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7-5 理解することのできない怪物(前編)


 春と耀の放った闇と光の剣にSランク喰魔(イーター)が飲み込まれた。その直後、合体魔法の直撃によって喰魔の立っていた場所が爆発し、一際大きな衝撃や爆風が吹き荒れる。土煙が辺りを包み、洞窟内が揺れた。


「「はぁ、はぁ………」」


 もう限界だった。

 春は膝を着き、蹲るように左腕を地面に着けて上半身を支える。耀はへたり込む様に地面へと座り、折れた剣を右手で地面に突き立てて重心を乗せることで上半身を支える。二人共肩で息をし、顔を俯かせたまま一切上げなかった。


 愛笑はというと、目の前で起こった出来事に驚愕すると同時に歓喜していた。


「ウソ………! Sランク喰魔(イーター)を倒した………!」


 確実に二人の魔法はSランク喰魔の魔法を打ち破り、その刃を届かせた。

 Sランク喰魔をDランクの二人が打ち破ったという事実に。春と耀、二人の覚悟と想いが起こした奇跡に。愛笑は歓喜の涙を浮かべていた。


「凄い………! 本当に凄いよ二人共………!」

 

 歓喜と感動に声が震える愛笑。抱きしめに行けないもどかしさを紛らわすように、笑顔を浮かべたまま二人の勇姿を真っ直ぐに見つめていた。

 呼吸を荒げる春と耀の二人はというと前述した体勢のまま一切動かない。しかし、春がふと左に座る耀の方へと顔を動かして横目に見上げると、耀も同じく隣で蹲る春を見下ろしていた。


「「………ふふ」」


 二人共相手の様子が気になったようだが、顔を向けるタイミングが同じというのが可笑しく思えたのか小さな笑い声を上げる。

 すると春はゆっくりとだが体を起こし、揃っていた脚にそのまま尻を乗せて正座になる。そして、隣にへたり込んで座る耀にニカッと白い歯を覗かせて輝くような笑顔を見せた。


「やったな………!」


「うん………!」


 春の笑顔に耀も輝くような笑顔を浮かべる。Sランク喰魔を倒し、自分達の覚悟と想いを貫いた二人はその喜びに浸っていた。


 だが、しかし―――


「何が、『やったな』だって?」


「「!!?」」


 正面から聞こえた声に笑顔から一転。春と耀は目を見開いて正面へと振り向いた。


「とは言っても、さすがに今のは危なかった」


 声の主は巻き上がった土煙の中から声を発し、ゆっくりと二人に向かって歩くことで土煙にその影を映した。


「嘘だろ………」


「確実に当てたのに………」


 姿は見えないが、二人はその声と影が誰のものなのかハッキリと分かっていた。そして、信じられないと言った様子で呟く。


 足音が止み、土煙に映る影もそれ以上近づいては来ない。それと同時に土煙が晴れていき、その姿を現す。

 短い青髪に掠り傷が付いた褐色の肌、ボロボロになったコスプレ感が否めない学ラン。何より目立つのは人間なら白いはずの強膜が黒く染まり、その中で輝く金色の瞳。


「だが、俺を倒すには足りなかったな」


 春と耀が倒したはずのSランク喰魔が、薄っすらと笑みを浮かべてその姿を現した。


「「………!」」


 Sランク喰魔の姿を視界に入れ、二人は悔しそうに歯を食いしばる。そして、遠目からそれを見る愛笑は絶望にその表情を染めた。


「嘘………光と闇の合体魔法を受けたのに………!」


 元の魔法の威力もそうだが、闇魔法の魔法と魔力を破壊する力が増大した一撃を受けて五体満足でいることが愛笑には信じられなかった。


 そして、それは春と耀の二人も同じであった。Sランク喰魔を睨むその瞳の奥から、喰魔自身も二人の疑問を感じ取っていた。


「なんで無事なのかって目をしてるな」


「「………」」


「まあ、答えは単純だ。合体魔法が直撃する直前に、魔法の威力を上げただけだ」


 確かに単純。しかし、その回答に二人は再び驚愕と疑問を抱いた。


「威力を上げた………!?」


「あれが全力じゃなかったってこと………!?」


 自分達の全身全霊の一撃。相手の魔法を押し切ったこともあり、Sランク喰魔の放った魔法は全力だと思っていた。

 そんな二人の呟きに、Sランク喰魔は頬を吊り上げる。


「当たり前だ………! お前達の力を見ようと力を抑えたに決まってるだろ………!」


 二人を嘲笑うようにニヤリと笑い、見下すSランク喰魔。その姿はまるで悪魔のようだった。


「「くっ………!」」


 舐められていたことは分かっていた。実力に埋めようのない差があることも。しかし、ここまでとは思っていなかった。

 二人は悔しさに喉を鳴らし、Sランク喰魔を睨む目により力が入る。その目にSランク喰魔は嬉しそうに笑い声を漏らした。


「ハハッ、いいな。この状況でもまだ闘志が折れないのか」


「当たり前だ………!」


「絶望なんてしていられない………!」


 限界を超えた渾身の魔法が破られてもなお、二人は諦めない。体に鞭を打ち、痛みに耐えながら必死に立ち上がろうとする。


「ぐっ………!」


「あっ………!」


 しかし、途中で力が抜けてしまい、立ち上がる前に再び地面に腰を落としてしまった。その様子に喰魔は感心と同時に呆れたように溜め息を吐いた。


「もう本当に限界だろ。無理に立とうとするな」


「クッソ………!」


「っ………!」


 二人は顔を上げ、キッとSランク喰魔を睨む。しかし、Sランク喰魔は飄々としたその態度を崩すことはなかった。


「まあ、さっきのは本当に良い一撃だった。咄嗟だったとはいえ、威力を上げてもこの様だからな」


 そう言うとSランク喰魔は両腕を見せびらかすように突き出す。突き出された腕の先にある拳は刃物で複数回の斬りつけられたようにズタズタであり、()()()が滴っていた。


「血………!?」


「なんだ、知らないのか。Sランク喰魔には人間や現世の生物みたいに血が流れてるんだよ。これも進化の影響だろうな」


 春はこれまで傷ついた喰魔から血が流れ出たことは一度も見たことが無く、目の前の光景を異質なものを見る目で見つめる。

 その様子から春が知らないのだろうと察したSランク喰魔は強者の余裕か、はたまた春を成長させたいのか丁寧に説明をする。そして、今度は耀の方へと視線を向けた。


「お前は知ってたみたいだな?」


「………………」


 Sランク喰魔からの問いかけに耀は答えない。ただ目を細め、喰魔のことを睨むだけであった。


「分かった分かった。答えなくてもいい」


 耀の目から会話は成り立たないと感じたSランク喰魔は引き下がり、突き出していた手を下ろす。そして、二人の背後にある深奥部へと続く道へ目を向けた。


「………さて、そろそろ傀頼のところに行くか」


「………! ふざけるな! 俺達はまだ―――ぐっ!」


「春!」


 Sランク喰魔の呟きに反応し、奥に行かせまいと春は立ち上がろうとする。しかし先程と同じように、立ち上がる途中で力が抜けるように地面へと腰を落としてしまった。


「気合だけじゃどうにもできないことはある。大人しくしてるんだな」


 そう言うとSランク喰魔は一歩踏み出そうとする。二人はそれを止めるために立ち上がろうとするがそれは叶わない。

 喰魔が歩き出そうとする様を見ていることしか出来なかった。


 そして、Sランク喰魔が右足を一歩前へと踏み出した―――


「………まあ、もう時間切れだけどな」


「「………は?」」


 ―――ところで、Sランク喰魔は踏み出したその足を後ろへと下げた。





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