10-2 魔法防衛隊の成り立ちと魔法犯罪についての授業
騒がしい朝を迎えた春達。それからプロポーズの件で弄られつつも、学校生活に勤しむ。そして、本日最後の授業を迎えていた。
「それでは、魔法の授業を始めます」
春達の担任である鈴木先生が教壇に立ち、これからの授業の科目を口にする。
“魔法”の授業―――魔法があるこの世界において設けられている科目であった。
「まず、魔法関係の歴史について軽く振り返っておきましょう」
「魔法が発見されたのは約二百年ほど前。当時、魔法の発見によって世界は大混乱に陥りました。魔法が使える魔法師による犯罪やテロが頻発し、魔法師と非魔法師の間に隔絶が生まれてしまった」
「しかし、悪いのは魔法師だけじゃありません。世界中で魔法師を使った人体実験が行われたことや、魔法師に対する恐怖で民衆が魔法師を迫害―――酷いものでは魔法師というだけで殺害する事件が起こったことも両者の溝を深めてしまった」
「世界は荒れ、やがては魔法師と非魔法師による大規模な戦争にまで差し掛かっていました。しかし、そんなときに現れたのが異界より現れ、人々を襲って魔力を喰らい進化する喰魔でした」
「不幸中の幸いと呼ぶべきか、喰魔の出現によって両者の注意は喰魔へと向けられました。そして、人々を襲う喰魔と悪の魔法師に対し戦う魔法師達が注目を浴び始めました。そんな魔法師達を非魔法師は支援し、魔法師に対する意識は変わりました。魔法師と非魔法師は手を取り合い、やがて魔法師を中心とした一つの組織が誕生しました。それが黒鬼達が居る“魔法防衛隊”という組織です」
そこまで鈴木先生が説明すると皆の視線が四人へと向けられる。耀と十六夜は気にした様子はないが、春と篝は少々気恥ずかしそうではあった。
「というわけで、今回は魔法防衛隊と魔法犯罪についてやっていきます。防衛隊に居る四人に当ててもあまり意味無さそうだから、四人以外を当てていきます」
「贔屓だー!」
「ずるいぞー!」
「よし、遠藤と西田。二人は絶っ対当てるから」
「「しまった!」」
コントみたいなやり取りに教室中から笑い声があがった。
「それじゃあ、やっていきます。教科書の十五ページを開いてください」
そこからは鈴木先生も教科書を開き、授業を進めていく。皆もそれに合わせ教科書を開き、授業を聞いていった。
「まず、魔法防衛隊は警察や自衛隊のように国の組織下にはない独立した組織です。魔法防衛隊は政府機関が作り上げた組織ではなく、世界中の魔法師達の有志によって作られた組織だからです。しかし、国々は喰魔や魔法師による犯罪に対抗するため魔法防衛隊と協力し、資金を提供しています。さらに付け加えると、国の組織下に無いことから魔法防衛隊は国の軍事力には含みません。色々と複雑な理由があるけれど、纏めてしまうと魔法防衛隊は平和のためにある組織だから、になります」
そう言って鈴木先生は黒板に組織関係と魔法防衛隊を軍事力に含まない理由をチョークで書く。
生徒の皆はそれをノートに書いていくが、その中で春達四人はその理由の嫌な部分を心の中で呟く。
(そうしないと魔法防衛隊の設備や人数とかに制限を設けることになるかもしれない。だったっけ?)
(国同士のパワーバランスがっていう話だからな)
(全く、人の悪い所が見えるわね)
(それで制限掛けられたら嫌だしね)
平和を守る組織にそんな話を持ち出すな、という心境の四人にとっては気分の良い話ではない。
しかし、独立した組織といえど隊員がその国に居るのならそういう話にも必然的になってしまうだろう。
「魔法防衛隊は国に属さない世界的な組織ですが、国ごとにそのトップは違います。それが魔法防衛隊という組織が世界的に成り立つ理由であり、防衛隊の暴走を抑制する役割を果たしています」
魔法防衛隊に絶対的なリーダーは居ない。さらに付け加えるなら魔法防衛隊は世界的な一つの組織ではあるが、国ごとにトップが居るために複数の組織が一つの組織を作っていると言っても過言ではない。
それが魔法防衛隊が暴走せず、世界的に活躍できる理由であった。
「それでは魔法防衛隊に関してはここまで。次に、魔法犯罪についてやっていきます」
「魔法は発見されて約二百年経ちますが未だに謎が多く、完璧な規制や抑止が難しいものです。さらに、魔法での犯罪は魔法を使用しないときよりも刑罰が重くなります。分かりやすいので言えば、執行猶予が付かなくなることです」
「では、どんな行為が大丈夫でダメなのか。それを具体的な例で見ていきましょう」
「例えば回復魔法の使い手が自身や家族、友人の怪我を治す。この程度であれば問題はありません。しかし、不特定多数の人物の怪我を治すことは魔法の乱用に当たり、取り締まりの対象になります。他にも例を挙げると………そうだ。遠藤、何か一つ例を挙げてください」
「げ!? このタイミングか………」
先程の宣言通り、授業内で当てられた遠藤。椅子から腰を上げ、うーんと唸り声を上げながら具体例を考えていた。
「えーと、そうだな………。魔法で水を出せる人が自分で使うだけじゃなくて、作り出した水を町中の人に配る………とか?」
「正解」
「いっよし!」
軽くガッツポーズをして答えられたことを喜ぶ遠藤。自慢げな笑顔を浮かべたまま椅子に腰を下ろす。
鈴木先生はそれを確認すると、教科書へと目線を戻して話を再開した。
「ただし、災害時などの特殊な事情がある場合はその限りではありません。付け加えると異界への穴を開ける行為も重罪ですが、喰魔に異界へ連れ去られたときや迷い込んだとき、脱出のために穴を開けるなどの緊急性が認められる場合のみ許可されています」
そう言うと鈴木先生は黒板に再びチョークで文字や図を書いていく。
現世から異界への矢印には×を書き、異界から現世への矢印には緊急時には〇と書き記した。
(確かに緊急時には許可されているが、訓練も無しにいきなり穴を開けられる奴は稀だ。自力での脱出はほぼ不可能だ)
(それもあってなのか、いきなり穴を開けて脱出しようって考えにはならないんだよなぁ)
十六夜は許可されても脱出はできないと切り捨て、春は異界に連れ去られた過去の経験からまずその考えに至らないと結論付ける。
訓練でいきなり瞬時に穴を開けられた春だが、連れ去られたときにその考えに至ればどうにかなったのかなと後悔することもある。しかし、中学一年生で出来たことがもっと幼い頃にも出来るとは限らない。
「………………」
頭の中で繰り返される終わりの無いたられば理論に春は小さくため息を吐く。そんなとき、ノートに置いていた左手にそっと誰かの右手が重ねられる。
驚きに目を僅かに見開いて重ねられた右手を辿ると、手を伸ばしていたのは左隣の席に座る耀であり、心配そうにこちらを見ていた。
そこで春は自身が暗い表情をしていたことに気づく。心配を掛けさせたことに申し訳なさを抱きつつも、耀の優しさと手の温もりに優しい笑顔を作る。そして、その笑顔を耀に向けることで大丈夫であると伝えた。
春の笑顔に耀も心配そうな表情から一転、優しい笑顔を見せて自身の右手を引いた。
その一連のやり取りは後ろの席に居る生徒と教壇に立つ先生には丸見えである。しかも、二人の席は僅かに離れているので耀が手を伸ばすときはかなり目立つ。
しかし、誰一人それを咎めたり冷やかしたりする者は居ない。皆、今の一連のやり取りに込められたものを理解していた。
優しい笑顔と我が子を見守るような温かい目を向ける者が大半である。しかし、抑えきれない嫉妬を込めた目を向けている者も僅かながらにいるのだった。
そうこうしていると、鈴木先生の話は次の段階へと進んでいた。
「えー、しかし現代では工事現場や医療機関などの様々な職業で魔法が使われています。このように魔法を使ってお金を稼ぐ、事業などに取り入れる場合は警察署や役所などで許可を得る必要があります」
「魔法は便利なことも多いですが、その分危険も付き纏います。魔法を発現したばかりの子供が魔法を制御できず暴走事故を起こしたり、魔法を悪用する犯罪者もいます。そのせいで世界から魔法や魔法師を排除しようとする団体や過激派組織も存在します。その逆に魔法や魔法師を崇拝、至上主義とする団体や過激派組織もまた存在します」
「魔法の登場によって世界は豊かになりましたが、人としての問題も増えました。今や魔法師は世界総人口の半分を超えました。もはや人類は魔法とは切っても切れない関係にあります。ゆえに私達は魔法についての理解を深め、しっかりと向き合っていく必要があります」
※
授業が終わり、帰宅時間となる。皆帰りの身支度を済ませて席に着き、鈴木先生からの連絡を静かに聞いていた。
「えー、最近はこの学校の周辺地域で魔法師による強盗事件や乱闘事件が起きています。帰りは寄り道せず、外出も極力控えるようにしてください。それでは、連絡は以上です」
「起立、礼。さようなら」
『さようなら』
「さようなら、気を付けて帰ってね」
挨拶も終わり、生徒たちは荷物を持って教室を出ていく。その中で春達四人は集まって教室を出ていこうとしていた。
「それじゃあ行くか」
「うん」
「ああ」
「ええ」
春が荷物を机から持ち上げ、周りの三人に声を掛ける。そして、教室を出るために扉に向かって歩き出そうとした瞬間、遠藤に呼び止められた。
「四人とも、少しいいか?」
「遠藤。部活はいいのか?」
「月曜は休みなんだ。まあそれは置いといて、出来れば魔法防衛隊の四人に聞きたいことがあってさ」
「聞きたい事?」
「ああ」
十六夜が聞き返すと、遠藤は笑顔で首を縦に振ってそれを肯定する。
魔法防衛隊員である自分達に聞きたい事とは深刻な話なのではと一瞬身構えるも、遠藤の雰囲気からそういうものでは無いと即座に理解する。
それでも、魔法防衛隊の意見が聞きたいとはどんな話なのかと遠藤の言葉を待っていた。
「四人はさ。“エデン”ってあると思う?」
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