9-6 それでも俺のやりたいことは変わらない
新年記念!
珍しい連日投稿だああああ!
「「「「「………………」」」」」
支部長室から退室し、廊下を歩く春・耀・十六夜・篝・愛笑の五人。誰一人言葉を発さずに歩くその様はとても暗く、足取りも重たいように見えた。
それも仕方なく、Sランク喰魔達が企てる世界規模の事件の可能性やそれに春と耀の二人が巻き込まれていると知った。
事の大きさに頭の整理が追いついていないのもそうだが、春と耀がSランク喰魔に狙われているということに対して気を揉んでいた。
篝と愛笑はなんと声を掛かればいいのだろうとチラチラと春と耀の表情を窺う。普段は飄々とした態度で人をからかう十六夜でさえ、表情には出さないものの二人の様子を気にしながら歩いていた。
その中で、耀はやや暗い表情で俯きながら廊下を歩く。その姿に篝と愛笑は更に心配そうに耀のことを見ていた。
そしてもう一人、耀と同じくSランク喰魔に狙われていると知った春。しかし、耀とは様子が全くと言っていいほど違った。
耀のように俯いてはいるものの、その表情は暗いというより、何かを考えている表情であった。
「………んー………」
(………春、何を考えてるんだ?)
それに気づいた十六夜が小首を傾げると、その直後に春は俯いた顔を上げる。その表情には曇りが無く、何かを決意した澄んだ目をしていた。
「耀」
足を止め、名前を呼んで前を歩く耀へと話しかける。名前を呼ばれたことで耀も足を止め、後ろへと振り返り春を見た。
「どうしたの? 春」
そう問いかける耀の声にはいつものような元気が無い。そんな耀に対し、春は一息間を置いて用件を話し始めた。
「この後付き合って欲しい場所があるんだけど、いい?」
「………? それは全然かまわないけど………」
突然の提案に耀は一瞬小首を傾げるも、特に用事は無かったので拒否はしない。そして、耀が付いて来てくれると分かった春は安心したように笑顔を浮かべていた。
「よかった。みんなはどうする?」
「わ、私は今日は出動要員だから支部でトレーニングしながら待機かな」
「私は士さんに聞きたいことがあるから、しばらく支部に残ろうかしら」
耀とは違い、暗い雰囲気を感じさせない春に戸惑いつつもこの後の予定について答える愛笑と篝。
篝の予定については支部長室の前で待てばよかったのではとなるだろうが、暗い雰囲気を纏う耀の手前で離れ辛くなってしまったのだろう。
そのことを春はなんとなく察しており、その矛盾を突くような無神経なことはしない。だが、その質問の内容も察してか何とも言えない複雑そうな表情をしていた。
「………そうか」
「なら、俺は篝と残る。特に予定も無いしな」
複雑そうな春とは対照的に、十六夜は優しい表情で篝を見ていた。
※
星導市支部を後にし、住宅街の中を進んでいく春と耀の二人。歩幅は違えど、手を繋ぎながら同じ速度で歩くその姿はとても仲睦まじいものであった。
しかし、未だに土地勘が乏しい耀は行く先に検討がつかず、落ち着かない様子で春の方へチラチラと視線を向けていた。
「ねえ、どこに向かってるの?」
「もう少しで見えてくるぞ」
「………そう」
「あ、次左ね」
煮え切らない答えではあったが納得し、前を向いてあと少しであろう目的地を探す。そして、春の指示に従って十字路を左へ曲がると、耀は一つの土地を視界に捉えた。
そこは開けており、家のような建築物が見当たらない。
しかし、しっかりと整備された土地なのは明らかであり、何より目立つのは文字が彫られた石が綺麗に立ち並んでいることであった。
「あそこって………お墓?」
「そう。墓地」
亡くなった人を弔う場所。
墓の立ち並ぶ墓地が春の目的地であった。
「………」
なぜ、と聞くことはしなかった。
春の過去から、理由もなんとなく分かったからだ。
しかし、このタイミングで自身を連れて来た理由までは耀には分からなかった。
「「………」」
青空の中に白い雲が点在し、輝く太陽が二人を照らす。
綺麗に並ぶ墓石を横目に通路をゆっくりと歩いていく。
そして、一つの墓石の前で春が足を止めると、それに合わせて耀も足を止めた。
「ここだ」
そう言って春が見下ろす墓石には『黒鬼家之墓』と彫り刻まれていた。
それだけで、ここは春の両親が眠る墓だと察するには十分であった。
「線香とかお花はいいの?」
「いいよ。命日とかじゃないし、今日みたいに来たいときに来てるからやらないことが多いし」
「………そっか」
春がいいと言うのならいいのだろうと納得する。やがて、春は墓に向かって両手を合わせる。それを見た耀も同じく墓に向かって手を合わせた。
目を閉じて祈るように静かに手を合わせる二人。それから十秒ほど経つと二人は手を合わせるのをやめ、ゆっくりと目を開ける。
そして、春は自身の両親の墓に向かって話しかけ始めた。
「今日は母さんと父さんに紹介したい人が居るんだ」
「………!」
優しく落ち着いていながらも、どこか子供のような無邪気さを孕んだ春の声。どこか悲しく感じる声だが、耀はそんな春の声よりも亡き両親に向かって話し始めた内容に驚いていた。
目を丸くさせ驚きに固まる耀だが、春はそんな耀に気づかずに話し続ける。
「前に仏壇でも言ったけど、俺の彼女の白銀耀さん。そして将来、俺が一緒になりたい人」
「………えっ!!?」
瞬間、耀は全身に電撃を受けたような衝撃が走り、顔が真っ赤に染まる。
以前に似たような言葉は口にした。しかし、それは自分からであり春から言われたことはない。
「………! っ!! っ!!!」
嬉しい! 嬉しい!! 嬉しい!!!
歓喜に頬は吊り上がり、必死に漏れ出そうになるにやけ声を抑える。バクバクと鳴り響く心臓が幸せの熱を全身に伝えていた。
そんな耀の姿を春は横目で視界に入れる。あまりにも幸せそうに笑っている耀に、春も嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
「言った通り、すっごく可愛くて美人でしょ?」
どこか誇らしげに耀のことを自慢する春。こんなことを口走ってしまいたくなるほどに今の耀が可愛くて仕方が無かった。
しかし、そんな幸せそうな笑顔が曇る。
「今、俺達凄いことに巻き込まれてるかもしれなくてさ。詳しくは言えないけど、これから先のことが不安で見えなくなりそうなくらいのことなんだ」
春が亡き両親へと語る話の内容に、耀も笑顔を曇らせる。
Sランク喰魔の企み、それによりどんな災いが自分達に襲い掛かるのか想像がつかない。否、想像しようとするだけで恐ろしくなる。
ふとした瞬間、何度も不安に押し潰されそうになる。
「でも―――それでも俺のやりたいことは変わらない」
「―――!」
「俺はみんなを守れるヒーローになる! そのために強くなる! どんな不安や絶望が来ようがそれは変わらない」
どんな不安や絶望が来ようとも、結局はやることは変わらない。戦うために、勝つために、守るために強くなる。
それが春の答えだった。
そんな春の答えに耀は天啓を得たかの如く全身に電撃が走る。どこか子供染みた至極単純な答え。そんな単純な答えは不安なときほど分からなくなる。
事実、耀にはその答えが分からなくなっていた。
(………凄いな。春は………)
自身が分からなくなっていたものを示してくれた春に心の中で感謝し、その眩しい輝きに尊敬の念を抱く。
だが、春の話はまだ終わっていない。
「でも、自分を殺してみんなを守ることはしない。まあ、この間はそれに近い無茶はしたけど………。それでも母さんと父さんが残した、生きて幸せになって欲しいって言葉を忘れたことはないよ」
戦う覚悟も、傷つく覚悟も、その戦いで死ぬかもしれないという死への覚悟もある。それでも、両親が残した言葉をないがしろにするつもりはない。
矛盾している二つの目標。それが、春の生きる指針。
「今、改めて言うよ。俺は強くなってみんなを守れるヒーローになる。そして、自分が生きることと幸せになることを捨てない。必ず生きて、幸せになる。―――耀と一緒に生きて、幸せになるよ。二人みたいに」
これが、春が自身を見失わない理由。
未来を生きる誓いと覚悟だった。
「―――!!!」
再び、耀は頬を赤く染める。胸は高鳴り、幸せそうな表情で春を見つめる。
(………ありがとう、春)
不安や絶望が襲おうとも、戦う覚悟を持つ。そして、幸せになるために生きる。
それを春は教えてくれた。
「………挨拶が遅れました。春の彼女―――ううん。婚約者の白銀耀です」
「………ん? こんやっ!? ぅん!!?」
挨拶が遅れた非礼を詫び、自己紹介をする耀。しかし、その文面に春は違和感を覚える。そして先程の落ち着きと凛々しさはどこへやら、動揺して頬を真っ赤に染める。
そんな春に対し、耀は小悪魔的な笑みと共に可愛らしく小首を傾げた。
「違った?」
「違………くは無いけど!」
「じゃあいいよね」
「………………」
否定しようとしたが出来ず、最後は何も言えずに引き下がる。もし春の母親である一愛が生きていれば爆笑し、感情の起伏が他人より乏しい父親の重護でさえ声を出して笑ったことだろう。
春が反論できなくなった姿に耀も小さく笑い、改めて春の両親の墓へと向き直った。
「私は春と出会ってまだ二週間ほどしか経っていません。知らないことはまだたくさんあるかと思います。でも、胸を張って言えることが一つあります」
こういうとき、何を話せばいいのか耀は分からなかった。だが、真っ先に伝えねばいけないことがあることは分かっていた。
だからこそ話の順序などは一切気にせず、それを口にする。
「私は、春のことを愛しています」
嘘偽りのない、真っ直ぐな想い。その純愛を、耀は一番に伝えるべきだと思った。
「―――」
耀の言葉に、春は頬を赤く染めていく。だが、大きな反応は見せない。
心奪われたように、笑顔で愛の言葉を口にする耀に呆然と見惚れていた。
「だから、私も誓います。春と一緒に生きることを、幸せになることを。それと春のことは私が守るので、安心してください」
笑顔と共に、春の亡き両親へ力強くそう伝える。
不安で押し潰されそうになっていた少女の姿はもう、そこにはなかった。
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