3-7 あと少し、あと少しなのだ………!
春の治療を終え、四人は異界から現世へと戻っていた。捜索していた三人の遺体は現世へと持ち帰り、他の魔法防衛隊員を呼んで引き渡した。遺体は星導市支部へと運ばれ、医療班と研究課によって状態等を調べられることになるだろう。
四人は支部へと戻ると汚れを洗い、隊服から私服へと着替える。篝だけは先に医療室で治療を受け、その後は他の三人と同じように行動していた。
そして、今回の任務についての報告書を作成しようとしていたのだが―――
「任務から帰って来て早々、支部長からの呼び出しなんて………」
「一体何だろうね?」
篝の言葉通り、四人は支部長に呼び出されて支部長室へと向かっていた。しかし、詳しい内容は聞かされておらず、耀はその内容を思案する。
「早急に支部長室へ来るように、だからな」
「大方の予想はつくが………まあ、行けば分かるだろ」
十六夜がそう言うのと同時に四人は支部長室の扉を視界に捉える。そして、その扉の前に立つと篝がその扉を三回ノックする。
「入りたまえ」
扉の向こうから支部長である幸夫の声が聞こえる。入室の許可が出たことで、篝は扉を開けて室内へと足を踏み入れる。
「失礼します」
その後に続くように十六夜、春、耀の順で室内へと入って行く。そのとき、春は席に座る幸夫の隣に立っている女性に目がいった。
「友里さん?」
「こんにちは春君。みんなもね」
幸夫の隣に立っていたのは情報課の友里静であった。なぜ友里が居るのか分からない春は首を傾げ、四人で横並びに整列しながらその理由を尋ねる。
「なんで友里さんがここに?」
「それはみんなが呼び出されたことにも関係してるわ。―――それでは支部長」
「うむ」
支部長を呼ぶ友里の落ち着いた声音。その声音に室内の空気は一気に引き締められ、春たち四人にもほんの少し緊張感が走る。そして、支部長は真剣な面持ちで目の前の四人へと話しかけ始める。
「まずは任務ご苦労。亡くなられた方たちのことは残念だったが、四人共無事で何よりだ」
任務から帰って来た四人に幸夫は労いの言葉を掛ける。しかし、このことを言うためだけに呼び出したとは四人共思っておらず、次に続く言葉を待つ。
それを幸夫も察し、小さく鼻で息を吐くとすぐに本題へと話を移していく。
「それでは本題へと移ろう。君達を急ぎ呼んだのは他でもない。今回の任務についての詳細を急ぎ確認、把握するためだ」
幸夫の告げる内容に四人は小さく息を呑む。こんなにも早く自分達を呼び出したことを考えると、今回の任務に関して何か重大な何かがが起こった、もしくは関わっていることを察する。
「今回の任務には不可解な点が多かったと聞く。まず、喰魔達の集団行動と待ち伏せ。そして、その喰魔達から共通して別の魔力を感知、何者かに操られているような印象を受けた。さらに、対峙したDランク喰魔の内、二体の喰魔が突如としてCランクへと進化した。これらのことに間違いはないかね?」
「はい。間違いないです」
「魔力に関しては私と十六夜が感知しました」
「さらに二体の喰魔が進化するとき、二体の足元に魔法陣のようなものが出現。光に包まれながら苦しむ様に進化したぜ」
幸夫の問いに答える春と耀。さらに付け加えるように十六夜が喰魔の進化したときの状況を説明する。
三人の説明を聞いた幸夫と友里は目を細め、表情を少し険しいものへと変える。そして、何かを確認するように互いに顔を見合わせる。
「友里君」
「情報とも合致します。間違いないかと」
「………何かあったんですか?」
二人のやり取りから何かがあったことは明白である。その内容を春が尋ねると、二人は再び顔を見合わせる。そして、幸夫が友里に対して何かを許可するように頷くと、友里は春達四人に対して事の詳細を語り始めた。
「実は星導市内とその周辺の異界で、防衛隊員が喰魔の群れに待ち伏せされて襲われる被害が多発しているの」
「「「なっ!?」」」
「っ」
友里から告げられた内容に春、耀、篝の三人は息を呑み、目を見開いて驚愕する。十六夜は話の流れでなんとなく分かっていたので驚きはしなかったが、改めて聞かされたことで表情を険しいものへと変える。
「上がってきている情報はあなた達のとほぼ同じ。異界で喰魔に群れで待ち伏せされ、襲われる。喰魔達からは共通して別の魔力を感知。その際に魔力から何者かに操られているように感じたそうよ。他にも喰魔の足元に突如として魔法陣が出現し、苦しみながら進化したというのも二件報告されているわ。既に被害は大きく、重傷者多数。………殉職者も、十名出ているわ」
友里は手に持った書類に目線を落とし、暗い表情で被害の規模を話す。殉職者が十名も出ているという事態に春達四人も同じように表情を暗くさせる。しかし、友里は四人を見つめると暗い表情から一転し、優しい笑顔を浮かべる。
「だから、こんな言い方は悪いかもしれないけど、あなた達が無事に生きて帰って来てくれて本当に良かった………!」
声は上擦り、うるうると瞳を潤ませる友里。その姿から四人のことを心の底から心配していたことが分かる。それを見た四人と幸夫も、友里のその優しさに温かい眼差しと優しい笑顔を浮かべる。
しかし、まだ話は終わっていない。幸夫は緩んだ頬と気持ちを引き締め直し、再び真剣な表情で今回の事件について話し始める。
「詳しいことは現在調査中だ。だが、魔法防衛隊の過去の資料から一つの推測が浮かび上がった」
幸夫の雰囲気が重苦しいものへと変わり、それを他の全員が感じ取る。室内に緊張感が走る中、少しの間を置いて幸夫はそっと口を開く。
「今回の事件、Aランク以上の喰魔が関わっている可能性が高い」
「「「「っ!」」」」
Aランク以上の喰魔。
その一言に四人は再び息を呑む。そして、春は険しい表情で両手で力強く握り拳を作る。
「Aランクの、喰魔………!」
春の脳裏に浮かぶのはかつて自分の両親を殺した戯猿というAランクの喰魔。強大な力を持ち、命を蹂躙することを快楽とした凶悪性と邪悪さを持っていた。
(アイツと同じ、Aランク………!)
春の中に蘇るのは戯猿に対する恐怖とそれ以上に強い怒りと憎しみ。そして、今回の任務で無残な遺体として発見された被害者たちのことを思い出す。強く握りしめた拳により力が入り、険しい表情に怒りと憎しみの色が宿る。そのとき、春の左拳をそっと誰かの手が包み込む。
その手の温もりに春は俯かせていた顔を上げ、呆然とした表情で自分の拳を包む者の顔を見た。
「大丈夫?」
優しい声音でそう話しかけるのは心配そうに春を見つめる耀だった。
そんな耀の表情と拳を包み込む手の温もりに、春は胸の内にあった黒い感情が引いていくのを感じる。拳を解くと、拳を包み込んでくれていた耀の右手を手を繋ぐように握る。そして、穏やかな笑顔を耀に見せた。
「ああ、もう大丈夫だ」
「そっか。なら良かった」
耀もまた、温かな日差しのような笑みを浮かべる。そして、互いに相手の温もりを感じ取ろうとするように繋ぐ手の力を強める。
幸せな雰囲気を漂わせる二人。しかし、この室内に居るのは春と耀の二人だけではない。
「「はああぁぁぁぁ………!!!」」
「お熱いねぇー」
篝と友里は二人のことを羨望の眼差しで見つめ、両手で口元を隠す。そして、高鳴る胸から押し出されるように熱い息を吐く。
十六夜はからかうようにニヤニヤと笑い、言葉でも二人のことをからかう。
以上の三人の反応に気づいた春は顔を徐々に真っ赤にし、慌てるようにばっと勢いよく手を離す。そこから誰も居ない部屋の隅に体を向け、顔を俯かせる。
背中越しに見える春の耳は真っ赤に染まっていた。耀は露骨に恥ずかしがりはしないが春と繋いでいた右手で自身の左手の甲を掴み、頬をほんのりと赤く染め上げた。
先程の緊張感から一転し、とても締まりのない空気が支部長室を包む。幸夫もどうすればいいのか分からず、何とも言えない微妙な表情を浮かべる。
「ええ、げふんっん゛ん゛」
この空気をなんとかしようと幸夫はわざとらしく咳をする。その咳によって元の空気とはいかなくとも、ほんの少しだけ締まりのない空気が引き締まる。
春も落ち着いたのか顔色は戻っており、体を支部長へと向きなおす。他の四人も落ち着きを取り戻したようであり、それを確認した幸夫は再び話し始める。
「とにかく、今回の一件に関してはハッキリしたことはまだ何も分かってはいない。しかし、世間には多くの防衛隊員が負傷し、亡くなった者が出ていることも知られている。この場で聞いたことはくれぐれも内密にな」
「「「はい」」」
「了解」
春、耀、篝は背筋を伸ばし、力強くしっかりと返事をする。十六夜は力強くはなく淡々とした返事ではあるものの、大人びた落ち着きを感じることから三人とは違った力強さを感じさせる返事であった。
※
異界に存在する暗く開けた洞窟の奥底。そこにぞろぞろと喰魔達が集結していく。
犬、鳥、トカゲ、虫等々。様々な姿をした喰魔達が争わず集結する姿は悍ましく、見た者を恐怖で震えあがらせるだろう。
そんな喰魔達の中心には、天井に逆さまでぶら下がる蝙蝠のような喰魔がいた。黒い皮膚と首周りを覆う白い体毛。身を隠すように閉じている翼の隙間からは金色に輝く鋭い瞳を覗かせる。そして、普通の蝙蝠とは違い、その体長は三メートルにも及んでいた。
『ふむ、集まったな』
蝙蝠の喰魔はそう呟くと天井から身を投げ、体よりも大きな翼を勢いよく開く。そして、翼でバランスを取りながら下へと滑空し、集まった喰魔達の何体かを足の爪で切り裂いた。
その後、蝙蝠の喰魔は翼を羽ばたかせて上へと舞い上がると再び下に向かって滑空し、同じように足の爪で何体かの喰魔を引き裂く。もう一度その動作を繰り返すと、蝙蝠の喰魔は最初に居た天井に再びぶら下がった。
すると、喰魔の正面には光を放つ球体が現れる。それは今倒した喰魔達から抽出した魔力であった。
『んあ』
蝙蝠の喰魔は大きく口を開き、鋭く尖った歯を剥き出しにする。そして、目の前の魔力の球体を口に含み、ゴクリと喉を鳴らして飲み込んだ。
『今回は中々の収穫だが、まだ足りない』
蝙蝠の喰魔は不機嫌そうに呟く。そして、今回の大規模な狩りについて考え始める。
(今回は大規模に狩りをさせたが、やはり防衛隊は強い。得られた魔力も多いが、失った駒の数もまた多い。早急に補充せねばなるまい)
数の減った自身の操る喰魔達を見下ろす蝙蝠の喰魔。操る喰魔達のことを駒と呼ぶことから、仲間意識などが一切ないことが分かる。
いつもは雑魚の喰魔を駒に狩らせるのだが、今回は魔法防衛隊員を標的として行動させた。それにより、今回得た魔力はいつもよりも確実に多い。しかし、その分駒も多くやられてしまった。
(今回のことで防衛隊は私に感づいたかもしれん。だが、それは大したことではない)
今回の狩りで魔法防衛隊に狙われることを喰魔は悟る。しかし、そのリスクを差し置いてまで優先したいことがある。
『あと少し、あと少しなのだ………!』
春達の戦いを観戦していたときのように喰魔は不気味に笑って金色の瞳を輝かせると、胸に秘めた心からの望みを口にする。
『あと少しで私は“進化”できる………!』
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