7-4 闇と光の奇跡(後編)
「ハハ、もう少し相手してやるよ………!」
穏やか笑顔には似合わない殺意を放ちながらそう言い放つSランク喰魔。その不気味さに春と耀は体を強張らせるが、そこに恐怖は無かった。
二人から恐怖心が無くなったわけではない。ただ、それに圧倒的に勝るだけの勇気と気合と覚悟が二人には満ち溢れていた。
「………端からそのつもりだ」
「………かかって来い」
Sランク喰魔を威圧したときの気迫が消えない。ボロボロの姿からは想像がつかない圧を放ち、二人は構えを取る。
右腕は酷い怪我のせいで動かせず、脱力した状態で垂れ下がらせる春。腰を落とし、左手の拳を胸の前で構える。
その右隣りで、折れた剣を右手に持って構える耀。左手でも握りたいが痛みのせいで力が入らないため、胸の前で構えて体のバランスを取るのに利用するに留まる。
二人が構えたのを見てSランク喰魔も両手に拳を作り、左手を前にして胸の前に構える。
再び戦うために構えた三人。しかし、春と耀は表情には出さないが内心焦っていた。
(威勢よく啖呵を切ったけど………)
(もう魔力も体力も限界が近い………)
Aランク喰魔の操作する喰魔、目の前のSランク喰魔との戦い。長時間に及ぶ異界での活動。
二人の魔力と体力は限界が近く、ボロボロの体ではSランク喰魔を相手に満足に戦うことはできないことを二人は悟っていた。
それでも、出来ることを最大限やるしかない。
耀は自身の折れた剣に目を向ける。このままでは戦い辛い、そう考えた耀は自身の剣に魔法を使用する。
折れた剣が白い光を帯びていく。そして、その光は折れた刃に集中していき、その剣身を形成した。
「ほぉー、器用だな」
「お前に褒められても嬉しくない」
「………………」
耀は嫌悪感を示すように冷たい声音でSランク喰魔を拒絶する。そんな状況下で春は無言で耀の剣を見つめていた。
「………………」
「春? どうかしたの?」
「………?」
剣を見つめたまま言葉を発さない春。明らかにおかしいその様子に耀が声を掛けるが、それでも反応を示さない。その様子にSランク喰魔さえも首を傾げていた。
(………なんだ?)
耀のが作り出した光の剣から目が離せない。そして、その剣に吸い寄せられるような不思議な感覚が春を襲っていた。
(この感じ前にも………。そうだ………、初めて耀と会ったあの時に近い感覚だ………)
耀との顔合わせのため、星導市支部の支部長室に呼ばれた時の事。廊下から扉の奥に居る耀の気配に意識が引っ張られるような、あの時の感覚に酷似していた。
そこから春はふと、左手を耀が右手に握る剣の柄に伸ばす。そして、耀が握っていない柄の後ろの方をそのまま握った。
「春? 何を………」
最初は首を傾げる耀だったが、次第に耀も春と同じように剣を見つめて動かなくなる。そして、何かに気づいたように徐々に目を見開いて行く。
その次の瞬間、二人が握る剣に春の闇が溢れ出した。
「はぁ………!?」
その様子にSランク喰魔は驚きの声を上げる。そして、それは遠目から戦況を見ていた愛笑も同様だった。
「な、えぇ………!?」
一体何をしているんだ、と言わんばかりに驚愕と困惑の表情を浮かべる愛笑。それは春の闇魔法の性質を知っているが故であった。
(何をしてるの!? 闇魔法は他の魔法や魔力を破壊する力がある! それなのに………!)
闇魔法は他の魔法や魔力を破壊、もしくは弱体化させる性質を持っている。それを光魔法を宿す剣に流すなど、耀の光魔法を害する行為でしかない。
Sランク喰魔でさえ、そう思っていた。
「………光が、消えないだと………!?」
闇を流されているにも関わらず、剣に宿る光の輝きは消えるどころか衰えさえしない。やがて闇と光は混じり合い、一つになっていく。
闇と光が混在し、交互に波打つように折れた剣の根元から迸る。迸る二つの魔法は、先程までの光だけの剣のように綺麗な形をしていない。
大きさは元の剣の三倍近くに膨れ上がっており、迸る強大なエネルギーがなんとか剣の形を保っているような見た目をしていた。
「これはもしかして………!」
「光と闇の“合体魔法”か………!!?」
闇と光の巨大な剣。その現象が合体魔法だと気づき、二人は目を見開いて驚愕していた。
「闇魔法で合体魔法なんて………! そんなことが可能なの………!?」
前述した通り、闇魔法は他の魔法や魔力を破壊する。そんな魔法で合体魔法など不可能だと思っていた。
「………ハハッ!」
しかし、目の前でそれは覆された。Sランク喰魔の体は興奮で震え、気色の悪い笑い声を上げる。
春と耀の二人もまた、己が手に持つ闇と光が迸る剣を見つめて呆然としていた。
「………できた」
「これが、合体魔法………」
剣を立て、その矛先を天に向けることで剣の全体像を視界に入れる。闇と光が荒々しく刃の付け根から吹き出し、巨大な刃を形成する。温かな光が周りを照らし、冷たい闇が周りに影を落としていた。
その剣に春は希望を抱く。この魔法なら………と。
「耀!」
「うん!」
二人が剣からSランク喰魔へと目線を移す。その顔は先程までの呆然とした表情とは違い、強い覚悟と決意に満ちていた。
二人の表情と自身を見つめる力強い目に、Sランク喰魔の背筋はゾクゾクと痺れた。
「ハハハッ! いいぞ! お前らの全力を見せてみろっ!!!」
不気味に頬を吊り上げ、獣のような目と笑顔を見せる。左脚を一歩前へと踏み出し、両手の拳を腰に構える。
明らかな技の構えに二人の闘志も強く刺激された。
「「………!」」
天へと立てた剣を自分達の頭上に掲げる。同時に、自分たちのありったけの魔力を流し始めた。
闇と光の刃が一際強い輝きと暗さを放ち、さらに大きく膨れ上がる。その巨大な魔法の剣を愛笑は唖然とした表情で見上げていた。
「キッハハ………!」
Sランク喰魔は膨れ上がった闇と光の剣に再び笑い声を漏らす。そして、それに呼応するように自身の魔力を高めた。
「………!」
「「………!」」
荒々しく迸る二人の魔法の剣とSランク喰魔の魔力。双方の準備は同時に整い、必殺の一撃もまた同時に放たれた。
「「ハアアアアアアアーーーーーッッッ!!!」」
「衝撃ォッ!!!」
春と耀は闇と光の剣を振り下ろし、その刃をSランク喰魔に向かって解き放つ。闇と光の剣身が極太のレーザービームのように突き進む。
Sランク喰魔も両の拳に魔力を集中させると右脚を一歩前へと強く踏み出し、己が衝撃の魔法を突き出した拳から解き放った。
地面を削りながら突き進む魔法の剣と衝撃。解き放たれた二つの魔法は正面から衝突し、轟音と爆風を吹き荒らした。
「ぅぅぅぅ………!」
吹き荒れる爆風とそれに乗って飛んでくる砂塵、そして二人の合体魔法の輝きに愛笑は目を細める。しかし、二人の戦いを見届けようと、決して顔を背けるようなことはしなかった。
そして、魔法を放つ双方ともその場で踏みとどまり、相手の魔法に己が魔法を押し込んでいた。
「ヒャハハッ………!」
「「アアアアアアアーーーーーッッッ!!!」」
Sランク喰魔は笑みを浮かべたまま、春と耀は必死の形相で魔法を放つ。衝撃が闇と光の剣を押し弾き、闇と光の剣もまた衝撃を掻き消していた。双方の魔法は互いに譲らず、完全に拮抗していた。
そんなとき、Sランク喰魔が一際怪しく笑う。すると、衝撃は徐々にだが二人の闇と光の剣を押し始めた。
「「ぐぅ………!」」
春と耀の持つ剣が徐々に押し戻され、真っ直ぐに伸びていた腕が肘で曲がり始める。それと同時に二人は苦しそうな声を漏らし、顔を俯かせる。
余裕そうなSランク喰魔とは違い、二人は限界が近いように見えた。
(このままじゃ………!)
このままじゃ負ける。その光景を見ていた愛笑が心の中でそう危惧する。
そして、Sランク喰魔もまた勝利を確信した。
「楽しかったぞ………!」
笑みを浮かべたままSランク喰魔が呟いたとき、春と耀の二人が顔を上げる。二人の目には再び、Sランク喰魔を威圧した時と同じ強い闘志が宿っていた。
「………負けて、たまるか………!」
「私達は絶対に、みんなを………!」
二人が押し戻された剣を押し込むように腕を伸ばす。すると、再び双方の魔法の力が拮抗したかのように衝撃が闇と光の剣に押し留められた。
「なに………!」
その光景にSランク喰魔が目を見開き、驚愕する。次の瞬間、春と耀は自身の持つ剣にさらに魔力を流し込んだ。
「「守るんだああああああああっっっ!!!」」
ありたっけの想いと覚悟が込められた咆哮を轟かせる。悲鳴を上げる体に鞭を打ち、もう限界だった魔力を自身の体から絞り出し、全てを剣へと込めた。
そんな限界を超えた闇と光の剣はSランク喰魔の衝撃を押し退け、その刃をSランク喰魔へと届かせた。
「「ハアアアアアアアーーーーーッッッ!!!!!」」
「………! アハハッ………!」
そんな愉快そうな笑い声と共に、Sランク喰魔は闇と光の中へと消えた。
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