10-6 久しぶりの組手 春VS士(中編)
(不思議だ………体が軽い………。士さんの攻撃にも反応出来る。以前よりも力が入ってるのが分かる)
士と戦う中、春もまた自身の変化をしっかりと感じていた。
(この間まで空中で体を捻るなんて出来なかった。こんなに動いているのに息も上がらない)
士に吹き飛ばされても空中で体を翻し、しっかりと着地できる。先程から間を置かず動き続けているにも関わらず、多少荒くなるだけで息が上がることはない。
以前とは明らかに違う体の感覚を覚えた。
(確実に前より強くなってる。………けどっ!)
「らぁっ!」
春の右拳の突きが士を襲う。しかし、その拳はいとも容易く士の左手に受け止められるてしまう。
「くっ!」
拳を受け止められ、春は悔しそうに声を漏らす。すると、その受け止められた拳を引っ張られ、士へと体を引き寄せられてしまう。
もちろん踏ん張ろうとしたが、抵抗空しく引き寄せられる。そして、引き寄せられた先で士の右脚が脇腹を襲う。
春は蹴りを視界の端に捉えると左腕で脇腹をガードし、その蹴りを防ぐ。再びドンッ、という鈍い音が響いた。その衝撃を受け止めきれず、春は右へ大きく押し流される。
勢いが無くなり体が止まるとそこでようやく一息吐く。そして、先程蹴られた左腕の痛みを逃がすように脱力しながら腕を小さく振り続けていた。
「まだまだ、届かないか………!」
強くなったと確信が持てたのにも関わらず、目の前の人物にはまだまだ遠い。分かっていたとはいえ、それでも悔しさはしっかりと感じていた。
痛みと悔しさに顔を歪める春だったが、それとは対照的に士は嬉しそうに笑っていた。
「随分と強くなったな春。そんな動き、Bランクの隊員ですら出来るヤツは限られてくる」
「………へへっ!」
嫌味にも聞こえるが師匠である士に褒められると悪い気はしなかった。
士に褒められ、嬉しそうに笑い声を漏らす春。そんな春を士は無言で見つめていた。
「………………」
「………? どうかしましたか?」
「いや、随分と鍛えたもんだなと感心してたんだよ」
「………そうですか」
その返答に少し違和感を覚えるが、気のせいかと春は流す。二人が互いに向かいう中、士は右手を春に向けて翳す。その瞬間、士が放つ魔力と威圧感が明らかに変化した。
「………!」
ゾッと背筋に電流が走り、緊張感で体に力が入る。先程よりも緊張した面持ちで身構えた春に士は不敵な笑みを浮かべた。
「ここからは魔法も使うぞ」
士がそう言い放つと同時に周囲に変化が現れる。足元の影がその濃さを増し、その形を変えていく。平面の地面から立体的に、まるで植物が地面から生えるように影を伸ばす。
それは一本ではなく、五本にまで達する。そして、伸びた影の一本はまるで鞭のようにしなりながら春へと襲い掛かった。
「っ!」
振り下ろされる影の鞭。それを春は横へ跳んで回避する。
その後も次々に影の鞭は春へと振り下ろされていく。三本の鞭は最初の一本目と同じように避け、最後の一本は右拳に闇を纏い、薙ぎ払うことで影の鞭を破壊した。
「んっ!」
影の鞭を一本破壊した春。しかし、鞭は次々に襲い掛かって来る。今度は振り下ろしだけでなく、側面からも飛来する鞭。
春は飛来する影の鞭をしっかりと捉え、的確に迎撃していく。左側面から来る鞭を肘鉄で壊し、足元を狙う鞭は踏み砕く。左右同時に鞭が来ると右脚の回し蹴りで一回転し、一度の攻撃で両方の鞭を破壊した。
その見事と言える対処に士は笑みを浮かべ、感心の言葉を口にする。
「やるな。だが………!」
壊された影の鞭は士の魔法で作り出した物。また作り出すことなど造作も無く、即座に次の影が現れる。そして、その影は再び鞭のようにしなりながら春に向かって伸びていった。
「くっ! 埒が明かない!」
再生される影の鞭に春は忌々し気に言葉を吐き捨てる。その次の瞬間には横へと走り出し、振り下ろされる鞭はそのままダッシュで回避。正面や背後から襲う鞭は走りながら姿勢を低くしたり跳ぶことで回避した。
その様はまるで障害物のある道を軽快に走るパルクールを彷彿とさせる。そして、軽快に走る中険しい表情で対策を考えていた。
(このまま遠距離戦だと何も出来ずに削られて終わり。初めからやることは一つ………!)
士や耀のように多様な技は持ち合わせていない。しかし、取れる手段が限られているのは自身が取るべき行動が明確になる。
春の表情からは迷いが消え、真っ直ぐに士を見る。その力強い目から春が何か仕掛けてくることを士は直感した。
(来る………!)
直後、春は進路を変えて真っ直ぐに士へと向かう。そんな春を迎え撃とうと士は魔法を放った。
今までの鞭と違い、複数の影は真っ直ぐに春へと伸びていく。正面から迫り来る影達を春は右拳に闇を纏い、薙ぎ払うことで破壊する。
春はそのまま速度を落とすことなく士へと迫るが、何かに気づいたように下へ目を向ける。直後、その場から急いで跳び退く。すると、立っていた地面から影が勢いよく飛び出した。
(影の下から影を伸ばして来た!)
「避けたか」
「もう何回も食らってますからね!」
立体化して伸びる影を隠れ蓑とし、その下から別の影を伸ばす。この方法は過去に何度も受けており、その経験のおかげで避けることが出来た。
影の攻撃により再び距離を取らされた春。しかし、遠距離攻撃の出来ない春には接近戦しか出来ることは無く、再び距離を詰める。
その間も影による攻撃が春を襲うが、その攻撃を春は持ち前の俊敏性と闇魔法の攻撃力で突破していく。そして、とうとう自身の拳が届く距離にまで迫った。
(間合いに入った!)
そう判断すると即座に拳を構える春。しかし、士の足元の影の不自然な揺らめきを視界の端に捉える。直後、士の足元の影が顔面めがけて突出する。
「っ!」
その伸びた影に対し、春は反射的に顔を右に逸らすことで回避。そのまま闇を纏った右拳を士の顎目掛けて振り上げた。
士はその拳を後ろへ下がることで避ける。そして、今の春の一連の動きに感心していた。
(良い反応速度と体運びだ。以前なら顔目掛けて伸びる影を避けつつ反撃なんて出来なかったのにな………)
目に見える春の成長を感慨深く思う士。そして、未だ拳を構える春に胸の内から熱いナニカが込み上げてくるのを感じていた。
「なら、もっとレベルを上げてもいいよ―――」
不敵な笑みを浮かべ、下がる体にブレーキを掛ける士。そして、ギラギラとした目を春へと向けながら姿勢を前傾へと変えた。
「―――っな!」
「っ!」
直後、士は春へと跳躍し急接近する。
迫る士に春は一瞬驚いたが、すぐに迎撃しようと思考を切り替えていた。再び拳を構える春だったがその直後、体がガクンッと揺らいで止まる。
「んなっ!?」
突然の事態に春は情けない声を出してしまう。
何事かと思い、違和感のある左足に目を向ける。そこには足の傍で不自然に存在する丸い影から一本の影が伸び、触手のように春の左足首に巻き付いていた。
(しまった………!)
自身の周囲以外から魔法を発生させ、それを操る。相応の実力者であればそのような芸当は可能であり、当然士もそれが可能であった。
「よそ見」
「んぶっ!」
春が足元へ目を向けた隙を士は容赦なく突く。よそ見という士の声に春が視線を前へと戻すと、士の右拳がまともに左頬へと突き刺さった。
不意を突かれた一撃。しかし、その一撃は春の闘志を更に燃え上がらせた。
「こんっっっ―――の!」
春は鋭い目を士へと向け、明らかな苛立ちをぶつける。そのまま影が巻き付く左足に闇を纏うと上半身を捻り、右脚を軸として左方向に回転することで影を引きちぎる。
そして、そのままの勢いで後ろ回し蹴りを士へと放った。
「よっと」
しかし、踏み込みも足りていない勢い任せの攻撃は軽く後ろへ跳ばれただけで避けられてしまう。攻撃直後の春は隙だらけだったが、士はそのまま見逃してバックステップの要領で距離を取った。
「………………」
春は左頬を抑えるように擦りながら、距離を取った士を見つめる。警戒心を解くことなく視界に士を入れたまま、今までのやり取りを振り返った。
(クッソ、油断した。突然距離を詰められたことに驚いて周囲への警戒が出来てなかった。まあ出来てたとして、ほぼ背後の攻撃を避けられたかと聞かれると微妙だけど)
自身の左足首を拘束した影に対し、何が駄目だったか整理していく。だが、万全の状態でも防げたか分からないことに少々情けなさを覚えていた。
それと同時に、別の事実にも気づく。
(というより、拘束じゃなくて直接攻撃も出来たよな絶対。今も隙があったのにわざと距離取っただろうし………。やっぱり手加減されてるな)
これは真剣勝負ではなく修行。春を倒すのではなく成長させるのが目的のため、Sランク隊員の士が手加減するのは当たり前である。
当然、それは春も重々理解している。手加減が不満というより、手加減される自分に少し腹を立てていた。
「どうした? もう終わりか?」
「まさか。まだまだやれますよ」
士に発破を掛けられ、春は両手を交互に胸の前に構える。それを見た士もまた、同じように構えを取るのだった。
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