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10-5 久しぶりの組手 春VS士(前編)


 今回はちょっと短めです。


 訓練室にて向かい合う春と士。

 春は拳を作り、しっかりと構える。対する士は構えを取らず、余裕の態度で構えている。そんな二組を訓練室の隅で耀、十六夜、篝の三人は見守っていた。


「「………………」」


 緊張した面持ちで拳を向ける春に対し士は笑みを浮かべ、品定めをするように春を見る。そして、納得するように頷くと嬉しそうに口を開いた。


「………うん。良い構えと魔力だ。纏う魔力の力強さが以前とは見違えるほどだ」


「そりゃ、かなりの修羅場をくぐって来たので」


「ああ。知ってるよ………」


 士の目に映るのは、春が全身から放出して纏う魔力。放出されている魔力は常人の目でも見ることは可能だが、士はそれを常人よりも詳細に見ることが出来る。

 しかし、魔眼の力など必要が無いほどに士の記憶の中の春とは魔力の力強さが違っていた。構えにも迷いが無く、実戦経験を積んできたことが見て取れる。


 そこから数秒が経ち、事態は動く。

 春が士に向かって勢いよく駆け出し、右拳を突き出した。


「っら!」


「!」


 突き出された右拳を士は左腕で受け止める。ドンッ、という鈍い音が響く。

 闇を纏ってはいないが、それでも体重を乗せた渾身の一撃。しかし、士はその拳を受けても体幹はブレず、余裕の笑みは崩れなかった。


 春は右拳を引き、即座に左拳を顔めがけて突き出す。迫る左拳に士は焦ることなく、上半身を前へ屈めることで回避。そして、お返しとばかりに春の腹めがけて右拳を突き出した。


 ドンッ、と鈍い音が再び響く。その音と共に後方へと押し飛ばされる春。しかし、体勢は崩れていない。

 士の拳が当たったであろう腹の前には春の右腕があり、その腕で士の拳を防いだのは明らかだった。


 春は地面に両脚が着くと即座に士へと駆け出す。そして、サッカーのスライディングのように体を地面へと落とし、滑りながら士の足元へと蹴りを放つ。士はそんな春の攻撃をステップを踏む様に軽やかに避ける。


 春は士が避けたのを確認すると即座に体を起こし、両手と両脚で勢いを殺しつつ獣のように士へと飛び掛かった。再び拳を構えて向かい来る春に対し士は蹴りを放つ。

 春は左側面から迫る蹴りを上へ跳ぶことで回避。そして、そのまま士の頭頂部めがけて右足の踵落としを繰り出した。


 士はそれを左腕で受け止める。そして、そのまま左腕で春の足を薙ぎ払い、吹き飛ばした。


「うぉっ!?」


 四肢を投げ出し、無様に宙を舞う春。しかし空中で身を翻し、体勢を整えて地面へと着地する。そして、息を整える間も無く再び士へと迫っていった。


 拳や蹴りが苛烈に飛び交う組手。しかし、両者の様子には明確な差があった。

 春が繰り出す攻撃は悉く防がれ、逆に繰り出される攻撃を防ぐ様は必死さを感じさせる。対して、士は春の攻撃を余裕を持って防ぎ、躱していく。繰り出す攻撃は手数こそ春より少ないが一撃一撃が重く、春にとって防げるかどうかの速度とタイミングで打ち出されていた。


 果敢に攻め立てているのは春なのだが、傍から見れば優勢なのは間違いなく士であった。







「二人共、凄い………」


「………ああ」


「そうね………」


 耀は目の前の光景に釘付けであり、発する言葉にも力強さが無い。そして、十六夜は篝は耀と同じように呆気に取られながらも悔しそうに同意していた。


「春君、動きが以前と違うわ。スピードも、体の動かし方も。何もかもがなんというか、こう………とても力強く感じるわ」


「同感だ。だが、ついこの間まで入院してた奴だぞ。昨日だって軽い筋トレや柔軟しかしなかった。なのに、動きが悪くなってるどころか劇的に向上してる理由が分からない」


 三日も病院で安静にし、退院した後も今日まで激しい運動はしていない。それなのに、春の体力や身体能力は落ちるどころか向上している。

 その理由も理屈も分からず、篝と十六夜は驚きを露わにしていた。


「あんな動き、愛笑さんですら出来ないわよ」


「まあ、あの人は肉弾戦じゃなくて魔法の方でBランクになったからな。でも、あの動きは間違いなくDランクを大きく超えてる」


 十六夜の脳裏に過るのはこれまでの春の戦う姿。突如として進化したCランク喰魔、Aランク喰魔に支配されたDランク達、拳磨との戦い。

 そのどれとも今の春の動きが重ならなかった。


「………………」


 そして、二人が春の成長を前にして驚きながら会話する中、耀は以前として春と士の戦いを真っ直ぐに見つめる。

 握りしめる拳には、強く力が籠っていた。





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