9-2 君みたいな子が春の恋人で良かった
「つ、士さん!?」
「やっ、春。久しぶり」
右手を上げて挨拶をし、快活な笑顔を見せる男。春の師匠にして日本に二人しか居ないSランク隊員、桜木士。
優しそうな印象を受ける顔立ちに、春のような浮き立つ癖毛とは違うウェーブが掛かった癖毛の黒髪。組んでいる足は長く、座っているだけで長身の印象を受ける。隊服は春達のようなキッチリとした制服ではなく、工場の作業服やジャージのようにダボついている。服の留め具がボタンではなくファスナーとなっており、両胸と脚の側面にある大きなポケットがまた軽装の印象を強めた。
奥に居る支部長の幸夫のような厳格さや覇気は全く感じられず、普通の大人しそうな男性の印象が強い。しかし、それがかえって不気味ではあった。
春は士の姿を見た瞬間驚きはしたものの、すぐさまは嬉しそうに笑顔を見せる。
「いつ帰って来たんですか!?」
「ついさっきだよ」
先程までとは違い、春は軽快な足取りで士の側にまで駆け寄っていく。
それに続くように扉の前に立っていた三人も室内へと入って行く。そして、士の姿を見て驚きに少し目を見開いていた。
「本当だ、士さんだ」
「帰って来てたのね」
「………………」
「あら? どうしたの耀?」
十六夜と篝も士の帰還に言葉を零す中、耀は黙ったまま春と士のことを見つめている。それを不思議に思った篝が声を掛けると、耀は二人のことを見つめたまま喋り始めた。
「本部で何回か姿を見たことはあったけど、こんな近くで見たのは初めてだから。なんか新鮮で………」
「あら、そうなの?」
「二人は逆に反応薄いね」
「まあ、私達には見知った人だから」
「あんまり特別感ないんだよな」
耀は二人の反応の薄さを不思議がるが、二人からすれば耀の反応の方が不思議であった。
一方、春の方はというと未だに嬉しそうに士へと話していた。
「任務の方はもういいんですか?」
「ああ。まあ、次の任務でここに来たんだけどな」
「そうなんですか?」
「ま、それについては追々な。それで………」
そこまで言うと士は視線を春から扉の前に立つ耀へと向ける。そして、ソファから立ち上がると耀に向かって歩き出す。
春はそれを首を傾げて見ており、空気を読んだのか十六夜と篝の二人は春の側まで移動する。幸夫と愛笑もそのまま静観することにした。
耀の方は近づいて来る士に緊張し、体を強張らせていく。そして、士が目の前に立った瞬間に緊張がピークに達し、体は固まっていた。
「君が白銀耀だね?」
「は、はい!」
名を呼ばれ、今までに見たことないほどの緊張した様子で返事をする耀。その返答に士は嬉しそうに笑った。
「やっぱり! 君が春の彼女かぁ! 噂は聞いてるし、本部で何度か見たのも覚えてるよ!」
「え、本当ですか!?」
「ああ。良い魔力をしているし、君のお父さんの一輝さんから話を聞いてたから、見つけるとつい目が行っちゃうんだよね」
ここで再び名前があがった耀の父親である一輝。春達は同じ支部に所属する恵介も、似たようなことを言っていたことを思い出した。
「月島さんも似たようなこと言ってたような………」
「薄々分かってはいたけど、もしかして耀のお父さんってかなりの親バカ?」
「もしかしなくても確定だろ」
「コラ三人共! 今はそれ言っちゃダメ!」
小さな声で話す三人とその内容を小さな声で叱る愛笑。話している二人、主に耀に対する配慮なのだが意味は無い。
その声はしっかりと耀の耳に届いており、恥ずかしそうにほんのりと頬を赤く染める。そして、士とこれまで静観していた幸夫も少々気まずそうに乾いた笑い声をあげていた。
「「あ、あはは」」
「もう、お父さんってば………。あ………」
恥ずかしそうな表情から一転。何かを思い出した耀は顔を上げ、じっと士の顔を見つめた。
「私、桜木さんに会ったら言いたいことがあったんです」
「ん? 何だい?」
初対面の相手に言いたいこととはなんなのか。その内容に検討がつかない全員が心の中で首を傾げ、耀のことを注視する。
すると、耀は唐突に士に対して頭を下げた。
『!!?』
突然の行動に全員が目を見開いて驚きを露わにする。特に頭を下げられた士は激しく動揺していた。
「え!? いきなりな―――」
「五年前、春の事を助けてくれてありがとうございました」
「―――っ」
その感謝の言葉に士は息を吞む。五年前に春を助けたことで思い浮かぶのは、多くの人が亡くなり春が目の前で両親を失った忌まわしい事件。
それを思い出した影響か士は先程までの動揺が無くなり、落ち着きを取り戻す。そして、下げていた頭を上げて自身を見上げる耀に対して笑顔で声を掛けた。
「………なんで、君が礼を言うのかな?」
その瞬間、室内にピリついた緊張が走る。士の言い方と声音は少々冷たく、その場に居た全員がそれを感じ取る。
これはわざとであり、士がそうなるよう冷たい言い方をした。
五年前のことは春にとって軽々しく触れては欲しくないものであり、それは士も十分に理解している。
ゆえに、その話題を突然持ち出して来た耀を試したくなった。この威圧感の中で、どんな態度でどんな言葉を放つのかと。それによって確かめる。
ただの無神経な馬鹿か。善人ぶりたい阿呆か。
それとも―――
ピリピリとした緊張感が場を支配する中、耀は落ち着いた様子でしっかりと士の目を見て答えた。
「あなたが春を助けてくれなければ、私は春に出会えませんでした。今のこの幸せが、春と一緒に居る幸せが無かったんです。だから、桜木さんに会えたら絶対にお礼を言おうと決めてたんです」
「………なるほどね」
話している最中も耀の目は揺らがず、真っ直ぐに士を見つめていた。
そんな耀の話を聞き終わると、士はどこか嬉しそうに笑顔を浮かべる。そして、どこか安心したような温かな表情で耀の目を真っ直ぐ見ていた。
「君みたいな子が春の恋人で良かった」
「………ありがとうございます!」
その一言は耀にとって間違いなく嬉しいものであり、認められたと分かるものだった。明るい笑顔を浮かべ、元気いっぱいに再び御礼を述べる耀。その姿を室内に居る皆が温かな目で見守る。
そして、士はその眩しい笑顔を見ると後ろへ振り返った。
「春。………大事にしろよ」
「………ええ、絶対に」
威圧感さえ感じる真剣な目で春にそう告げる士。その目に対し、春もまた力強い目で言葉を返す。
鬼気迫る二人のやり取りに篝と愛笑は悲しそうな目をし、十六夜と幸夫は力強い表情でただじっと二人のことを見ていた。
ただ一人、耀だけはただならぬ雰囲気を漂わせる二人のやりとりを理解できずに小首を傾げていた。
「………?」
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