8-1 守れたもの(前編)
一章もようやく終わりが見えて来ました。
「ぅ、ぅぅん………」
小さな呻き声を上げ、重たい瞼をゆっくりと開いていく。すると、視界に見えてくるのは真っ白な天井と室内を照らす照明。
次に見えたのはその光を遮り、心配そうに自身を覗いて来る耀と祖父母の顔であった。
「春!」
「良かった………!」
「………………」
耀は嬉しそうに名前を呼び、祖母である依里は涙を浮かべながら安堵する。祖父である楽人は大きな反応は示さないが、安堵するようにドッと息を吐く。
そんな三人を尻目に、春はゆっくりとベッドから体を起こした。
「ん、ここは………病院?」
周囲の様子と自身が着ている病衣を見て、頭の上に疑問符を浮かべる。その呟きから、なぜ自分が病院に居るのか分かっていないらしい。
だが、状況を把握するために自身の記憶を辿り、ここに至るまでのことを思い出した。
「そうだ………! 姉ちゃんは!? 十六夜と篝は!? Sランク喰魔とAランク喰魔はどうなっ、げほっげほっ!?」
「落ち着いて! 目が覚めたばかりなんだから!」
自分が気を失うまでのことを思い出すと春は取り乱し、次々に耀に質問する。しかし、喉がその負荷に耐えられず咳き込んでしまう。
耀は咳き込む春に寄り添い、近くにあった水のペットボトルを差し出した。
※
「意識もハッキリしていますし、特に異常は無さそうですね」
「そうですか………!」
「良かったぁ」
白衣を着た三十代くらいの男性医師がベッドで体を起こしている春の診断結果を告げる。その結果に依里は再び涙を浮かべ、耀はホッと一息吐いて胸を撫で下ろした。
「明日には退院しても大丈夫でしょう。手続きはあとで窓口の方までお願いします」
「はい。ありがとうございました」
「「「ありがとうございました」」」
楽人が頭を下げて御礼を言うと、他の三人も同じように頭を下げる。それに対し、医師は胸の前でひらひらと謙遜するように手を振った。
「いえいえ、私達はほとんど何も。傷に対して回復魔法の効果が薄く、ほとんど魔法無しでの治療しか出来ませんでしたから。あれだけの怪我で後遺症も無く完治できたのは白銀さんのおかげです」
「いえいえ、その私もここで治療を受けたので。私が治ってなかったら春も治せませんでしたし」
耀も謙遜するように両手を前でひらひらと振る。
一方、春は医師の言葉に勢いよく耀の方へ顔を向ける。目を丸くし、じっと見るその姿はとても驚いていることが分かる。
そんな春の視線に気が付いた耀は軽く後ろの方を向き、優しく微笑んだ。
二人がそうこうしていると、医師は伝えることはもう無いとその場を去ろうとしていた。
「それでは、私はこれで」
「はい。本当にありがとうございました」
「「「ありがとうございました」」」
先程と同じように御礼を言い、四人は頭を下げる。四人が頭を上げると医師も会釈程度に頭を下げ、静かに病室から消えた。
医師が居なくなったことで身内だけとなり、堅苦しい空気感が室内から消える。そして、祖母である依里が春へと話しかける。
「とにかく無事でよかったわ、春」
「えっと、ご心配をおかけしました」
「もう本当に、本当に、心配して………!」
喋りながら再び目に涙を溜めていく依里。春のことを優しく抱き締めると、両目から大粒の涙を流す。
聞こえてくる依里のすすり泣く声に、春は申し訳なさそうに表情を暗くさせた。
「ごめんね、ばあちゃん」
春は謝罪の言葉を口にし、そっと依里の背中に両腕を回す。泣き続ける依里をあやすように何も言わず受け入れる。とても微笑ましい光景だが、その裏にある暗いモノをこの場に居る全員が知っている。
耀もどこか薄暗い表情で二人のことを見ていた。そんな耀に楽人は体を向け、話しかける。
「耀さん」
「はい?」
「改めて、ありがとう。春がこうして目覚めたのも君のおかげだ。本当にありがとう」
そう言って、医師にしたときのように深々と頭を下げて感謝を伝える。依里もその言葉を聞いており、目元を赤く腫らしながらも同じように耀へと頭を下げた。
「本当にありがとう………!」
「いやいや! そんな! 頭を上げてください!」
春の祖父母が頭を下げる姿に耀はギョッと目を見開き、慌てるように頭を上げて欲しいと伝える。そのやり取りを見た春も、耀へ感謝の言葉を伝えようとする。
「俺からも、ありがとう耀」
「………ふふっ、どういたしまして!」
春からの感謝にはニコッと笑って答える耀。その姿に春はクスッと小さく笑うが、その瞬間に小さな違和感を覚える。
(あれ………? そういえば………)
起きてから普通かのように過ごして来た。だが、気づいたら見て見ぬふりなどできないほどの明らかな違和感がそこにはあった。
「あのー、そういえばなんだけど」
「「「?」」」
「………じいちゃんとばあちゃん、耀のこと知ってるの?」
なぜ、そんなことを聞くのか。
答えは単純。春は祖父母に耀のことを伝えていないのである。しかし、目の前に居る三人は双方とも相手方がいることを自然のように会話している。
(夢の事とかあるし、なんて言おうか考えているうちに事件もあって言うタイミング逃しちゃったんだよなぁ………!)
何か悪いことをした訳ではないが、伝えていなかった事実が言葉にはできない漠然とした不安と恐怖として春の中で燻っていた。
春が内心で焦る中、その問いに楽人と依里は顔を見合わせる。そして、依里は穏やかな笑顔を浮かべて春からの問いに答え始めた。
「ええ、もちろん。春の彼女なんですってねぇ」
「あー、やっぱりか………」
彼女、というワードに何かを諦めたように春は遠い目をする。そんな春に楽人はいつも通りの無表情のまま質問を投げ返す。
「なぜ黙っていた?」
「いや、違うんだじいちゃん。黙ってたワケじゃなくて考えてるうちに言うタイミングを逃したっていうかなんていうか………」
具体的な理由にすらなっていない。徐々に声が尻すぼみになっていく中、今度は耀が春へと詰め寄っていく。
「もう本当に。なんで言わなかったの?」
「………ごめんなさい」
「そんな謝ることじゃないでしょ。だーけーどー………」
春が寝るベッドに腰を掛け、笑顔を浮かべたまま鼻先同士が触れそうになるほど近い距離まで顔を近づける耀。
可愛らしい笑顔のはずなのに、どこか黒いものを春に感じさせた。
「理由は今度でいいから、ちゃーんと教えてね?」
「………はい」
その笑顔に、春はただ頷くことしか出来なかった。二人のやり取りを見ていた楽人と依里は温かい目でそれを見守る。
その折で、依里が思い出したように口を開いた。
「ついでだから言けど、耀ちゃんのお母さんの光莉さんにもあったわよ」
「………はぁ!?」
一瞬の間を置き、依里の言葉に春は目を見開いて驚く。全くもって予想外の言葉が依里の口から飛び出し、春の脳はその言葉の意味が処理できないでいた。
「え、え!? なんで!? いつ!? どうしてっ!!?」
「どうしても何も、耀ちゃんもここに入院したのよ? 魔法防衛隊員とはいえ、母親の光莉さんが来てもおかしく無いでしょう?」
「………、そっか」
依里からの説明に頭の中が急激に冷えていく。耀が入院したという言葉が一番響いており、春を落ち着かせるには十分過ぎるものであった。
むしろ効き過ぎであり、春は落ち着くを通り越して落ち込んだように暗い表情になる。それを傍で見ていた耀は春の変化を面白く無さそうに見つめる。
そして、何かを思いついたのかニヤリと不敵に笑った。
「さらに言うと、寝てる春の顔も見てったよ」
「………まじ?」
「マジ。春の顔を見て『カッコイイ王子様だね』って言ってた」
むふふー、とどこか自慢げに笑う耀。
対して、春は唖然とした表情のまま顔を俯かせると両手で顔を覆い隠す。そして、徐々に耳と頬を赤くさせ、悶えるようように声を発した。
「………あああああああああ………!」
自身が気を失っている間に恋人の母親が訪問。しかも、意識不明の状態とはいえ寝顔を見られた。
ロクな挨拶も出来ず、恥ずかしい姿を見られるだけで終わってしまった初対面に羞恥心やら後悔やらで悶えてしまうのは仕方のないことであった。
「アハハハ!」
耀は悶える春の姿を見て楽しそうに笑う。そして、そんな二人の姿を優しい目で見つめる楽人と依里であった。
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