1-2 出会う運命の二人
その異変は突如として世界に起こった。
手から火を出せるようになった。遠くの物を手も触れずに動かせるようになった。空を飛べるようになったなど、様々な異能が世界各地で報告されるようになった。
人々はこの不思議な力を“魔法”と呼ぶようになり、魔法が使える者達を“魔法師”と呼ぶようになった。
魔法の発見により、世界は困難に見舞われることとなる。魔法師による犯罪やテロが頻発するようになり、魔法が使えない者達の不安と恐怖を煽った。
『魔法師は人ではない。化け物だ!』
そんな声が世界中に広まる。それにより世界では魔法師を排除しようとする思想が高まり、魔法師と魔法を使えない“非魔法師”による戦争にまで発展しかけていた。
そんな時、新たな脅威が人類の前に現れる。人の居る“現世”とは違う世界、“異界”より現れ、人を殺して魔力を喰らい進化する存在、“喰魔”が世界各地で現れ始めた。
魔力は魔法を使うのに必要なエネルギーであり、それは魔法が使えない者にも備わっていた。
喰魔と悪しき魔法師の脅威に人々が怯える中、一握りの魔法師達が立ち上がった。己が魔法を駆使し、傷つきながらも喰魔と悪しき魔法師達から人々を守る。そんな魔法師たちの姿に世界中の人々の意識も変わり始めた。
誰かのために戦う魔法師の姿に感化された者は自分もと後に続き、非魔法師はそんな彼らに感謝の念を抱いた。
やがて世界は魔法師を受け入れ、魔法師を中心とした喰魔と悪しき魔法師に対抗するための組織―――“魔法防衛隊”という組織を作り上げるのだった。
※
家を出た春は自身が所属する日本の魔法防衛隊の支部の一つ、“星導市支部”を目指して歩く。空高く昇った朝日が春と住宅街を明るく照らしていた。
しばらく歩いていると、春は前方に見知った男女の背中を見つける。春は小さく笑みを浮かべると二人に追いつくために走り出し、それと同時に大きな声で二人の名前を呼んだ。
「おーい! 十六夜! 篝!」
名前が呼ばれたことで二人は足を止め、後ろへと振り返る。春は二人の元にまでたどり着くと、その場で急停止して挨拶をした。
「おはよう、二人とも」
「おはよう、春君」
春に落ち着いた声音で挨拶を返すのは、春に篝と呼ばれた女子だった。
腰まで伸びた桃色の艶やかな髪に、透き通るような綺麗な肌と整った顔。中学生ゆえの幼さは残るものの、落ち着いた雰囲気とその佇まいからは美しさと気品を醸し出す。首回りが少し広く空いており、鎖骨がぎりぎり見えない赤い服に黒のスカートという服装が彼女をより大人びて見せた。
「よう、春」
次に挨拶を返したのは十六夜と呼ばれた男子。
服は左側に白の線が入った青色のTシャツに黒色のズボンで、所々跳ねた癖のある金髪が特徴的である。両手をズボンのポケットに入れたまま挨拶を返す姿は不良のような粗暴さを感じさせるが、落ち着いた雰囲気はどこかとっつきやすさも感じさせた。
挨拶を終えると、篝が再び支部に向かって歩き始める。それを皮切りに他の二人も同じ速度で歩き始める。そして、歩きながらの会話の内容は自然と今、自分達が支部に向かっている理由となった。
「こっちに異動してくる人。一体どんな人なのかしら?」
「俺達と同じ中学二年生の女子、ていうことだけ聞かされたけどな」
篝の呟きに同調する春。
三人が朝早くに支部に向かっている理由。それは今日、三人が所属する支部に新しく人が異動してくるからであった。
春達が所属する支部はそれなりに大きな支部であり、新しく来る隊員がいちいち挨拶を行うことはない。だが、異動となった人物の年が同じということで春達は支部長に直接呼ばれたのであった。
「どんな人が来るのか、とっても楽しみだわ!」
「そりゃあ、篝は気になるだろうな。ただでさえ数の少ない女性の防衛隊員で、さらに同い年ともなれば」
「ええ!」
十六夜の言葉に篝は眩しいほどの笑顔で答える。同い年の女性隊員が来ると聞いたとき、一番喜んでいたのは間違いなく篝であった。
女性の防衛隊員は非常に少なく、篝と同じ中学二年生ともなるとその数はかなり絞られる。実際に三人の所属する支部には同い年はおろか、年の近い女性隊員はいなかったので篝は若干の寂しさを覚えていた。
その事を春と十六夜の二人はよく分かっている。ゆえに、今の篝へと向ける視線はさながら、遊園地を楽しみにしている子供を見守る親のような温かいものであった。
まだ見ぬ同い年の隊員に期待を込めて会話を弾ませる三人。そんな中、ふと春の脳裏を今朝の夢の内容が過った。
「そういえば、今朝もまたあの夢を見たよ」
「あら、またなの?」
「確か三日前にも見たって言ってたな。前は短くても一週間に一回くらいのペースだったのに、随分と短くなったな」
あの夢、と言われただけで何のことかすぐに理解する十六夜と篝。この事から分かる通り、春は二人に夢についてよく話していた。
そして、十六夜は夢を見たという春に対し、自分達よりも真っ先に話していそうな人物を思い浮かべた。
「そのこと、お前のところの爺さんと婆さんには?」
「言ってない。夢の話するとばあちゃん凄く心配するから」
「「あぁー………」」
どこか申し訳なさそうに言っていない理由を言う春と、その理由に何の疑問も抱かず納得する十六夜と篝。
そして、春の脳裏に浮かぶのはこれまでの祖母である依里の行動。泣きそうな顔をしながら携帯電話を手に取り、病院へと電話を掛けようとする祖母を何度祖父と止めたことだろう。
しかし、一度や二度ならともかく、何度も同じ夢を孫が見ているともなればどこか体が悪いのではないかと心配するのは自然の反応だろう。その愛情は春にとっては嬉しいものだが、体に異常も無ければ特に害があるわけでも無いのでやめて欲しいと思ってしまう節があった。
そのことを考えているせいで何とも言えない微妙な表情を浮かべる春。そんな春に対して、篝は疑問を確認するために声をかける。
「確か、一度病院には行ったのよね?」
「ああ。体の方を調べても異常は出なかったし、精神科とかに行っても異常なし。魔法が掛かってないかも調べたけど、これも特に何も無し」
春は以前、依里のために一度だけ徹底的に体を調べ尽くしたことがある。その結果何もなかったのだが、それでも依里は春のことをとても心配するのだ。
春としてはこれ以上はどうしようもできず、心配をかけたくなかったことも重なり、その結果祖父母の前で夢の話をすることは極端に減ってしまった。
「謎だよな。物心がついたときから見続ける同じ夢に、夢についてのはっきりとした記憶。何よりお前が一番気にする銀髪の女性について」
春の夢の謎について要項をまとめる中、最後の女性の部分で十六夜はからかうように薄っすらと口角を上げる。
その笑みに春は即座に気が付き、少しだけムッと恨みがましい視線を向ける。あたかも「夢の女性が好きなんだろ」と言いたげなその反応は、あまり気分の良いものではない。それを察したのか、まるで小さい子供を叱るように篝が十六夜を注意した。
「こら十六夜君。からかわないの」
「………ん。悪かったよ」
「嘘つけ。微塵もそんなこと思ってないだろ」
「思ってるぜ。………ほんの少しはな」
「少しかよ!」
漫才のようなやり取りを繰り広げる三人。
十六夜は人をからかうのが大好きなので、いつもこの調子である。篝もよくからかわれるので、少し困ったようにため息を吐く。そして、再び春の夢について思案し始めた。
「それにしても本当に不思議ね。魔法でもなければ、体や精神的な異常でもないなんて。―――やっぱりあれかしら。前世の記憶、みたいな」
その瞬間、篝の目は少しだけ輝きを見せる。楽しそうな口調からも気分が高揚していることが丸わかりである。やはり女子というべきか、そういうロマンチックな展開には自然と胸が高鳴ってしまうらしい。
そんな篝の言葉に、春は腕を組んで考え込んだ。
「前世ねぇ」
どこか府抜けた声で呟いたことから、春は前世というものがしっくり来ていないことが分かる。対して十六夜はというと、前世という篝の推測について愉快そうに小さく笑っていた。
「だとしたら、かなりロマンがあるな」
「そうよね! そうよね!」
十六夜の言葉に篝はさらに目を輝かせる。しかし、当の本人である春は頭を捻り、悩む様に唸り声を上げて天を仰いだ。
「ん゛ー………、前世かぁ〜」
前世と言われてもよく分からない、というのが春の率直な感想だった。しかし、それでも彼女と自分には何かある気がしてならない。
それが何かは分からない。それでもハッキリと感じる。何か、特別な繋がりを。
(………会ってみたいな)
雲一つない綺麗な青空を見上げ、純粋な願いを胸に抱く春であった。
※
星導市支部へと着いた春、十六夜、篝の三人。三人は支部長室を目指して支部内の廊下を歩く。廊下には三人しかおらず、廊下に響き渡る足音が鮮明に聞こえる。
静かなせいか特に会話もせずに廊下を歩いていると、唐突に篝が胸に手を当ててゆっくりと息を吐き出した。
「はぁー、なんだかこっちが緊張してきたわ」
「俺も。なんか、急に変な緊張感が………」
篝の呟きに同意した春もまた、胸に手を当て始める。二人の体は強張っており、緊張していることが見て分かる。
いつしか歩き方までギクシャクし始めた二人に、十六夜は落ち着いた様子で声をかけた。
「二人とも落ち着けよ。そこまで身構える必要はないだろ」
「逆に何で十六夜はそこまで落ち着いてるんだよ」
自分達とは違い、全く緊張していない様子の十六夜に春はその理由を尋ねる。そして、十六夜はその理由を飄々とした態度で答え始めた。
「別にスゴイお偉いさんに会うわけじゃないんだ。それに、こっちが緊張してたら向こうに気を使わせるかもしれないぜ?」
十六夜の言葉に二人は顔を見合わせる。
確かにこちらが緊張していては相手も緊張するかもしれない。そう思った二人は立ち止まると目を閉じ、緊張をほぐすために三回ほどゆっくりと深呼吸をする。そして、深呼吸を終えると二人は目を開けて十六夜を見た。
「よし。もう大丈夫だ」
「行きましょう」
「ああ」
二人の緊張が解けたのを十六夜が確認すると、三人は再び支部長室に向かって歩き始める。
特に代わり映えのしない廊下を歩いていくと、深い黒色に木目があしらわれた扉が見え始める。その扉は、目的の部屋である支部長室の扉だった。
―――ドクンッ!
「―――っ!!」
扉を視界に入れたその瞬間、春の心臓が強く跳ねた。
(あれ? 何だこの感じ………)
体験した事のない不思議な感覚が春を襲う。右手を胸の辺りに持っていき、押さえつけるかのように力を込めて強く服を握りしめる。
心臓の鼓動が鳴りやまない。脈打つ度にその鼓動の響きが全身に駆け巡り、意識が扉の向こうに吸い込まれそうになる。
思考も纏まらない状況の中で、強く感じることが一つだけあった。
(―――いる。扉の向こうに、あの人がいる!)
夢の中で出会う白銀の髪の女性。その人が目の前にいる時と同じ感覚を。その気配を。
春は扉の向こうに感じていた。
足を止め、胸の辺りを抑えつけたまま支部長室の扉を凝視する春。明らかにおかしい様子を見せる春に、十六夜は春の視界に入り込むように移動して声を掛けた。
「春? 大丈夫か?」
「っ! あ、ああ………大丈夫」
十六夜に声をかけられたことで春はビクッと肩を浮き上がらせ、一瞬驚いた様子を見せる。そして、少し戸惑いながらも大丈夫だと答えた。
しかし、大丈夫と言われても普通に話しかけただけで驚いたような仕草を見せる春の言葉を、簡単に鵜呑みには出来なかった。
「本当に大丈夫なの? 体調が優れないようなら医療室に」
「いや、本当に大丈夫だから。もうすこぶる健康体だから」
篝も春の前へと立ち、心配そうに顔を覗き込む。
しかし、本当に春の体調は悪くはない。春はこれ以上心配をかけまいと篝に対して笑顔を作り、冗談を挟んで余裕を見せた。
そして、春は十六夜に話しかけられた際に先程までの吸い込まれそうになる不思議な感覚から脱していた。しかし、依然として扉の向こうから彼女の気配が消えることは無かった。
(間違いない。あの人が、扉の向こうにいる!)
彼女が扉の向こうにいると確信する春。急なことに一瞬戸惑いはしたものの、あの人に会えるのだと思うと嬉しさに顔を綻ばせ始める。
しかし、その幸せな時間は一瞬にして終わる。
(でも、一体何を話せば………)
そう、これから彼女に会うのだ。夢の中でしか会ったことのない彼女と。
先程とはまた違う緊張感が春を襲う。腕を組んで目を瞑り、唸り声をあげながら深く考え込む。
いざ会うとなると、一体どうすればいいのか分からない。夢について話そうと思うが、相手も同じく夢を見ているとは限らない。
知らない人からあなたのことを夢で見ましたなどと、不気味で仕方ないだろう。そもそも夢については謎が多いのもあり、話してよいものかとも悩む。
悩みに次ぐ悩み。それによって目まぐるしく表情の変わる春を十六夜と篝の二人は、より一層心配そうに見つめた。
「おい春。本当に大丈夫か? さっきから変だぞ」
「あー、………いや。それが―――」
誤魔化せない。もとより誤魔化す理由も無いと悟った春はおかしくなった理由を話そうとする。しかしその瞬間、支部長室の扉が部屋の内側へと開き中から人が飛び出して来た。
「「「っ!?」」」
突如として後ろから聞こえた扉が開く音と大きな足音に、十六夜と篝の二人は後ろへと振り返る。春もまた、二人越しに扉から現れた人物に目を奪われた。
飛び出してきた人物の身長は一六〇センチほど。服装は黒い服に白のスカート。かわいさの中に気品を感じさせる端正な顔立ちに、美しい赤い瞳と腰まで伸ばした艶のある亜麻色の髪が特徴的な三人と同年代に見える女の子であった。
「なっ………!?」
彼女の姿を見た瞬間、春は目を見開いて息を呑み、その容姿に一人の人物が頭の中を過った。
(似てる………あの人に)
そう、まさしく彼女の容姿は夢に現れる白銀の髪の女性に非常に似ていた。確かに髪色は違う上に少し幼いが、別人ではなく本人だと言えるほどに彼女の容姿は酷似していた。
そして、突如として現れた彼女は自身を見て驚く春の姿を、その綺麗な赤い瞳で捉える。二人の視線が交わったその瞬間、春はどうすればよいのだろうと戸惑いを見せた。
対して、彼女はそんな春へと満面の笑みを浮かべて駆け寄っていく。綺麗な亜麻色の髪と豊かに育った胸を揺らしながら十六夜と篝の間を通り抜け、春の目の前に立つと両手を掴んで自身の胸の前に持っていく。
そして、その両手を自身の両手で包み込むように握り始めた。
「え!? は? いや、ちょっと!?」
予想だにしていなかった急展開に困惑する春。しかし、力強いがっしりとした手の中に感じる女性特有の柔らかさと、心地いい温もりに顔を赤くした。
彼女はそんな春の目をまっすぐ見つめたまま、笑顔で口を開いた。
「初めまして! 私、白銀耀っていいます! あなたの名前は!?」
眩しいほどの笑顔と元気な声で自己紹介をする女の子、白銀耀。彼女から発せられた声は芯がある通りのよさそうな声であり、何とも可愛らしいものだった。
その声に春は聞き入るように呆然としてしまう。それと同時に、突然の自己紹介と手を離してくれないこの状況に更に脳が働かなくなる春。
それでも自己紹介されたならば自分も返さなければと、言葉を絞り出すように自己紹介をした。
「えっと………俺は、黒鬼春………といいます。初めまして………」
「黒鬼春………! 春っていうんだ………! そっか、春か………。春、春………えへへ」
耀は春の名前を聞くと少し顔を俯かせて何度もその名前を呟く。まるで忘れないように脳に刷り込んでいるようであった。
それと同時にだらしないにやけ声が彼女から聞こえてくる。何とも不思議な行動をする耀に春が小首を傾げる中、少しして耀は顔を上げると再び春のことを真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「ねえ、春って呼んでもいい? 私のことも耀って呼んでいいから」
「あ、ああ。いいけど」
「やった!」
名前で呼び合うことを春が了承すると、よほど嬉しかったのか耀は春の両手から手を離して両手に拳を作り、小さくガッツポーズをとる。
春はようやく手が離れたことに安堵するとともに、温もりの消えた両手に少し寂しさを感じていた。
(いや、なんでガッカリしてるんだよ俺!)
自身の感情にツッコむ春。情緒はもう滅茶苦茶であった。
そんな状態の春の両手を耀は再び握った。
「ちょっ!?」
混乱している状況で再び手を握られたことで春は変な声を上げてしまう。そんな春の戸惑いをよそに、耀は彼の両目をしっかりと見つめていた。
「ねえ、春」
先程までとは打って変わり、落ち着いた声音で春へと話しかける耀。顔も近く、春は照れくささや恥ずかしさで顔をそらしたくなる衝動に駆られる。
それなのに、まるで金縛りにでも遭ったかのように耀から目を離すことができなかった。そして、これから紡がれる彼女の言葉を待つ。謎の緊張感がその場を支配した。
そしてほんの少しの間を置いて、耀は頬をほんのりと赤く染めながら、温かな笑顔と共に胸の内にある想いを言葉にした。
「好きです。私と付き合ってください」
閲覧ありがとうございました!
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