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4-3 作戦決行


 作戦会議の翌日。

 春は魔法防衛隊員の隊服に身を包み、異界(ボイド)にある洞窟の入り口の前に立っていた。入り口の大きさは人が三人横並びで入れるくらいの大きさで、その入り口を囲むように二十人ほど隊員が待機していた。


「いよいよか………」


 春は緊張した面持ちで洞窟の入り口を見つめ、そう呟く。その呟きを聞いていた十六夜が春へと声を掛ける。


「あんまり気張るなよ春」


「ちょっと難しいな」


「………まあ、無理もないか」


 十六夜はそう呟くと辺りを横目で見渡す。この緊張は春に限った話でなく、ここに居るほとんどの隊員が緊張で強張った表情を浮かべていた。


(かくいう俺も、結構緊張してるしな)


 気張るなと言ったものの、十六夜自身も普段より体に力が入ってるのが分かる。自然と両の拳を握りしめ、緊張を紛らわせようとしていた。


「これだけ大規模且つ、重大な作戦となると緊張しない方が難しいわよ」


「そもそも、普段の任務でさえ緊張しちゃうからね」


 篝と耀の二人も緊張してしまうことを仕方ないと言う。


 今回の討伐作戦にはSランク喰魔(イーター)の発生を阻止するという目的がある。自分たちに割り当てられた任務は支部長達に比べれば比較的に楽ではあるが、作戦に欠くことができないものであることは間違いない。


 何かミスを起こして作戦が失敗し、Sランクの喰魔が誕生すれば被害は隊員だけでは確実に収まらない。そして、相手はAランクの喰魔と五百を超えるBランク以下の喰魔の大群。いつもの任務以上に死ぬ危険性が高い。

 この二つの恐怖が、隊員達にとてつもないプレッシャーを与えていた。


 春達のように体を強張らせる隊員や、緊張から息を大きく吐き出す隊員など。どこか全体的に落ち着きがない魔法防衛隊員達。

 そんな中、一人落ち着いていた愛笑が全体に声を掛けた。


「そろそろ時間です。突入の準備を」


 愛笑の声と表情は真剣そのものであり、昨日の姿からは想像がつかないほどの威圧感を放つ。

 その呼びかけに隊員達は各々準備を始めるが、ほとんどの隊員が共通して額にヘッドライトを装着していった。春も額にヘッドライトを装着する中、ヘッドライトを装着しない耀に声を掛けた。


「耀はヘッドライト要らないんだっけ?」


「うん。私は魔法で自分の周囲を照らせるから」


「できれば、俺達の分も照らしてくれると有り難いんだがな。このヘッドライト、割と邪魔だし気が散る」


 十六夜は自身の額のヘッドライトを指でトントンと小突きながら鬱陶しそうに言う。その呟きに耀は困ったように笑った。


「できればそうしたいけど………。そうなるとかなりの魔力を使うし、その分戦闘に回せる魔力も減っちゃうから」


「仕方ないわよ十六夜君。それに、作戦通りに広い所に出られればこのヘッドライトも外せるから、それまでの辛抱よ」


「分かってるよ。試しに言ってみただけだ」


 ケラケラと笑う十六夜。その姿に三人は安心感を覚え、小さく笑みを浮かべる。

 いつもの調子のやり取りに、ほんの少しだけ緊張が和らいだ四人だった。


 そして、準備を終えた隊員達が洞窟の入り口に向かって散り散りに並ぶ。その先頭で、先陣を切るために愛笑が立っていた。

 ピリピリとした空気が場を支配する。緊張感漂う中、全員が愛笑からの突入の合図を待つ。そして、そのときはすぐに来た。


「―――突入!」


 その声と共に愛笑は洞窟に向かって駆け出す。他の隊員達も愛笑の後に続くように洞窟に向かって駆けだした。

 そして、春は突入と同時に昨日の作戦内容について思い出していた。







 昨日の作戦会議。幸夫はマイクを片手に隊員達に作戦内容を説明していく。


『Aランク喰魔の相手は私を含めたAランク隊員が務める。他の隊員にはAランク喰魔が操るBランク以下の喰魔を相手してもらいたい。洞窟の入り口は全四か所。そして、入り口には門番のような役割をしている喰魔が三体ほど配置されていることも確認している。このことから、Aランク喰魔は操作している喰魔を通じて情報を得ることが出来る可能性が高いと思われる。それを利用して我々は四か所から一斉に突入し、敵が放つ戦力を分散させる』


 防衛隊員の数は約百人。対して、喰魔の数は五百を超える。

 そのまま戦うより、散らして戦った方が圧倒的数の差を少なく出来るという考えであった。


『そして、洞窟はAランク喰魔が居る深奥部とは別に、それぞれのルート途中に広い空間が存在していることも分かっている。皆にはそこでやって来た喰魔達を足止めし、撃破してもらいたい。皆が足止めしてくれている間に我々Aランク隊員は先行し、目標であるAランク喰魔と残った喰魔の大群を倒す』


 足止めということから、やって来た喰魔達をAランク喰魔の元へ引き返させないことが一番の目的だと思われた。


『万が一、操られている喰魔が現世に進行した時のことを考え、ここに居ない星導市支部の隊員と派出所や他支部に応援を要請し、警察と連携して現世を警護してもらう。そして、該当地区を警戒区域とし、作戦決行までに住民を避難させ立ち入り禁止とする』


 無いとは思うが、最後の抵抗として現世への進行をしないとは限らない。そのための対応策もしっかりと考えてある。

 作戦決行が明日となると時間的に厳しいうえ、住民からの非難は間違いなく出る。しかし、万が一のことを考えればやることが最善だろう。


『以上が大まかな作戦内容となる。そして、突入の際のメンバー構成だが、こちらで相性等を考えて振り分けさせてもらった』


 そこまで言うと幸夫は手に持った資料を見る。そこに考えた隊員の構成が書いてあった。


『それでは振り分けを伝える』







 Bランク隊員喜多愛笑が率いるB班。それが春達が居る部隊であった。


 額のヘッドライトを付け、暗い洞窟を照らしながら前へと突き進んでいくB班。耀だけは自身の前方に光の球体を作ることで道を照らしていた。

 洞窟を掛けながら進んでいくと、Dランク喰魔三体の姿を捉える。犬のような見た目をした喰魔は隊員達の光に気づき、迎撃しようと向かってきていた。


「見張りの喰魔………!」


「情報通りだな」


 向かって来る喰魔に対し、そう呟く春と十六夜。得ていた情報に間違いがないことにひとまず安心する。


「「「グルワァ!」」」


 愛笑は威嚇するように唸りながら直進してくる喰魔達を視界に捉えると、即座に魔法を行使する。自身の右側面に右手を翳すと岩石を作り出し、その形を変えていく。

 潰れていくように形を変える岩石は直径七十センチほどの円盤へと変形し、その側面を鋸のように鋭利にさせる。そして、その岩石の円盤を高速で回転させると右手を後ろへ下げ、手に持ったボールを横投げするような動作で喰魔達へと放った。


岩石(ロック)()円盤(ソーサー)!」


 放たれた円盤は弧を描くように喰魔達へと接近していく。そして、喰魔達の左側面に着くと進む角度を九十度変え、綺麗に横並びに突き進んでくる喰魔達の首を切り落とした。


「「「ガッ………」」」


 喰魔達の首が切り落とされると、体は勢いそのままに足がほつれて地面を滑るように倒れる。そして、切り落とされた頭部と共に消滅する。

 喰魔達が瞬く間に倒されたことで、B班は減速することなく洞窟内を突き進んでいった。







『なんだこれは!?』


 洞窟の深奥に居る蝙蝠のようなAランク喰魔。

 自身の居る洞窟の深奥へとつながる全ての入り口から魔法防衛隊が侵入し、見張りをさせていた喰魔が全て倒された。それを操る喰魔から直接見ており、魔法防衛隊の数と行動の早さに驚愕していた。


(来るだろうとは思っていたが、想定よりも早い! 少し舐めていかもしれないな………!)


 自身の見通しの甘さを呪う喰魔。しかし、すぐに思考を切り替えて現状と向き合う。


(ここに居る駒の数は四百。外に狩りに行かせている喰魔を合わせれば六百ほどか………)


 自分が操る喰魔の数を再確認する。そして、そこから自分がどうするかを組み立てていく。


(百、いや。百五十体はここに残し、残りを向かわせれば大丈夫だろう)


 百五十体を残すということは、一か所に送り込まれる喰魔の数はおおよそ百体ということになる。

 しかし、思い出してほしい。春、耀、十六夜、篝の四人は前回の任務でDランクの喰魔を約三十体ほど相手にして倒している。それを考えれば二十人の部隊に対して百体の喰魔では足りないように思える。

 が、それは操っている喰魔がDランクのみの場合である。


(大丈夫だ。BランクとCランクもそれぞれの場所に複数体向かわせる。これで魔法防衛隊員どもを一掃できる………!)


 操る喰魔にはBランクとCランクも複数体居る。それを向かわせれば百体という数でも魔法防衛隊を倒せるとAランク喰魔は踏んだ。

 だからか、喰魔はニヤリと不気味な笑顔を見せる。


『ちょうどいい! のこのことやって来た魔法防衛隊員どもを糧に、私はSランクに進化する!』





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