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6-5 助けに行こう(後編)


「私も助けに行くのは賛成だよ」


 耀は先程までとは一転し、愛笑を助けに行くことに賛同する。その言葉に春、篝、十六夜の三人は呆気に取られるが、いち早く耀の賛同に反対したのは十六夜であった。


「白銀! お前まで何言い出してんだ!」


「理由ならちゃんとあるよ」


 怒鳴るように反対した十六夜に耀は落ち着いた様子で言葉を返す。そして、力強いその目と放たれる圧に十六夜は高ぶった興奮を抑えつけられる。

 依然として怒気を感じるものの、十六夜が落ち着いたのを確認すると耀は語り始めた。


「走りながら、ずっと考えてたんだ。本当にこれでいいのかなって」


 春が走っている最中に愛笑のことを考えていたように、耀も愛笑と現状のことを考えていた。


「まず第一に、愛笑さんの足止めはそう長くは続かない。………早い段階で必ず突破されると思う」


 耀の考えに三人は一切反論しない。それは三人がそのことに薄々感づいていたことを示していた。


「そして、凄く考え辛いけど、Sランク喰魔の口ぶりだと狙いはAランク喰魔の救援だと思う」


「「なっ!?」」


 Sランク喰魔がこのタイミングでやって来た理由。


糸霞空(しかく)に言われて様子を見に来てみればこれか。奥からも強い魔力感じるし。あー、アイツ怒るだろうなー』


『仕方ない。さっさとこいつら殺して、傀頼(かいらい)のやつを助けに行くか』


 “シカク”に言われ、“カイライ”の様子を見に来た。状況から察するに、カイライはAランク喰魔のことを指していると耀は考えていた。


 そして、今のSランク喰魔の狙いがAランク喰魔の救援だと結論付ける。その考えに春と篝は面食らったように驚愕していた。


「ちょっと待って! SランクとAランクの喰魔が手を組んでるって言いたいの!?」


「さすがにそれは―――」


「いや、それに関しては俺も白銀と同意見だ」


 春と篝が否定的な態度を見せる中、十六夜は白銀の考えに同意を示す。


「この洞窟にはAランク喰魔とその手下しか居ない。その洞窟に様子を見に来たってことは十中八九、その相手はAランク喰魔以外に居ないだろうな」


「「………」」


 十六夜も自身の見解を示す。二人がここまで言うのだからそうなのだろうと納得し、春と篝はそれ以上何も言わない。しかし、その表情は依然として驚きを拭い切れてはいなかった。

 二人が納得したのを確認すると、耀は途切れた話の続きを話し始めた。


「現状、Aランク喰魔は討伐されてない。そうなると、最悪の状況はAランク喰魔とSランク喰魔が合流して、喰魔を操る魔法を持つAランク喰魔が討伐されないことだと私は思う」


 その説明に春と篝の二人は同意と理解を示すように首を縦に振る。


「だから、愛笑さんがやられてしまった場合、支部長達がAランクを討伐するまでまた誰かが時間を稼ぐ必要があると思う」


「………それが、戻るのに賛成の理由か?」


 十六夜は不機嫌な様子で耀に問う。それは普段の姿からは想像がつかないほど厳格な威圧感を放っていた。

 そんな十六夜に、耀は臆することなく言葉を紡ぐ。


「本当は十六夜も気づいてたんじゃないの?」


「ッ!」


 耀の煽りとも取れる発言に、十六夜の抑えつけられた怒りが再び沸き上がった。


「確かに時間を稼ぐ必要はある! けどな! 俺達が行ったところで―――」


()られるだろうね」


「なら!」


「けど、勝てないから戦わないなんて、魔法防衛隊員(わたしたち)が言っちゃダメだと思う」


「………!」


 十六夜は何かを言おうとするが、何も言い返せずに口を開いたまま固まる。少しして怒りで上がった肩が下がるのと同時に、口を閉じて怒りを鎮める。そして、自身を落ち着かせると何かを諦めるように息を吐いた。


 十六夜が怒りを鎮め、大人しくなると耀は春へと向き直る。その目は依然として輝きを放っており、凛としたその姿から春は目を離すことが出来なかった。


「今戻れば、まだ愛笑さんを助けられるかもしれない。だから―――」


 耀だって悔しかった、苦しかった。敵を前にして背を向け、大切な恋人である春の姉を一人残して逃げ出した。

 父のように人々の命と笑顔を守れる存在になりたくて魔法防衛隊員になったというのに、現実はその真逆になってしまった。


 実力不足なのは分かっている。それでも、出来ることなら。自分の信念を貫き、春の愛笑を助けたいという願いも叶えてあげたい。

 だから―――


「愛笑さんを助けに行こう」


「っ!」


 その一言は今、春にとって救いに近い言葉だった。

 あまりの嬉しさに目から涙が零れそうになる。しかし、これから向かう場所にはほぼ確実な死が待っている。容易に受け入れることはできない。


「………死ぬかもしれないんだぞ」


「分かってる」


「………本当にいいのか?」


「うん」


 春の問いに答える耀には一切の迷いは見えない。それどころか、春の方が耀が行くと言ってることに戸惑ってしまっていた。

 春は愛笑のために自分が傷つく覚悟はある。しかし、それに他の人を、ましてや耀を巻き込む覚悟と勇気は無かった。


「もし春がダメだって言っても私も行くよ。春が愛笑さんを助けたいように、私も出来ることなら愛笑さんを助けたい。そして、()()()()()()()()()


「っ!」


「だから、私も行くからね」


 煮え切らない春に耀はしっかりと。けれど、優しさも感じる声音でそう宣言した。

 耀の言葉に春の心は激しく揺れ動かされる。今にも目から零れ落ちそうになる涙をこらえ、感謝の言葉を口にした。


「ありがとう………!」


「御礼なんていいよ。私だって、春のおかげで行く決心が出来たから」


 春が愛笑を助けに行きたいと言うまでは、耀も行くべきなのかどうか判断できず、頭の中で考えるだけだった。

 しかし、春が助けに行きたいと言ってくれたことで。春が背中を押してくれたことで愛笑を助けに行く決心をすることができたのだ。


 しかし、それはそれとして春に対する不満が耀にはあった。その不満を表に表すように耀は目を若干鋭くさせ、口を尖らせた。


「でも、助けに行きたいならこのくらいの理由付けはして。感情のまま助けに行きたいなんて言っても、そう簡単にいいよなんて言えるわけないじゃん」


「………はい」


 ぐうの音も出なかった。耀の言う通り、自身が言った理由は感情的で説得力など無かった。対して、耀の理由は合理的であり、愛笑の元へ向かうことに対するメリットもちゃんとあった。

 春は恋人からのマジ説教に涙が引っ込み、自分の不甲斐なさに肩を落として落ち込んだ。


 その様子に耀がクスッ、と小さく笑う。しかし、その笑顔は一瞬で消え去る。

 先程までの真剣な表情へと変わり、肩を落として項垂れる春へと声を掛けた。


「春」


「っ!」


 耀の真剣な声音に春は俯いたまま目を小さく見開き、顔を上げる。そして、視界に映った耀の顔を見て、春もまたその顔つきを真剣なものへと変えた。


 愛笑の元へと向かう。口にはしなくても、二人の雰囲気からそれを察するには十分であった。

 二人がいよいよ愛笑を助けに行こうとしたそのとき、二人を呼び止めるように声を掛ける者が一人居た。


「春君、耀」


 名前を呼ばれ、二人はその声の主の方へと顔を向ける。その先に居た篝は両手に強く握り拳を作り、先程までの春と耀とおなじように決意に満ちた表情をしていた。

 その雰囲気から、何を言おうとしているのか分かるほどに。


「………私も行くわ」


「っ! 本気か篝!?」


「ええ、本気よ。二人だけ行かせたら、後で絶対に後悔する。それに、私だって愛笑さんを助けたいもの」


「けど―――」


私も(・・)もう、これ以上大切な人達を失いたくない」


「――――――!」


 十六夜が篝を引き留めるように問い返す。しかし、篝の気迫と言葉に再び何も言い返せなくなってしまう。


 篝もまた、愛笑を置いてきたことを悔いていた。

 自分には出来ることはないと言い聞かせ、足手まといだと自分を貶めることで無理矢理納得させた。

 それでも、助けに行きたい。もう二度と、大切な人失いたくないから。


「だから、私も行くわ」


 篝は薄っすらと穏やかな笑みを浮かべてそう答える。これから戦場に戻るとは思えないほどに、穏やかな笑顔だった。


「………………はあああぁぁぁぁ」


 その笑顔を見た十六夜は顔を俯かせ、長い溜め息を吐きながら自身の頭を乱雑に掻いて髪でワシャワシャと音を立てる。そして、キッと目を鋭くさせながら顔を上げた。


「分かったよ。そこまで言うならもう止めない。だが、俺も一緒に行くからな。文句は言わせねえぞ」


 どこか怒るように自分も同行することを告げる十六夜。その姿に三人は吹き出して小さく笑い始めた。


「要は俺達が心配だし、十六夜も姉ちゃんを助けたいから付いて行くってことだろ?」


「ホント、優しいわよね十六夜君」


「ね?」


「………………」


 クスクスと笑う三人とは対照的に、十六夜は若干眉間に皺を寄せて不服そうな表情をする。文句を言われたりするよりはマシなのだが、言われたことは図星なうえにこういう受け入れられ方は釈然としなかった。

 が、すぐに諦めたような表情で小さく息を吐いて十六夜は自分を落ち着かせる。そして、真剣な様子で話し始めた。


「可能性は限りなくゼロだろうが、Aランクが倒されればSランク喰魔が退()くかもしれない。俺達のやることはSランクの打倒ではなく足止めだ。分かってるな?」


「ああ」

「うん」

「ええ」


 十六夜の確認に他の三人は頷く。それを見ると十六夜は視線を春へと向け、その直後に耀と篝も春の方へと顔を向ける。

 まるで、何かを待つように。そして、春も三人が何を待っているのかを理解していた。


「………姉ちゃんを助けに行こう!」


「「「おう!」」」


 春の力強い号令に、三人も強く声を張り上げた。





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