10-8 むしろ最高の相性だろ
「………………」
士との組手を終え、地面に腰を下ろして耀の回復魔法による治療を受ける春。しかし、その表情は明らかに不機嫌そうであった。
「あからさまに不機嫌だな春」
「………悔しい」
士と戦うといつもこうなるのだが、かといってボコボコにされて悔しくならないわけではない。どうしようもない歯痒い悔しさに春は静かに悶えていた。
一方、その悔しさを与えた士は耀の回復魔法に見入っていた。
「はああ………、本当に回復魔法がちゃんと効いてる。スゴイね白銀さん」
「ありがとうございます」
士は耀が春に回復魔法を使うところを見るのは初めてであり、その様子をじっと観察している。そして、耀の魔法を見つめる士の姿に篝が閃いた。
「そうだわ! 士さんの目なら耀の回復魔法が春君に効く理由について何か分からないかしら?」
「うーん。分かるには分かったけど………目新しい情報は無いぞ。単純な話、白銀さんの光魔法は闇魔法の効果を受け無い。技術的なものじゃなくて、光魔法自体にそういう作用がある」
「「やっぱり………」」
「士さんが言うんだ。これで確定だな」
これまでのことからも、この結果については全員なんとなく分かっていた。それゆえに四人共驚きもしなければ落胆することも無く、士から告げられた結果を素直に受け入れる。
しかし、士が見てくれたことで確証を得ることが出来た。
「前に光の壁を闇で殴って実験したときから分かってはいたけど、士さんのお墨付きがあるのと無いのじゃ信憑性が違うよな」
「あー、そういえばこの間支部長室でそんなこと言ってたな」
士は先日の支部長室での会話を思い出す。春達は四人での任務の後日、耀の回復魔法が春に効いた一件から一つの実験をしていた。
それが春の言った光魔法の壁を闇魔法で殴るというものであった。
※
―――時を遡り、四人での任務を終えた翌日のこと
「それじゃあ行くぞ」
「いつでもいいよ」
魔法防衛隊の訓練室にて光の壁の前に立つ春は光の壁の主である耀に声を掛け、準備を整える。耀から許可が下りると右拳に闇を纏わせ、目の前の光の壁を思いっきり殴った。
「うおらっ!」
ガンッ、と岩同士をぶつけたような大きな音が響く。叩きつけられた拳の衝撃に光の壁は僅かに震えるが、壊れる気配は感じなかった。
「はー、やっぱり壊せない」
「みたいだね………」
「いつもならこのくらいの壁壊せるんだけどな」
春と耀は未だ健在の光の壁を信じられないといった様子で見ていた。
そんな二人の元へ離れて様子を見ていた十六夜と篝の二人が近づいて行く。そして、篝は耀に今の壁について質問を投げかけた。
「耀。何か特別に手を加えたとかは………」
「ううん。これといって変わったことはなにも………」
「………そう」
「なら、やっぱりそういうことだろ。光魔法は闇魔法の魔法や魔力の破壊・弱体化の効果を受け無い。闇魔法の影響を受けた春の体質も含めてな」
十六夜が耀の答えを聞き、ほぼ間違いないだろうと結論を出す。その結論に他の三人は訝し気な表情をしていた。
「マジか………」
「信じ難くはあるけれど、今目の当たりにしたものがそれを証明してるのよね………」
「うん………」
未だに実感が湧かず、何とも言えない微妙な表情を浮かべる三人。そんな中、十六夜がニヤリと悪そうな笑みを浮かべて口を開いた。
「まあ、つまりだ。春の闇魔法にとって白銀の光魔法は天敵ってことになるな」
「「「………あ」」」
十六夜の言葉に三人は何とも間抜けな表情を浮かべる。
篝はニヤニヤと十六夜のような笑顔を浮かべていき、春は驚きと絶望に満ちた表情へと変わっていった。
「あああああああ!? ホントだああああああ!」
「アハハハハハハ! いいじゃない! 愛する恋人の魔法が唯一の弱点だなんてロマンチックだし面白いわ!」
なんとも滑稽な皮肉の効いた現実と、その相手が春ということも相まって篝は楽しそうに笑い声を上げる。しかし、無いと思われていた魔法の相性的な弱点が恋人の魔法というなんとも複雑な事態に春は納得出来なかった。
「そんなの嫌だーーー!」
「「アハハハハハハハ!」」
「………あ、あはは」
叫ぶ春の姿に十六夜と篝は笑い声を上げる。そして、耀もまた複雑そうに愛想笑いを浮かべていた。
※
以上、回想終了。
「本当、なんで唯一の天敵が耀なんだよ。複雑………」
「私も………」
「なんというか………ご愁傷様?」
若干落ち込む二人に士はなんと言えばいいか分からず、とりあえず慰めの言葉をかける。しかし、二人の魔法の相性がもたらすのは何も悪いことばかりではない。
「でも、悪いことばかりじゃない。事実、そのおかげで白銀さん限定とはいえ回復魔法による治療が可能になったんだ。他にも、不可能と思われていた闇魔法での“合体魔法”とか。二人の魔法は対峙することを前提にすれば最悪かもしれないが、共に戦うことを前提とするならむしろ最高の相性だろ」
「「!」」
士の言う通りであり、二人の魔法の相性はデメリットよりもメリットの方が目立つ。最高の相性というのも過言ではない。
そして、二人は最高の相性という言葉に露骨に機嫌が良くなっていた。先程の暗い雰囲気から一転し、口元が幸せそうににやけていた。
「「えへへへ………」」
(((チョロい………)))
十六夜、篝、士の三人は機嫌の良くなった二人に同じことを思う。だが、十六夜は二人の魔法の関係に少し違和感のようなものを覚える。
「最高の相性か………」
「ん? どうかしたのか十六夜」
「………どうにも、闇魔法と光魔法の関係が解せない」
「解せない?」
「ああ。光魔法は闇魔法の効果・影響を受け無い、つまり闇魔法に対する拒絶を示している。なのに、闇魔法との合体魔法は光魔法と闇魔法の親和性を示してる。この矛盾がどうにも納得できないんだよな」
魔法といえど、ここまでの矛盾が成り立つのか疑問を抱く十六夜。
士も十六夜の言いたいことを理解するが、それを解消できる答えを持ち合わせていないために困ったように頭を掻いていた。
「確かに矛盾してるが、こればっかりは魔法だからな。もっとちゃんと調べれば理由もあるかもしれないが、俺の目で見た限りだとそういうものとしか言えないしな」
「………士さんの魔眼で見てそれなら、納得するしかないか」
魔法を研究している科学者ではないし、自分より魔法の解析が出来る士がそう言うのならと十六夜は自身を納得させる。消化不良気味ではあるが、それ以上考えないようにした。
そして、二人の会話が終わると同時に春の治療も完了していた。
「はい。これで治ったはずだよ」
「ありがとう耀」
「どういたしまして」
春は礼を言うと立ち上がり、耀もそれに合わせて立ち上がる。十六夜と篝は二人が立ち上がったのを見るやいなや、春に詰め寄っていった。
「治ったんならもういいよな?」
「貴方には聞きたいことがたっぷりとあるのよ春君………!」
「え? な、なんか怖いんだけど………」
どこか春を睨む様に春を見据え、ジリジリと詰め寄る二人。春はそんな二人の目に怯えるように後ずさろうとする。
そんな状況で、士がパンッと大きな音が出るほど強く柏手を打った。
「「「「!?」」」」
突如として響く大きな音に四人は慌てるように音の発信源である士の方へ顔を向ける。十六夜と篝は足を止めて後ろへと振り返り、春と耀は目の前で背を向ける二人越しに士を見ていた。
「はいはい、そういうのは後でまとめてな。まずは残りの三人の実力を見るのが先だ」
「………はい」
「………はぁ」
篝と十六夜は渋々引き下がり、先程までの剣幕を潜めて大人しくなる。二人が大人しくなったことに春は安堵するが、それも束の間のことだった。
二人は再び春に視線を向ける。じとーっと自身を見つめる二人の目に、問題が先延ばしになっただけかと春は悟った。
閲覧ありがとうございました!
面白いと思っていただけたなら『ブックマーク』『作品の評価』『いいね』をお願いします!
作品の評価は【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして頂けると嬉しいです!




