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盤面支配の暗殺者  作者: 神木ユウ
第3章 休めない夏休み
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第87話 ティール捜索

 まずは状況を聞かなければ始まらない。村長の家に案内され、これまでの経緯を説明してもらう。この時点でおかしい部分がある。


「モンスター、ですか。賊ではなく?」


「確かにこんな前線から離れた地域にモンスターが出るのは信じがたいだろうが、実際に見ているんだ。間違いない」


 ネルンダルで聞いた話では、賊が出るからこの辺りに行くことは推奨できないと領主が言っていた、ということだったが。


「ティールがどこに行ったかは分かりますか?」


「あの子は失踪の数日前から森を探索していたんだ。いなくなった日に向かった森も聞いている。待ってくれ、地図を描くから」


 ティールの父親が描いてくれた地図を受け取る。海、村、道、森が簡易的に示されている地図だ。

 森は数箇所に点在し、それぞれ全てを探索するには苦労しそうなくらいの面積があるが、どこの森にティールが向かったのかは印が付けられている。あとは痕跡を発見出来れば、足取りを追うことも可能だろう。


「あの子には昔から苦労ばかりかけてしまった。今回も人に頼ることしか出来ない……! 俺は、父親失格だ……」


 昔から、か。ティールがどのように育ってきたのかは知らない。だが、明らかに金がなさそうなこの村の様子を見れば、確かに苦労はしていそうだな、とは思う。

 気弱な性格が育った環境によるものだとするのなら、その苦労の大きさも相応だろう。


 だとしても



「あなたは父親失格ではありませんよ」



「……ああ、すまない。初対面の君に気を遣わせてしまって」


「いえ、本心です。ティールを見ていれば分かる。親失格の人間に育てられた子が、あんなに真っすぐ育つなどあり得ません。ましてや、良い職に就いて故郷の人たちを楽させてあげたいなどと、絶対に言う訳がない」


 自分がひねくれてしまったから、よく分かる。人間は育った環境の影響を大きく受ける。


 班員がいなくなって苦しんでいたカレンを、助けようとして話しかけていた。


 俺が怪我した時、クルの悲惨な過去を知った時、声を上げて泣いていた。


 負けたら俺が酷い目に遭うと思って、全力を振り絞って戦っていた。


「ティールはとても良い子です。それはあなたの愛情が伝わっているからだと思います」


「……っ! そう、か……あの子は、頑張ってるんだな……!」


「必ずティールを連れて戻ります。そうしたら、あの子としっかり話してあげてください」


「ああ! ティールを、頼む!」


「はい」


 行こう、仲間を助けに。





 仲間たちと共に、ティールが失踪した日に行っていた森へ向かう。道中は広い平原を通る道だ。ハーポルトへ車で向かう時にも通った、大して整備もされていない道。


「クレイ、大丈夫?」


 歩いていると、唐突にアイリスからそんなことを言われる。


「何がだ?」


「いえ……父親が……」


 それか。アイリス以外も、皆心配そうにこちらを見ている。何というか、こいつらは心配性すぎやしないだろうか。


「以前から思っていたんだが、お前ら、俺のことを弱々しい生き物だと勘違いしてないか?」


「え? いえ……」


 家族関連の話が出る度にこんな反応をされるのも面倒だ。一度しっかり俺の考えを伝えておいた方が良いかもしれない。


「確かに俺は家族に良い思い出がない。父も母も兄も妹も、ベクトルは違うがそれは見事に俺のことを傷つけてくれたものだ」


 過剰な鍛練を強要し、才能がない俺をこうして学園に放り捨てた父。

 もっと強く生んであげられなくてゴメンねと、ひたすら謝り続けて死んだ母。

 鍛練で模擬戦を行う度、徹底的に俺を痛めつけてきた兄。

 そして、何も出来ないのだから引っ込んでいろと、俺を見下してきた妹。


 俺が弱いのは事実だが、それなら放っておいて欲しかった。俺には俺なりの戦い方がある。ティクライズらしく戦うことは出来なくても、俺にだって出来ることはある。

 何年鍛練しても結果が出なかったのだから、俺にティクライズ式の鍛練が合っていなかったのは明白。俺に合った鍛え方でやらせて欲しいとずっと思っていた。


「だが、それがどうしようもないトラウマになっている訳ではない。俺は前向きにあの家から出ようとしている。誰かの家族の幸せを目にしたからといって、嫉妬したり傷ついたりはしない」


 むしろ、最近は仲間たちの幸せそうな姿を見るのが俺にとっても嬉しい出来事になってきている。昔の夢を見ることもほとんどなくなったし、日頃から感じていた死への恐怖も少しずつ薄れてきた。この仲間たちがいれば大丈夫だと、未来へ希望を持てるようになったお陰だ。

 だから、いちいち申し訳なさそうにしたり、心配そうにしたりしないで欲しい。


「気遣ってくれるのは嬉しいことだが、俺は保護しなければ死んでしまうか弱い生き物ではない。気にしなくて大丈夫だ」


「そう、なの?」


「そうですね。確かにクレイさんが人の幸せに嫉妬したりするとは思えませんし」


「うむ、余計な心配だったか」


「じゃあ兄妹のこと教えて」


「フォン! だからって突っ込み過ぎじゃない!?」


「まあ、後でな。着いたぞ」


 森だ。ここからは、周辺警戒を怠らないようにしなければ。




 痕跡はすぐに見つかった。木に人間が付けたと思われる、引っかいたような傷が付いている。奥へ続いて行くその傷は、恐らくティールが付けた目印だろう。

 ティールのものと思われるサイズの足跡も柔らかい地面に残っている。往復しているな。


 そして、ティールとは別の足跡も残されている。


「これがモンスターの足跡だな」


 聞いていた通り、狼型と思われるモンスターの足跡が多数。何匹ものモンスターが何度も往復しているのか、足跡が入り乱れていて数は分からない。


「結構な数ね……。ティールはこの群れに一人で挑んだってこと?」


「恐らくな」


 そして帰って来なかった。


「この足跡や木の目印を辿れば良いのだろう? 急ごう!」


「待て」


 慌てて駆け出そうとするカレンを止める。確かに急ぎたいが、もうティールの失踪から3日も経っている。今更数時間、数分を争っても意味はないだろう。今は安全を考え、周辺警戒を怠らずに進むべきだ。


「ゆっくり進めとは言わないが、慌てて進むのは危険だ。落ち着いて、警戒しながら行くぞ」


「ぬ、ぬぅ……」


「俺たちが倒れたら本当に終わりだ。ティールのためにも、出来るだけ注意を払いながら急ぐぞ」


 念のため、不意打ちに対する命令をクルに伝え、先へ進む。


 痕跡を辿って3時間ほど経った頃、それを発見する。

 元々木の隙間が広かったのだろう小さい広場。その周辺の木が、殴り倒されたようにへし折れている。地面は荒れ、この場所で激しい戦闘があったことを伝えてきた。


 そして、血痕。へし折れた木に、所どころ血が付着している。


「くっ……! ティール……っ!」


「そんな……!」


 仲間たちのショックを受けた声が響く。この場所で戦闘があったことは明らかで、血だけが残されている現状、最悪の予想が頭に浮かぶのも理解出来る。が、周囲を観察すると、違和感がある。


「いや、おかしいな」


 もしここでモンスターとティールが戦い、死んだのだとしたら、死体はどこに行ったのか。

 モンスターが食べた? ならモンスターがここにいないのは何故だ。

 激しい戦闘で傷付き逃げた? ティールは3匹のモンスターを瞬殺したらしい。ならば、たとえ相手が多数になったとしても、一匹も倒せずに敗北するのは考えにくい。倒したモンスターの死体はどこに行った?


 更に周辺を観察すると、広場のようになっているこの場所の端の方に、僅かに土が盛り上がっている場所がある。木の枝が突き刺してあるのを見ると、簡易的にこの場で作った墓だと思われる。


「やはり、ティールはここでの戦闘に勝利している」


 これは恐らく、ティールが倒したモンスターを埋めた場所だ。倒した後にモンスターの死体が転がっているのを見て、そのままにするのは気が引けたのだろう。


 だが、そうなるとティールが失踪した理由が分からない。何故モンスターを倒して、村に帰らなかった?

 何かないか。目をあちこちに走らせ、ティール失踪のヒントを探す。


 折れた木々。一部血が付着している。ティールが殴り折ったのか、殴り飛ばしたモンスターが当たって折れたのか。


 荒れた地面。ティールが殴ったと思われる大穴、多数の足跡、荒らされて分かりにくいが、地面にも残された血痕。


 転がっている木製の球体。ティールがいつも使用している物だ。戦闘に使用したのだろう。


「ん?」


 地面の足跡。モンスターのもの、ティールのもの、そしてこれは、誰のものだ?

 人間のものと思われる足跡。だが明らかにティールのものよりも大きい。恐らく成人男性の足跡だ。更に周囲を見回すと、広場から数歩足跡が続き、急に途切れている。

 足跡が途切れた周囲を観察。地面には足跡を消した痕跡もない。何故急に足跡が途切れた? 跳んだ、か? よく見ると、途切れた最後の足跡は強く踏み込んだように見える。


 上を見る。何の変哲もない、他と変わらない木がある。


 いや、見つけた。


 木の皮が僅かに削れている部分がある。恐らくこの部分を蹴って木の上を移動していったんだ。

 具体的な方法までは流石に不明だが、こう仮定すれば辻褄が合う。


 ティールがモンスターを撃破。墓を作り、一息つく。そこを強襲。気絶させ、誘拐する。


 もしそうだとするなら、100㎏の重りを付けているティールを担いで木の上を跳んで行ったことになる。ハンマーが放置されていないということは、ハンマーも回収していったのだろう。相当な実力者だ。

 何が目的でティールを誘拐したのかは不明だが、犯人の目星は付いている。まずはこいつを追わなければ。


「ティールは誘拐されたようだ」


「何だと!? どこのどいつがそのような真似を!」


「あれだ。木の皮が削れているだろう。あれを追う。行くぞ」


「んん? あ、あれか? あんなもの、よく気づいたな」


 誘拐したということは、ティールを殺害するのが目的ではない。希望が見えてきた。急いで救出に向かわなければ。

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