1-7 こんなにも嫉妬深かったんだ
盛大な告白合戦の後、二人は再び耀の住居へと歩みを進める。横に並んで幸せそうに歩く二人の手は繋がっていた。
どちらかが繋ごうと言い出したわけではない。再び歩き始めたときに自然と互いに手を伸ばし、気が付けば手を繋いでいた。繋いだ手から感じる温もりと幸せを二人はしっかりと噛み締める。
「それじゃあ、耀は家族と幼馴染の人にしか話してないんだ」
「そうだよ」
春と耀はお互いに見ていた夢について、自分たちの他に知っている人物がいるのかを話す。なぜそんなことを話しているのかというと、二人とも夢について他人に話したくないと思っていたからであった。
二人のように何度も同じ夢を見続けるというのは、普通ではあり得ないことだ。聞く人によっては頭のおかしい人物と思われかねない上に、春の祖母のように心配をかける可能性がある。自分の周りの人間関係に不和を生む可能性が高いのである。
ゆえに、二人とも夢について話す相手は信頼のおける人物に限定していた。
「春は誰に話したの?」
「俺は家族と十六夜と篝だろ。あと知ってるのは、士さんと姉ちゃんと支部長かな」
耀に尋ねられて思い当たる人物を挙げていく春。その中で、耀は春が家族と姉ちゃんを分けて話したことに違和感を覚える。
実の姉ならば家族という括りでいいはずなのに、春はあえて分けて話していた。もしや、仲が悪いのではないかと不安に思った耀は姉ちゃんについて話を広げる。
「姉ちゃんって、春のお姉さん?」
「みたいな人かな。支部長の孫なんだけど、支部長が俺のじいちゃんと友達でさ。その関係で小さい頃からよく俺と遊んでくれたんだ」
笑顔でそう話す春の姿から仲が悪くないことは分かった。しかし、春が姉ちゃんと呼ぶということはその女性は春とそんなに年が離れていない可能性が高い。
そんな女性と春が仲が良いことに、耀は胸に針が刺さるような痛みと不快感を覚える。
「………へぇ、仲良いんだね」
その痛みは胸を締め付けるような苦しさへと変わり、その苦しさから思わず低い声が出てしまった耀。春と繋いだ右手にも思わず力を込めてしまう。
春も耀の声と自身の手が強く握られたことで、彼女の表情が暗いことに気づいた。
「耀?」
「っ! 何かな?」
春の呼びかけに耀は暗く沈むような意識から引き戻される。表情は明るく穏やかなものへと変わり、春の左手を握っている右手の力も戻っていた。
しかし、先程の変化が気になる春はそのまま耀に声をかける。
「大丈夫か? 様子が変だったけど」
「ああ、うん。大丈夫だから気にしなくていいよ」
耀は春に心配をかけまいと笑顔を見せつつ慌てて否定する。しかし、春にはその笑顔がぎこちないものに見えた。
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫だってば。春は心配性だなー」
「当たり前だろ。彼女のことなんだから」
「っ!」
唐突な春の『彼女』という言葉に耀は頬を赤らめる。春からこんなことを言われるなど思っていなかったために、その効果は絶大であった。
耀が顔を赤くしたことで、春は自分が言ったセリフが聞く人によっては恥ずかしいものであることを自覚する。しかし、前のように照れたり恥ずかしがるようなことはなかった。
この男、耀と手を繋いでいることに加え、先程の告白のこともあったせいか少しの興奮と自信で大胆になっていのだった。
「あはは。そっか、当たり前か」
先程までの胸を締め付けるような苦しさが消え失せ、代わりに嬉しさで頬を緩ませる耀。幸せそうに笑顔を浮かべる耀の姿に春の心配は無くなり、安堵した様子で笑顔を浮かべた。
そうこうしていると、二人は一つのアパートの前に辿り着く。ここが引っ越してきた耀の住んでいるところであり女性の防衛隊員しかいない、いわゆる防衛隊の女子寮であった。
特に変わったところはなく、どこにでもあるような普通のアパートだった。
「もう着いちゃった」
「そうだな」
二人はどこか寂しそうに呟くと、互いに手をゆっくりと離して向かい合う。
春は空いた左手の寂しさを紛らわすように何度も手を開いては閉じるのを繰り返し、最終的に拳を作る。耀もまた、右手の寂しさを紛らわすために左の手首をつかんで体の前に持ってきていた。
少しだけ無言の空間が続くと、その空気に耐えられなくなった春が笑顔で耀へと話しかける。
「耀って、明日に俺達と同じ星導市中学校に転校してくるんだったよな?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ明日、学校でまた会えるな」
「同じクラスだといいんだけどなぁ」
「そうなったら、学校がさらに楽しくなるな」
明日からの学校生活に不安はあるものの、春達が居ると思うと不安など些細なもので耀は期待に胸を躍らせる。学校生活に思いを馳せて楽しそうに笑う耀に春は小さく笑みを零した。
「それじゃあ、そろそろ帰るよ」
「………うん、また明日」
「ああ、また明日」
寂しさを感じながらも小さく笑って別れの挨拶を済ませる二人。春はゆっくりと振り返り、自身の家に向かって歩みを進める。
その小さくなっていく背中を耀は寂しそうに見つめる。そして、春の後ろ姿が豆粒のように小さくなると自身の住んでいるアパートの中へと入っていった。
※
「ただいま」
耀は玄関を開けて先日に越して来たばかりの部屋へと入る。家族と暮らしていたときの習慣で挨拶をしてしまうが返事が返ってくることはなく、静かな部屋に耀は少し寂しさを感じる。部屋の中は越して来たばかりではあるがきちんと整理されていた。
左肩に掛けていた剣の入った鞘袋を低いテーブルの上に置き、着替えを手に脱衣所へと足を運ぶ耀。服を籠の中へと脱ぎ捨てると、洗面台の鏡に映る自身の姿を見つめる。
「また大きくなったかな?」
耀は白色のブラジャーに包まれる豊かに実った自身の胸を見つめる。ついこの間サイズが合わなくなり下着を新調したというのに、その新調した下着に自身の胸が少しきつそうに押さえつけられている。
そして、その見かけ通り、耀は胸に少し締め付けられるような苦しさを感じていた。
「また買い直さなきゃ………」
そう言うと耀は小さくため息を零す。
耀の胸は周りの同級生の女子達と比べると大きく、そのことを耀自身は良く思っていなかった。動くときには邪魔であり、男子にはいやらしい視線が向けられることが多く、下着もすぐに新しいのを買わなければならない。
仕方のないものであると分かっていても鬱陶しく思う。
しかし、今日に限っては悪いことばかりではない。それは耀が春へと抱き着いたとき、彼が押し付けられる胸の感触に顔を赤らめていたからであった。
その後も春は時折耀の胸に視線がいくことがあり、耀はそのことが嬉しかった。初めて胸が大きいことに得した気分になった。
「えへへ」
小さく幸せそうに笑う耀。春が喜んでくれるなら、この胸も悪くないと思うのだった。
服をすべて脱いで浴室に入ると、汗によるベタつきと砂のザラザラとした不快感を無くすためにシャワーを頭から浴びる。
「んー」
汚れを洗い流し、肌を流れていくお湯の気持ちよさに声を漏らす耀。普段なら髪と体を洗い終えた後にゆっくりと湯船に浸かり風呂を楽しむのだが、浴槽に湯を張っていないので今回は諦める。
シャワーを終え、浴室から出て体の水気をタオルで拭き取っていく。持ってきたパジャマに着替え、洗面台の鏡の前で湿った亜麻色の髪をドライヤーで丁寧に乾かした。
髪を乾かして脱衣所を出ると、耀は部屋にあるベッドに身を投げる。耀を受け止めたベッドは少し弾み、ギシギシと軋むような音を立てて揺れる。
耀はそのままベッドに寝転んだまま目を閉じ、今日の出来事を思い出していた。
新しい配属先となった星導市支部の支部長室でのこと。
自身と同い年の三人の隊員を紹介したいと支部長から言われ、待っていた時。部屋の外から感じる気配に思わずソファから立ち上がってしまった。目の前で急に立ち上がられたことに支部長がかなり驚いていたが、そんなことは些細な事であった。自分が幼き頃から見る夢に現れる彼と同じ気配や感覚を扉の外から感じたのだ。
扉の向こうに彼が居る、そう思った瞬間に部屋から飛び出していた。
そして、春と出会った。
「ふふふ」
その姿を思い浮かべ、耀は小さく笑う。部屋を飛び出した先に居たのは、夢で会う彼とよく似た顔をした少し癖のある黒髪の少年。その姿を見た瞬間に確信した。
ずっと会いたかった、探していた運命の人はこの人なんだと。
そこからの行動はとても早かったと自覚している。自己紹介と同時に彼の名前を聞き出し、そのまま告白をした。母が恋愛は「押して押して押しまくるのよ」と言っていたのもあるが、自身の感情を抑えることが出来なかっただけに思える。
結果として告白は成功し、その嬉しさから彼へと抱き着いてしまった。その際に、ガッチリとした体の感触にうっとりしてしまったのは秘密である。春も急に抱き着かれたことで顔を赤くし、慌てていた姿は非常に可愛かった。
それからも色々なことがあった。
十六夜と篝の二人と友達になり、支部を案内してもらい、喰魔と戦闘を繰り広げた。Cランクの喰魔が現れたときは命の危険を感じたが、春と共に無傷で勝利することが出来た。
その後の帰り道で、春が話してくれた自分とよく似た女性と話すという夢。彼も同じなのだということが本当に嬉しかった。
そして、何よりも嬉しかったのはその後に春が口にしてくれた言葉。
『俺は耀のことが好きだ!』
「――――――っ!!!」
その言葉と春の姿を思い出し、悶えるように枕に顔を埋めて足をバタバタと激しく動かす。顔を真っ赤にしながらも力強くこちらの目を見て告白してくれたその姿が、誰よりもカッコよかった。
「えへ、えへへへ」
好きな人と恋人になれて、彼の口から好きと言ってもらえた。これまでの人生で今日より幸せな日はないだろう。
しかし、幸せな事ばかりではない。春が姉みたいな人が居ると言ったとき、
―――私の春なのに
そんな黒い感情が胸の内から湧き上がった。
耀自身、この想いはおかしいと自覚している。春の姉には会ったことはなければ、どんな人物かも知らない。そんな相手にこんな感情を向けるのは良く無いと分かっている。それでも、湧き上がる黒い感情を抑えることは出来なかった。
(私って、こんなにも嫉妬深かったんだ)
今まで知ることのなかった自分の一面に驚く。 まさか、自分が恋人と仲の良い異性に嫉妬するとは思いもしなかった。
「これから気を付けないとなー」
耀は枕から顔を出し、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
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