第98話 自由期間
目を覚ます。懐かしい夢を見た。最近、クルのことばかり考えているからだろうか。
店の準備は順調に進んでいる。このままいけば、あと半月程度で開店することが出来るだろう。従業員たちもクルに感謝しているし、概ね狙い通りに進んでいると言って良い。
だが、クルの気分は晴れないようだ。わたしが店の経営を行っているからか、自分のお陰で従業員たちが助かっているという意識が薄い。
手を出すべきではなかったのか。だが、それでは子供たちをどこかの孤児院に預けるしかなかった。この方法以外に、解決策はなかったはずだ。
考えても仕方がない。今日から新学期だ。学園に行こう。
ドームでの始業式を終え、教室に入る。クルは表面上いつも通りだ。でも、長い付き合いのわたしには分かる。普段よりも少しだけ元気がない。
厄介なのは、表面上は本当にいつも通りなことだ。これで大丈夫かなどと声を掛けようものなら、心配させてしまった、と更に気分が沈むことになってしまう。
どうしようか。そう思っていると、先生が教室に入ってくる。そして、今月の行事についての説明を始めた。
モンスター討伐実習
期間は今日から今月末までの1ヶ月間。強いモンスターを討伐すると良い成績になる単純な行事だ。
数ではなく、討伐した中で最強の1体で評価を行う。ルールは特にないが、安全には充分に注意すること。
何とも雑な印象を受ける行事だ。自由度が高過ぎるというか、何でもありというか。
例えば、誰かが討伐したモンスターの、狼なら牙、鬼なら角といった、討伐の証となる部位を買い取ったりしたらどうなるのだろう。
それ以上詳しい説明がされることもなく、解散となった。これから1ヶ月は授業もなくなるらしい。説明が雑な割に、この行事に力を入れていることが窺える。
とりあえずは、3組のクレイたちと合流しないと始まらない。クルとフォンを連れて移動するとしよう。
「トレーニングをするぞ」
「え? モンスターは?」
「分担する」
行事の内容を聞いた瞬間、風紀委員の先輩たちが、夏休み以降なら時間があると言っていた理由を理解した。この行事、学生たちの自分で考えて行動する力を鍛えようとしていると見て間違いない。
モンスターを討伐する。それだけの行事。どこで、どんなモンスターを、誰と、どのようにして討伐するのか。一切の縛りがない。
その上、期間も1ヶ月と非常に長い。確かにモンスターがいる場所までの移動時間も必要とはいえ、流石に長すぎる。通常1週間、何らかのアクシデントを考慮したとしても、2週間もあれば充分だ。
夏休み明けの現状、学生たちはまだ休み気分が抜けていない。そこでこんな自由度の高い行事を行えば、たるんだ行動をする学生はそこそこいるだろう。
だが、それでは上には行けない。この長い自由期間を使って、トレーニングするもよし、次の学園祭の準備を先行して行っても良いし、更に先の学科試験に向けた勉強をしても良い。
この期間こそ、他との差を広げるチャンスだ。先を見据えた行動をしなければならない。それを理解している者だけが、上級生になってからも良い成績を収めているのだろう。
「では、まずは生徒会室に行くか」
生徒会室の扉をノックする。
「どうぞ」
中から会長の声が聞こえたので、扉を開け入室。そこには、生徒会の面々が揃っていた。
180近い長身、白い短髪をピシッとまとめた鋭い目の男子生徒、2年生徒会長ダイム・レスドガルン
身長160程度、煌めく青い長髪のキャピキャピした女子生徒、3年副会長フルーム・アクリレイン
身長155程度、白に近い淡い水色の短髪で物静かな雰囲気の女子生徒、3年書記シャフィ・セクタリール
身長160程度、レモン色の背中まである髪でいかにも武人といった感じの女子生徒、2年会計トレール・コルラウンド
その4人に追加して、何故かレオンとルーがいた。
「おや、クレイ班の皆さん。久しぶりです。ようこそ、生徒会室へ。どのような用件ですか?」
「生徒会の皆さんに少々お願いしたいことがあります」
「お願いですか。それはどのような?」
「我々のトレーニングに付き合っていただけませんか」
風紀委員にお願いしていたトレーニングの相手だが、先輩たちと班員たちの能力を考えると、生徒会のメンバーにトレーニングを見てもらった方が、相性が良さそうな班員が多いことに気が付いた。
後で風紀委員のメンバーにもトレーニングの打診をしに行く予定だが、生徒会がここでどう答えるかによって、風紀委員にお願いしたいことも変わるので、先に生徒会に話をしに来た訳だ。
「わたしは構いませんよ。元々ティールさんの鍛練に付き合う約束をしていましたからね」
「会長が良いと仰るのであれば、わたしに否はありません」
「えー、あたしはどうしよっかなー。これからモンスター倒しに行かなきゃいけないしー」
「フルーム、そんな誰もが建前だと分かり切っていることを言っても無意味ですよ」
「フルーム殿、嫌なのであれば、そう正直に言うのがよろしいと考えます」
「強制はしませんよ。クレイ君たちも、嫌だと言う相手に無理矢理付き合わせはしないでしょう」
もちろん強制することなど出来ないが、出来れば副会長には承諾して欲しいところだ。会長の次に必要な人材だからな。何か交渉材料はないだろうか。
「んー、だったらさぁ。そのトレーニングが終わったら、クレイ君。あたしに付き合ってよ」
「よく分かりませんが、別に構いませんよ」
何に付き合わされるのか分からないが、そう妙なことも言ってこないだろう。本気で嫌なことを要求してくるのなら、約束など関係なく拒否すれば良い。
「ちょっと待って。クレイを何に付き合わせるのか、ちゃんと教えて」
「そうですそうです! クレイさんに変なこと言ったらダメですよ!」
フォンとティールが俺を庇うように一歩前に出る。確かに先に内容を教えてもらえた方が嬉しいのは間違いないが、そこまで慌てて要求することでもないと思うけどな。
「えー、もうクレイ君の許可はもらったしー。あなたたちに改めて許してもらう必要はないんじゃない?」
「2人共、俺は別に大丈夫だから。せっかく副会長も良いと言ってくれたんだ。トレーニングの話に移ろう」
「むぅ、分かった」
「はい……」
そこで、今まで椅子に座って黙って見ていたレオンとルーが立ち上がる。
「クレイ、そのトレーニングは僕たちも必要かい?」
「ん? いや、そもそもレオンたちがここにいる予定じゃなかったから、特にトレーニングには組み込んでいないが」
「そうか。では会長、僕たちはこれで。生徒会入りの件は前向きに検討させてもらいます」
「ええ、ありがとうございます。期待して待っていますよ」
そう言って生徒会室を出ていくレオンとルー。なるほど、生徒会入りの打診を受けていたのか。そういえば、夏休み明けにメンバー補充をするのだと聞いたな。
1年生からメンバーを決めるなら、俺の班かレオン班から選ぶのが普通だ。俺とアイリスは風紀委員になったから、他のメンバーで2人選ぼうと思ったら、選択肢はレオン、ルー、ハイラス、アイビーといったところか。まあ妥当な人選だろう。
「さて、では具体的なトレーニングの話をしましょうか。クレイ君は我々にどうして欲しいですか?」
「生徒会の皆さんには、俺の班のメンバーと1対1でトレーニングをして欲しいと思っています」
会長とティール
副会長とアイリス
シャフィ先輩とフォン
トレール先輩とカレン
この1対1で教えを受けることが出来れば、それぞれに大きな成長が期待出来る。
「生徒会の皆さんにはあまりメリットがないかもしれませんが……」
「いえ、大丈夫ですよ。ティールさんが成長してわたしのライバルになってくれるのだとすれば、それはわたしにとって大きなメリットです」
「あたしも問題ないよー。ちゃんとアイリスちゃんに教えてあげるから、そしたらクレイ君も約束守ってねっ?」
「なるほど。フォンさんとトレーニング、ですか。内容はおおよそ把握しました。わたしにとっても良い成長の機会となりそうです。お受けしましょう」
「カレン殿と手合わせ願えるのならば、否などあろうはずもありません。こちらからお願いしたいくらいです。是非、やらせて頂きます」
副会長は微妙なところだが、全員乗り気なようでありがたい。しばらくはそれぞれに分かれての鍛練を行おう。
「あの、クレイさん。わたしは……?」
「クルは俺と一緒に来てくれ」
「はぁ……? 分かりました」
現状、クルは誰かに教わって強くなるという期待が出来ない。もしかしたらディアン先輩なら何らかの成長を与えてくれるかもしれないが……どうだろうな。微妙なところだ。
それでも風紀委員の人たちがいてくれるのはありがたいので、次は風紀委員室へ行くことにする。
「では、お願いします」
クルだけを連れて、生徒会室を出た。
「お疲れ様です」
「失礼します」
クルを連れて風紀委員室に入る。そこには、サラフ先輩だけがいた。
「あら、クレイ君、お疲れ様。そっちは、クルちゃんね。いらっしゃい」
「サラフ先輩だけですか?」
「うん。ディアン君たちは最近わたしを置いてどっか行っちゃうことが多いんだ。サラフの魔法がなくても戦えるようにしねぇといけねぇとか言って。ウェルちゃんとクロ君は分からないかな。もしかしたらモンスター狩りに行ってるのかも。1ヶ月時間をかける方針の班も、さっさと終わらせちゃう方針の班もあるからね」
なるほど。時間があるのだから有効に使わなくてはと思ってトレーニングを開始したが、逆にさっさとモンスター討伐を片付けて時間を作る方法もある訳だ。方針を間違えたか……?
いや、サラフ先輩だけが残っているこの状況。もしかしたら、クルのトレーニングになる可能性もあるか。
「サラフ先輩、良ければ俺たちと一緒にトレーニングを行いませんか?」
「クレイ君の班のみんなと一緒に? うん、良いよ。そういう約束だったもんね」
「いえ、班の全員とではなく、俺とクルだけですね」
「そうなの? うん、大丈夫だよ」
あっさりと承諾してくれたので、早速始めるとしよう。この期間にどれだけ強くなれるかが、これからの鍵だ。




