることは叶わなかった。


(このままじゃ駄目だ! 影の速さに全然追いつけてない!)


 二発ともギリギリで弾いたが、これを長く続けることは出来ないことを耀は悟る。そして、このままでは攻めに転ずることさえ出来ないだろうと考えた。


(目だけじゃ駄目! 直感………魔力感知で捉えた瞬間に動かないと………!)


 目で見てからではどうしても影に追いつけない。それよりも早く、直感や魔力感知で気づいて対処する必要があると悟る。


(もっと、感覚を研ぎ澄まして………!)


 全身の神経を研ぎ澄まし、集中する耀。それは死角からの攻撃を回避できるようになった春と同じように、纏う雰囲気が大きく変化する。

 そんな中、三度目の影が再び耀に迫る。しかし、耀は伸びる影に動じることなく、鮮やかに弾いて見せた。


(出来た! けどやっぱり斬れない!)


 先程よりもしっかりとした姿勢で斬り上げ、影を弾いた。しかし、それでも影を斬ることは出来なかった。


(威力自体が足りてないんだ………)


 単純な威力不足だと悟る耀。しっかりと対処できたことは嬉しいが、斬れなかったことでスッキリとはしなかった。

 一方で、士は今の一撃を防いだ耀に対して感心していた。


(もう対処できるようになったか………。もう少し掛かると思ってたんだが)


 良い方向で予想を裏切られたことにほくそ笑む士。そして、次の行動へと移っていく。


「なら、これはどうする?」


 再び士の足元の影が形を変え、伸ばしていく。しかし、その数は一本ではなく二本であった。

 さらに付け加えると一本は直接耀の元へ伸び、もう一本は鞭のようにしなりながら右方向から耀を襲った。


(二本………!? しかも時間差!?)


 直接伸びる影は光を纏った剣で弾く。しかし、その直後に襲い掛かる影の鞭を防ぐことは出来なかった。


「がっ!?」


 右の脇腹を襲う鞭。その威力に耀は痛みで顔を歪ませ、たまらず息を吐き出す。そして、そのまま弾き飛ばされてしまった。


「ぐぅぅ………!」


 背中から床に落ち、そのまま一回転してしまう。が、両手を地面に着いて勢いを殺し、そのまま立ち上がった。


(あの連続攻撃………どうしよう………。一撃目は剣でどうにかできるけど、あんな立て続けの二撃目は私の剣術じゃ防げない。かといって、障壁を出そうにも剣の魔法を解除して即座に障壁を出すなんて早業も無理!)


 なんとか出来ないかと方法を模索するも、実行出来そうにない案ばかり浮かんでしまう。名案が浮かばず焦るように思考する中、一つの光景が頭を過った。


(そうだ………魔法を一か所だけじゃなくて、二か所同時に使えば………)


 士が春との戦いの中で見せた自身の周囲と離れた場所での魔法の二か所同時使用。その光景が耀の頭の中を駆け巡った。


(高速の魔法の切り替えは無理でも二か所での同時使用なら………!)


 今まで浮かんできた案の中では一番実行出来そうなものであった。

 しかし、魔法の二か所同時使用などやったことがない。白の飛刃は複数の刃を作り出すが、感覚としては一つの魔法を一定の範囲内で操っているため要領が違う。

 全く違う魔法を同時に使用するなど実際に出来るのかと不安にも思うが、現状の打開策は最早これしかなかった。


「やるしかない………!」


 覚悟を決め、柄を握る両手に力が入る。その直後、先程と同じ攻撃が再び耀を襲う。

 迫り来る別の動きをする二本の影。その動きを耀はしっかりと把握しており、正面の影は光を纏った剣で叩き伏せる。そして、横からしなる影の鞭に対し、光の壁を展開することに成功した。


「やった!」


 障壁を出せたことに喜ぶ耀。展開された障壁は迫る影の鞭を見事に押し留める。しかし、徐々に亀裂が走っていく。

 それを視界に捉えると、耀はその場から勢いよく後ろに跳び退く。直後に障壁が影に押し負けて崩壊するも、影の鞭が耀を襲うことは無かった。


(さすがに耐えきれなかった………。でも、あれだけ時間を作れれば十分!)


 満足とは行かないが、上々の結果に耀は嬉しそうに笑みを浮かべる。そして、全身に白い光を纏う。


(何をする気だ………)


 明らかに何かを仕掛けようとしている耀に士は警戒心を上げる。しかし、それは恐れではなく興味や好奇心によるものである。その証拠に士の口元は薄っすらと笑みを浮かべていた。

 士が嬉々として待ち受ける中、耀の姿が光と共に揺らぐ。次の瞬間には耀が立っていた位置から士の元にまで真っ直ぐな光の軌道が描かれ、耀の姿は士の目の前にあった。


「お!」


 驚いた様子を見せつつも、しっかりと目の前にいる耀を双眸で捉える士。

 事前の光を纏うモーションと動きが直線的だったことを踏まえても、耀の高速移動をしっかりと捉えているのは流石だと言えるだろう。


 士の前にまで移動していた耀は剣を低く構え、斬り上げの姿勢を見せる。それに対し、士は特に動じることなく盾として二本の影の触手を伸ばしていた。


(………以前の私なら出来なかった)


 二本の影の触手を見据えながら、耀は次の一手に思いを馳せていた。


(けど、魔法の二か所同時使用が出来る今の私なら)


 両手で握る剣の柄にさらに力を込め、魔力も込める。そんな僅かな手の動きと魔力の流れを視界に捉えた士は後ろへと跳躍する。


(瞬間的な魔法の出力が跳ね上がった今なら! ほとんど溜め無しで使える!)


 剣に流れる魔力が増大し、宿る白い光が迸る。輝きを増し、その光の刃を拡張させた剣を振り上げた。


閃光剣(せんこうけん)!」


 迸る白い光の刃が影に迫る。そして、鮮やかな白い軌跡を残しながら見事に影を両断した。


「やったあ!」


 先程まで斬ることの出来なかった影を両断出来たことに大喜びする耀。興奮のあまりガッツポーズを取ると、両手の拳を天井へと突き上げていた。


「ハハッ、やるなー白銀さん」


 士は喜んでいる耀に追撃するような野暮はせず、はしゃいでる姿を優しく見守る。耀はそんな士の声を聞くと徐々に落ち着きを取り戻し、士のことを真っ直ぐに見つめる。

 その眼差しはは対戦相手を見るものとはどこか違うため、士はその意図を汲み取れずに僅かに首を傾げる。そんな士の態度に、耀は僅かに目を細めた。


「士さん」


「どうかした? 白銀さん」


「それです」


「それ?」


「さんは要らないですし、苗字じゃなくて名前で呼んでください。それに話し方も春と同じようにしてください。なんか距離を感じますし、仲間外れにされてるみたいで嫌です」


「………へ?」


 一体何を言われるのかと思えば、気を使ったような呼び方と話し方を止めて欲しいというものだった。

 全く予想できていなかった言葉に士は思わず間抜けな声を上げてしまう。


 自身がSランク隊員なのもあってか、関わりの浅い相手には畏まった態度を取られることも多い。耀とはまだ顔を合わせて二日しか経っておらず、顔を合わせるのもまだ二回目である。

 そんな相手に距離を感じると不満をぶつけられた。それが士の何かにドハマりした。


「ぶふっ! アハハハハッ! さ、さすが一目惚れで春に告白するだけのことはあるな! アハハハハハッ!」


 なんとも肝が据わっているというか、能天気というか。距離の詰め方が変わっている耀に士は笑いが止まらなかった。

 目尻に涙が溜まり始める頃、士はようやく笑いが止まり始める。それでもまだ口元は明るい笑みを浮かべたまま、耀へと話しかけた。


「アハハハハ、はあぁぁ。………分かったよ。それじゃあ改めて、よろしくな耀」


「はい! よろしくお願いします!」


 呼び方も喋り方も改善され、耀は満足そうに笑顔を見せるのだった。


 一方、今の会話を聞いていた春達はというと―――


「「呼び方ねぇー………」」


 春、篝がそう言いながら間に立つ十六夜をじーっと見つめる。二人から注がれる視線に、今の言葉が自分に向けられたものだと十六夜が察するには十分であった。


「何だよ?」


「「(べっつ)にぃー………」」


 交互に二人の顔を見て視線と言葉の意味を尋ねる。しかし、二人はどこかねちっこい言い方で十六夜のことをはぐらかした。

 二人の態度に十六夜は鼻で小さくため息を吐きながら頭を掻く。尋ねこそしたが、十六夜は二人の視線と言葉の意味をちゃんと理解していた。

 耀と士のやり取りを見た後でのことなので、尚更である。


(………俺もそろそろ改めるか)


 口には出さず、心の中でそう呟く十六夜であった。





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