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8-2 守れたもの(中編)


 耀の母親である(ひか)()の訪問を聞き、羞恥心や後悔に悶えた春。しばらくして、春は何とか落ち着きを取り戻していた。


「落ち着いた?」


「………まあ、何とか」


 落ち着きはしたが、傷はかなり深そうである。どこか沈んだ表情で春は耀からの問いに答える。

 そこから気持ちを切り替えるために大きく息を吐くと表情を元に戻し、自身のベッドに腰をかける耀へと顔を向けた。


「それで、俺達が気絶してからのこと耀は知ってるの?」


「うん、知ってるよ。目が覚めてから、支部長が会いに来てくれて大体のことは聞いたから」


「じゃあ教えてくれないか?」


「それは構わないけど………」


 煮え切らない言い方をする耀。すると、ちらりと楽人と依里の方へ目を向ける。

 話す内容は当然、部外者には言えない任務などの内容に触れることになる。それを話すにはハッキリ言って楽人と依里は邪魔なのだが、耀の口から退室してほしいとは言い辛く煮え切らない言い方になってしまった。

 そんな耀の心情と目線が示す意味を楽人は即座に察した。


「依里、私達は席を外すぞ。退院の手続きや、色々やることもあるだろう」


「え、………あ。ええ、分かったわ」


「それでは耀さん。しばらく春のことを頼みます」


「お願いね」


「はい」


 最初は小首を傾げる依里であったが、少しの間を置いて楽人の言葉の意味を理解する。

 楽人は耀に春のことを頼むと扉に向かって歩いて行く。依里もその後に続いて行き、スライド式の扉をずらして春の病室から退室していった。


「………良いお爺ちゃんとお婆ちゃんだね」


「ああ、よくそう思うよ」


 耀が二人のことを褒めると春も小さく笑ってそれに同意する。そして、耀は春のベッドから腰を上げると、落ち着いて話すために側にあるパイプ椅子に腰を下ろす。

 それに合わせて春は途切れた話を再開した。


「それで今回のことは色々とどうなったんだ?」


「うーんと、そうだね。順を追って話して行くと、私達が気絶した後にB班の人達が戻って来てくれて、何人かで重傷だった私達を連れて真っ先に現世に戻って来てくれたんだ」


「そっか。みんなが………」


「うん。それで、春以外の私を含めた四人全員が回復魔法のおかげで怪我は治ったんだけど、意識が戻らないからそのまま入院。愛笑さんも現世に戻った途端に意識を失っちゃったんだって」


 そこまで聞くと春は目を見開く。愛笑が意識を失ったとなると、どこか容体が悪化したのではと悪い想像をしてしまう。

 しかし、耀の話し方と落ち着き具合から深刻では無いだろうと自身を諫めた。


「………みんな、大丈夫なんだよな?」


「うん。次の日には目を覚まして、翌日………というか昨日には篝も十六夜も愛笑さんも退院してるよ」


「そうか、よかった………。てことは、今日は任務から三日目ってこと?」


「そう。春が一番のお寝坊さん」


「意識を失うほどの重症だったんですけど!?」


「あはは、冗談だよ!」


 お寝坊さん扱いに思わずツッコみを入れる。しかし、これだけの冗談を言えるのも生きている証拠である。それを耀の笑顔から春も自覚し、小さく笑った。


「ははっ………」


「ちなみに、私が春の怪我を治したのもお母さんが春の顔を見たのも昨日です」


「………そか」


 付け加えられた情報に春は忘れかけていたことを掘り起こされ、何とも言えない表情になる。そんな春の姿を見て、耀は再びクスクスと小さく笑う。

 しかし、何かを思い出したのか徐々に落ち込む様に表情を暗くさせていく。


 その変化は大きく、春も次の話の内容が良くないことを察する。笑顔を消し、真剣な表情で耀のことを見つめる。

 それを見た耀は話の続きを語り始めた。


「それで、今度は任務について話すね」


「ああ」


「まず、今回の作戦で現世や民間人に被害は無し。標的だったAランク喰魔(イーター)も討伐出来た。隊員から負傷者はたくさん出たけど………殉職者は二名で抑えられたよ」


「!」


 二名、という人数に春は動揺を見せる。その数に春は心当たりがあった。


「その二名って………」


「うん。Sランク喰魔に殺された人達………」


 耀が悲しむ様に目を伏せ、春も目線を下げていく。

 二人の脳裏に過る光景。Sランク喰魔こと『拳磨』が現れ、錯乱した二名の隊員が突撃。しかし、拳磨の拳一振りで二人は瞬く間に帰らぬ人となってしまった。


 自分達がどうにかできたわけではないが、悔いが残ることなのは間違いなかった。


「………Sランク喰魔はどうなった?」


 春からの問いに耀は首を横に振り、結果が芳しくないことを示した。


「私達の前から去ってからの動向は何も………」


「………そうか」


 春は再び視線を落とし、自身の両手を見つめる。そして、悔しそうに目を細めると力強く握り拳を作った。


「負けたな………」


「………うん」


 春の呟きに頷き、耀も自身の両膝に乗せた手を悔しそうに握り拳へと変える。


 拳磨は二人に対し『お前達の勝ちだ』と言ったが、そんな風に思えるわけが無い。全力の先、限界を超えた力で戦った。しかし、両手の怪我と多少の掠り傷を与えることしか出来なかった。対して自分達は満身創痍で意識を失うまでに至った。

 惨敗、という言葉の方が相応しいだろう。


「悔しいな………!」


「うん………!」


 小さな声、それでも強く力の籠った春の呟き。それに耀もまた、同じように小さな声ながらも強くそれに同意する。

 敗北が二人の心に深く突き刺さる。圧倒的な強さを前にし、自身の弱さが際立った。


 己が弱さに打ちのめされる中、病室の扉が開く音がその重苦しい静寂を破る。二人が扉の方へ目を向けると、そこに立っていたのは私服姿の愛笑と隊服を着た幸夫であった。


「姉ちゃん! 支部長!」


 病室へと入って来た二人に驚く春。なにより、元気そうな姿の愛笑に嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「良かった! 本当に無事―――」


「―――春!」


「ぅお………!」


 愛笑の無事を喜んでいた春のことを駆け寄って来た愛笑が思いっきり抱き締める。その衝撃に春は言葉を遮られ、驚いたように自身を抱き締める愛笑へ目を向ける。


「姉ちゃん?」


「良かった………! 本当に良かった………!!」


 春の右肩に顔を埋める愛笑。表情は見えないものの、その震える声と自身を抱き締める力強さからその心情を春は察する。

 そして、愛笑の温かさと力強さに春もまた安堵した。


「姉ちゃんも無事でよかった………」


 愛笑と同じように、春もまた愛笑のことを抱き締める。より深く、その命を感じ取るように。





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