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5-6 Sランク喰魔襲来(中編)


「で? 次はどいつが掛かって来てくれるんだ?」


 肉食獣のように舌なめずりをし、金色の瞳を輝かせるSランク喰魔(イーター)。その仕草に春達は体と表情を強張らせる。

 隊員達が喰魔に怯える中、愛笑が大声で隊員達へと話しかける。


「みんな! よく聞いて!」


『………!』


「?」


 その声に全員の視線が愛笑へと集中する。一体何をする気だ、と喰魔は眉を顰めて愛笑のことを見つめていた。


 愛笑は周囲へ大声で呼びかけたが、全員が自分の話を聞いているかどうかを確認しない。そんな余裕など無いといった様子で、すぐさま次の指示を飛ばした。


「私が喰魔を足止めします! みんなはどうにか逃げてください!」


『………!!?』


「はあ?」


 愛笑の指示に隊員達は驚愕し、喰魔は呆れたような様子で首を傾げる。そして、春は愛笑の指示に必死の形相で異議を唱えた。


「無理だ姉ちゃん! こんな奴相手に一人だなんて!」


 間違いなく愛笑は強い。それでも、目の前に居るこの化け物は遥かにそれを凌駕する。


 ―――確実に殺されてしまう。

 それが分かっているからこそ、春は必死にそれを止めようとした。

 しかし、愛笑は春の制止を一蹴する。


「このままじゃ確実に全員殺される!」


「だけど―――」


「それに、みんなを庇いながら戦う余裕なんて無いから!」


「………っ!」


 春に負けないくらい切迫した声で愛笑は言い切る。そして、春は愛笑の言葉に押し黙ってしまう。

 庇いながら戦う余裕なんて無い。つまり、遠回しにではあるが足手まといだと言われた。


 その事実に春は何も言い返すことが出来ず、強い無力感に襲われる。悔しさに両手を強く握りしめ、歯を食いしばった。

 そして、その話を聞いていたSランク喰魔は不機嫌そうに目を細め、歩みを早めようとする。


「おい! なにを勝手に決めて―――!」


岩石(ロック)()半球蓋(ドーム)三重層(トリプル)ッ!!!」


 愛笑は両手をSランク喰魔に向け、魔法を放つ。Bランク喰魔の巨大な火球を封じ込めたドーム状の岩の壁三枚がSランク喰魔の周囲から隆起し、中に喰魔を閉じ込める。

 その瞬間に、愛笑は隊員達に声を荒げて逃げるように指示を出した。


「行って!!!」


「だけどっ!」


 今の指示で隊員達は一斉にSランク喰魔とは反対側の深奥部へと繋がる通路へ駆け出す。

 そんな中で春は愛笑の指示に食い下がり、逃げるような素振りを見せない。しかし、そんな春の腕を誰かが掴んだ。

 腕を掴んだのは誰かと、春が後ろへ振り返る。そこには険しい表情で春の腕を掴む十六夜と、同じく険しい表情を浮かべた篝が居た。


「いいから行くぞ!」


「このまま姉ちゃんを置いてけってのかっ!!?」


 両親を喰魔によって殺された春が、実の姉にも等しい愛笑が殺されることを黙って見過ごせるわけが無い。春は腕を掴む十六夜の手を振り払い、怒鳴るように声を荒げる。

 そんな春へと十六夜はキレたように目を鋭くさせる。


「テメェ―――」


 十六夜が春へと詰め寄ろうとしたそのとき、耀が前に割って入る。それにより、十六夜は瞬間的に頭に上った血が引いていく。

 春もまた十六夜同様に怒りを鎮め、すこしだけ落ち着いた表情で耀を見つめていた。


「耀………」


「………春、行こう」


 割って入って来た耀はただ一言、行こうとだけ告げる。その表情は何かに耐えるように辛そうであると同時に、心配が入り混じった表情をしていた。

 その耀の表情に、春は大きく息を吞む。


(そうだ、辛いのは俺だけじゃない………。みんな、仲間を置いて逃げるなんて辛いに決まってる………!)


 魔法防衛隊に所属する人達は基本的に皆優しい。それに愛笑は星導市支部でも多くの人と関わりを持ち、慕われている。

 皆、逃げたくて逃げるわけではない。出来うることなら助けたいに決まっている。それでも、自分達では愛笑の足を引っ張ることしかできないと、悔しさを押し殺して指示に従ったのだ。


 それは目の前に居る三人も同じであり、そのことを春はようやく悟る。そして、先程までの荒々しい雰囲気が一気に春から消え失せた。


「………行こう」


「うん」


 そう言うと春は一瞬躊躇するも、愛笑に背を向けたまま深奥部の通路へと走る。それを追いかけるように耀達三人も駆け出した。


(絶対に死ぬなよ………! 姉ちゃん………!!!)


 そう心の中で願う春の目尻には、今にも溢れだしてしまいそうなほど涙が溜まっていた。





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