10-7 久しぶりの組手 春VS士(後編)
闘志を漲らせ、構えを取りながら向かい合う春と士。そして、春はこれまでの攻防を未だに頭の中で振り返っていた。
(背後からの攻撃はこれからもされる。けど、俺の魔力感知じゃ全部は対処できない。魔力だけじゃなく違和感や殺気、直感も全部使わないと………)
無茶苦茶な理論だとは分かっている。しかし、これを実行できなければ即座にやられてしまうだろう。
(おそらく、士さんは死角からの攻撃への対処法を身につけさせようとしてるんだろうな。まあそのつもりじゃなくても、出来なきゃやられる)
自身がしなければならないことは決まった。春は小さく、だがしっかりと息を吸って吐き出し、己が集中力を高めていく。
(集中しろ………。そして、全身に神経を張り巡らせろ。魔力も殺気も、ほんの些細な違和感でさえも肌で感じ取れ………!)
目の前の士だけでなく、全身に意識を集中させる。心臓の鼓動とそれ共に全身に巡る血液の流れさえも意識する。その瞬間、明らかに春の纏う雰囲気が変わる。
落ち着いていながらも放たれる威圧感は肌を押すような質量感を士に錯覚させる。何かが変わったと士に悟らせるには、十分なものだった。
「………!」
再び士の胸中から熱いナニカが込み上げる。自然と口元がにやけ、春を見つめる瞳はギラギラと滾っていた。
そして、二人は示し合わせたわけでも無いのに相手に向かって同時に駆け出した。
「「っ!」」
二人の距離はすぐに縮まり、互いに拳の間合いに入った。
その瞬間、春は闇を纏った右拳を突き出す。士は突き出された拳には触れず、腕の部分に自身の左腕をぶつけて軌道を逸らした。
そして今度は士が右拳を作り、そこに影を纏っていく。春の黒い霧のような闇とは違う、黒い影が士の右拳を黒く染めていた。
「ふっ!」
「ぐっ!」
突き出された影を纏った士の拳を、春は闇を纏わせた左腕で受け止めた。
闇は攻撃に用いる時より効力は格段に落ちるものの、拳の威力を下げるには十分な役割を果たす。それでも士の拳の威力に春は苦しそうな声を上げていた。
次に春の視界に入ったのは影を纏った士の右脚。その右脚が振り上げられ、自身へと迫っている。その蹴りを回避するため後ろへ下がり、士から距離を取った。
そんな春を追撃するのは足元から突出した影。先こそ尖っていないものの、剣山のように多数で春を襲う。春はその影が飛び出てくる前に影の揺らぎで異変を察知し、その場から跳び退くことで回避した。
しかし、それで士の追撃は終わらない。影の鞭と直接的に伸びてくる影が士の足元から春へと襲い掛かった。
「くっ!」
(容赦ない!)
影の猛攻を春は駆けながら紙一重で躱し、打ち砕いて行く。容赦のない攻撃に春は冷や汗を掻きながら心の中で愚痴を零した。
その最中、春は突如としてその場に屈む。すると、その頭上スレスレを一本の影が通過した。
(あっぶね!)
その影は春の背後の地面から出現しており、死角からの魔法攻撃であった。
「ちゃんと避けたな………」
ギリギリではあったものの、春が死角からの攻撃をしっかりと避けたのを士は確認する。口元が再びにやけているがそれは決して優しい笑みでは無く、あくどい笑みだった。
次の瞬間、今度は春の頭上に円形の影が出現する。影が宙に浮いているという不思議な光景ではあるが、重要なのはそこではない。
この影もまた、先程の死角からの攻撃の影と同じものであった。
「っ!」
魔力の気配と微妙な空気の変化や違和感、殺気を春は頭上に感じ取る。その自身の感覚を信じ、春は上を向くことなく屈んだ状態から急いで前方に飛び出した。
それにより、頭上から突出してきた影を回避した。
「そらそら。まだまだ行くぞ」
「うおおおおおああああああああ!!?」
士の足元から伸びる影の鞭と直接向かって来る影。付け加えて自身の周囲から出現する影。襲い来る攻撃の嵐に春は悲鳴に近い雄たけびを上げながらそれを処理&回避していった。
容赦が無いように思えるが、死角からの攻撃は同時に二箇所までで一回の動作で避けられるもの。同時に来る攻撃の数も三つまでと制限。
これが士の見極めた春の対処できる限界であった。しかし、限界ということはいつまでも続けられるものではない。
「ふっ! せい! はっ!」
走りながら回避し、影を迎撃する春。周囲に出現する円形の影は影が飛び出す前に叩き壊すこともあった。しかし、やはり全てを対処することはできなかった。
「ぐっ!」
影が掠ったり、迎撃できず防御を取らざる負えない状況も出始める。致命打はまだ無いがそれも時間の問題。それが目に見え始めたとき、春は再び進路を士へと変えた。
(もう限界が近い! 一気に攻める!)
自身の限界を感じ、再び攻めに転じることを春は決意する。士は直進してくる春に対し、依然として魔法を出し続けていた。
正面と側面から襲う影は打ち砕き、背後や頭上から来る影のみ横へ少し体をずらすことで回避。春は足を止めることなく、士へと直進していった。
「うおおおおお!」
真正面から伸びて来る影を闇を纏った右拳を突き出し、砕きながら進んでいく。そして、再び接近戦が可能な間合いに入った。
「せい!」
「っ!」
闇を纏った左拳と影を纏った右拳がぶつかる。弾けた魔法の欠片が黒い火花のように散っていた。
魔法の衝突ではいつもならば闇魔法が競り勝つ。しかし、今回ばかりはそうはいかなかった。
(魔法を壊せない………!)
先程までの影とは違い、拳が纏う影を壊すことが出来ない。それはつまり、春の闇魔法では破壊できないほどに魔法が強力で魔力にも差があるということであった。
闇魔法は魔法や魔力を破壊・弱体化させる性質を持っている。しかし、あまりにも魔力量や魔法の威力に差があると押し切られてしまう。
春は以前に効果が無いと言っていたが正確には『効果を発揮しているが力技で意味が無くされる』が正しい。そして、今回もその事例に当てはまっていた。
(魔法の威力と魔力に差があり過ぎるんだ………!)
衝突する拳はどちらも引かず、力が拮抗していた。だが、戦況はすぐに変化する。
士の足元の影が揺らぎ、再び影が突出する。春はその影を少し右へ動くことで回避する。だが、その先で待ち受けていたのは士の左拳であった。
「ぐっ!」
影を纏った士の左拳を闇を纏った右腕で受け止める。やはり威力は強く、春は苦悶の声を漏らす。だが、受けてばかりでいるつもりはない。
春は受け止めた士の左腕を掴み、動きを制限する。そして、闇を纏った右脚を顎目掛けて蹴り上げた。
その蹴りを士は左にずれることで回避。直後に自身の腕を掴む春の右腕のすぐ上に円形の影を出現させた。
「くっ………!」
春は仕方なく士の腕を放し、影の攻撃を回避する。次に飛んできたのは士の右脚の上段蹴り。その脚は当然影を纏っており、春は頬にあたる直前に闇を纏った左腕で受け止めた。
重い一撃に春は再び表情を曇らせ、蹴り飛ばされないように両足に力を込めて踏みとどまる。だが、間髪入れずに襲い掛かった影を防ぐことは出来なかった。
「がはっ!」
士の足元から伸びた影が春の腹を突く。その一撃はまともに入り、苦しそうに息を吐き出して前屈みになってしまう。
しかし、春の目は闘志を損なうことなく士を見上げていた。
「ふんっ!」
痛みに怯むことなく、春は闇を纏った右拳を振り上げる。だが、その拳を士は影を纏った右手の掌で受け止められてしまった。
士は受け止めた拳を振り払い、影を纏った左の拳を振り下ろす。その拳を春は闇を纏った左腕で受け止めていた。
「「―――っ!」」
拳や蹴りが飛び交い、闇と影が衝突する激しい攻防が繰り広げられる。そのやり取りの中で常に余裕を感じ取れるのは士の方であり、春は精一杯の印象を受ける。
事実、士はまともに攻撃を受けていないのに対し、春は何度も攻撃を受けてしまう。それでも怯むことなく、果敢に攻め立てる様は見ているだけで気圧されてしまいそうなほど勇ましかった。
「がっ!」
士の右脚の前蹴りが春の腹に突き刺さる。しかし、その蹴りを直前に両手でつかむことで威力を下げることに成功していた。
「!」
「へへ………!」
目を見開く士に対し、春は嬉しそうに挑発的な笑みを浮かべる。そして、右手だけを脚から離すと上から振り下ろすように闇を纏った肘鉄を叩き込もうとしていた。
だがその右腕を春の周囲から伸びた二本の影が拘束し、動きを止める。
「このっ………!」
止められたことに悔しそうな声を上げる春。直後、左脚の蹴りが春の右頬を強襲した。
「ぶふっ!」
右脚を掴まれた状態での蹴り。体を宙に浮かせ、ドロップキックのような水平姿勢で放っていた。
そんな蹴りでも十分な威力をしており、影を纏っているため威力は更に上がっている。春の体は揺らぎ、掴んでいた右脚も放してしまった。
「っ………!」
しかし、春は怯まない。駆け出すと同時に腕に巻き付く影を引きちぎり、宙に浮いている士に向かって右拳を振り下ろす。
振り下ろされる闇を纏った春の拳を、士は影を纏った両腕を交差させて受け止めた。
拳は受け止めても、そのまま背中を床に打ち付けそうになっていた士。しかし、地面と背の間に発生した魔法の影がクッションの役割を果たし、ダメージをほとんど軽減してしまった。
地面に寝ている士は春の右腕を掴み、自身へと引き寄せて前屈みに倒れさせる。そして、春の腹を思いっきり蹴り上げた。
「がっは………!」
ガードできず、春はそのまま上空に打ち上げられる。四肢を投げ出し、宙へと上がった。
「ぐうう………!」
今度こそ怯んだ春。しかし、その目は真下に居る士の姿をしっかりと捉えていた。
春は空中で体を起こし、右脚を天高く振り上げる。
「うおらあああああ!」
そして、落下の勢いに合わせて踵落としを放つ。士は落ちて来る春を前に頭の左右の床に手を付け、体を丸めると後転してそのまま腕をバネにして起き上がり、春の踵落としを回避。
空振ってしまった闇を纏った春の踵落としは、そのまま硬いコンクリートの床を砕き割った。
起き上がった士は右拳を腰辺りに構え、今まで以上に影を濃く纏っていく。同時に、春もまた右拳に通常よりも深い漆黒の闇を纏っていった。
準備が整うと二人は同時に駆け出し、その右拳を相手に向かって突き出した。
「「黒の魔弾!」」
ぶつかり合う師弟の黒の魔弾。闇と影が炎のように揺らめき、吹き出していた。
「うおおおおおおお!!!」
「………!」
両者とも引かず、拳はぶつかり続ける。力は拮抗しているように見えたが、変化はすぐに訪れた。
「くっ………!」
徐々に春の拳が押し戻されていく。何とか踏みとどまろうとするも、体はじりじりと後ろへと押し流されている。そして、僅かな競り合いの果てに春は弾き飛ばされてしまった。
「ぐわああああああっ!」
声を上げながら後ろへ吹き飛び、床に背中を打ち付けてそのまま滑走する。
滑る体が止まると春は痛む体に鞭を打って起き上がる。そして、手を床に着いて立ち上がろうとしたそのとき、士が右掌を前に突き出してそれを制止した。
「今回はここまでだ。よく頑張ったな」
「………―――」
修行の終了を告げる士。
それを聞くと春は立ち上がるのを止め、床に腰を下ろして全身の力を抜く。そして、体の痛みと疲れを逃がすようにゆっくりと息を吐くのだった。
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