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盤面支配の暗殺者  作者: 神木ユウ
第3章 休めない夏休み
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第83話 運命の出会い

「スゴイぞ、ティール! これなら鍛えれば将来あのディルガドールにだって通えるかもしれない! よし、お父さんが頑張って良い剣を買ってやるからな!」


「ホント!? やったー!!」


 懐かしい記憶。あの頃は、自分には才能があって、努力すれば何だって出来ると信じて疑わなかった。


「ゴメンな、ティール。こんな物しか買えなかったよ……」


「えー!? 良い剣買ってくれるって言ったのに!」


「ゴメンな……」






「ほう、確かに凄い力だ」


「そうだろう。だから、良い先生に教えてもらえればきっと成長出来ると思うんだよ。どうだろう、長」


「そうだな……分かった。ティール、待っていなさい。きっと良い先生を見つけてやるからな」


「分かった! お願いします!」


 同年代の子供と比べて、どころか、大人と比べても強い力を持っていたあたしは、将来を期待されていた。だから、大人たちは色々与えようとしてくれた。


 でも、その度に、


「すまない、見つけられなかった……」


「長でも駄目だったのか……」


「むぅ……先生見つけてくれるって言ったのに……」


「すまないな……」






「ティール、もうすぐ10歳の誕生日だろう? お祝いに美味しいケーキを買ってきてやるから、楽しみにしてるんだぞ」


「うん、分かった」


 いつからだろう。何も期待しなくなったのは。


 いつからだろう。全てを諦めるようになったのは。


 どうせ、出来ない。どうせ、上手くいかない。


 最初から期待しなければ、裏切られることもない。


「ゴメンな、ティール。いつも通り、ちょっと豪華な料理で我慢してくれ……」


「うん……大丈夫……」


「ゴメンな……」






「ティール、やっぱりディルガドールに挑戦してみないか? 頑張って参考書を取り寄せるよ」


「大丈夫? 無理しなくて良いよ」


「任せろ! お父さん、頑張るからな!」


「うん、頑張って。無理しなくて良いからね」


 諦めが何より先に来るようになっていた。


 どうせ、今回も失敗する。


 あたしなんか、どうせ何をやっても上手くいかないんだ。


 あたしごときに出来ることなんて、何もないんだ。


 あたしみたいなのが夢を持つなんて、おこがましいことなんだ。


「ゴメンな、ティール。一冊しか取り寄せられなかったんだ……」


「ううん、一冊だけでも嬉しい。これで頑張って勉強して、ディルガドールに通って、将来お父さんやみんなを楽させてあげるね」


「おお、そうか……ありがとう、ティール……!」






 合格出来るとは思えなかった。世界中に名前を知られるエリート校、ディルガドール学園。ろくに勉強もしたことのないような人間が、たった一冊の参考書で勉強したところで、合格出来るような場所だとは思えなかった。

 でも、やるだけやれば良い。どうせ大した趣味もない。せっかく暇つぶしに勉強出来る物が目の前にあるのだから、試験当日までは、やれるだけ勉強してみよう。


 だから、それを見た時は信じられなかった。


 手元に届いた合格通知書。まさか合格出来るなんて。


「おおお!! やっぱりティールは凄いな! 自慢の娘だよ!」


「ううん、でも最下位だから」


「大丈夫だ! きっと学園で勉強すれば、ティールなら良い成績が取れるはずだ!」


 何を根拠に言っているのか。全く信じられなかった。ディルガドールの退学率の高さは聞いている。どうせあたしなんか、すぐに退学になって終わりだ。

 でも、せっかく合格したんだから、退学になるまでは、頑張りたい。






 学園に来たことをすぐに後悔した。誰もが目標を持って、少しでも上を目指せるようにと、ギラギラした目で班を探している。

 こんなところに、あたしなんかがいたらいけない。周りの人たちの迷惑になってしまう。どうせ退学になるんだから、班にも入らず、誰の迷惑にもならないように、隅の方で大人しくしていよう。


 でも……


 教室を見渡す。班員を募集する声、自分を入れてくれとアピールする声、押し合って、自分こそがと主張する。

 みんな全力で。努力を当たり前だと思っていて。諦めなんて微塵もなくて。きっと誰もが夢を持っている。


 ああ……


「ほわぁ、みんなスゴイなぁ」


 あたしも、目標を持って頑張ったら、この人たちみたいになれるのかな。


 そんな、淡い期待が芽生え始めた、ちょうどその時、



「なあ、少し良いか?」



 隅に隠れていたのに、まさか声をかけられるとは思っていなくて、飛び上がって驚いてしまった。


 それが、運命の出会い。





「それが、証明だ」


 彼はそう言って、あたしの力がいかに優れているかを分かりやすく示してくれた。


「約束しよう。きっと俺たちは優秀な成績を収めることが出来る。その方法は、俺が考える。だから、信じてついてきてくれ」


 彼はそう言って、あたしの目の前に道を生み出してくれた。


 今まで何度も裏切られてきた。期待したら、裏切られた時に辛いだけだ。それは嫌というほど理解している。

 でも、彼は常に具体的に道を照らしてくれた。根拠のない、気合いだけで突き進む無謀ではなく、多くの要素に裏打ちされた絶対の自信。


 それを、あたしにも分かるように見せてくれるから。だから、彼のことは信じても良いんじゃないかって。


 彼は証明し続けた。有言実行。一度もあたしを裏切らない。


 もう疑うことはなかった。ただ、彼を信じてついて行く。






 彼にも辛い事情があるのだと知った時、力になりたいと思った。あたしみたいな弱虫を信じてくれた彼に、恩返しがしたくて。

 だから、少しずつ前を向けるようになってきた心を奮い立たせて、全力で戦った。彼の役に立てるのが、何よりも嬉しかった。



 だから、あの敗北が、本当に悔しかった。



 悔しいと、思うことが出来た。



 彼が言うことは何でも正しいと思い込んで、違和感を飲み込んでしまったのが原因だったのだろうか。あたしと彼が見ている物が違うなんて、全く考えなかった。

 決勝戦で戦う前から、本当は生徒会長さんの動きは見えていた。でも、まさかあたしだけが特別だなんて思わなくて、彼が見ている物が正解に決まっていると思い込んでしまった。


 戦いの前に、それを彼に伝えられたなら、結果は変わっていたのだろうか。


 今となってはもう、分からない。


 でも、あの戦いに負けたことを、本気で悔しいと思うことが出来た。全力で戦って、きっと彼の役にも立てた。


 諦めしかなかったあたしの心に、火を灯してくれた。


 だから、あたしは……






 魔導列車で故郷の隣町まで移動して一泊。そこから歩いて約2日。やっと故郷の村が見えてきた。

 あたしの故郷は、ヴォルスグランの南端、海沿いの小さな村だ。ハーポルトというその村は、人口100人にも満たない規模で、周辺の小さな町を含めてヴラトリー子爵が治めている。


 細々と漁や農業をして、毎日を質素に生活している貧乏な村。それがハーポルトだ。


 まずは一度家に帰って、その後に村を回って長やみんなに挨拶して、そしたら今日は家でゆっくりしようかな。流石にここまで歩いてくるのは結構疲れたから。やっぱり重りとかハンマーは置いてきた方が良かったかもしれない。せっかく帰るならみんなに見せてあげようと思って持ってきたけど、無駄な荷物が増えただけのような気がする。


 都会を見た後だと、建物の間隔が広すぎて違和感すら覚える故郷の石造りの街並みを歩く。所々ヒビが入っているけど、帰ってきたという安心を感じる光景だ。

 なんだかやけに静かな気がするけど、今日は何か特別な日だったかな。そんなことはなかったはずだけど……。


 もう少しで家に着く、というところで、それは聞こえた。



 オオォォォォォン!



「何、今の……? 遠吠え……?」


 周囲を見回しても、何もいない。だが、確かに聞こえた。狼か何かの遠吠えと思しき声。狼が出たなんて聞いたことがないけど。

 もしかして、この声の主に襲われるのを恐れて、みんな家に引きこもっているから静かなのかもしれない。


「来た……!」


 足音が複数。正確には分からないけど、多分3匹くらい。近づいてくる。

 建物の陰から飛び出してきた。やっぱり3匹。こちらの姿を視界に捉えると、真っすぐ向かってくる。


 狼……いや、違う。体長が2メートル近くあり大きすぎるというのもあるけど、何よりこの凶暴性。人間を見るや牙をむき出して真っすぐに襲ってくるこの異常な凶暴性は、恐らく、モンスター。


 大丈夫。やれる。あたしはやれる。


 モンスターなんて、戦うのはおろか見るのも初めてだ。何故前線からは最も離れていると言って良いこの村にモンスターなんかがいるのか。

 分からないけど、考えている暇はない。全速力で距離を詰めてくる狼型モンスターは、今にもあたしを食い殺そうと迫ってきている。


 ハンマーを構える。大丈夫だ。動きは見えている。見慣れているカレンさんやクルさんの動きと比べれば、この程度……!


「はっ!」


 真っ先に飛び込んできた一匹を、コンパクトに殴り飛ばす。その隙を突いて後の二匹が飛びかかってくる。


「らぁっ!」


 振ったハンマーをそのまま力任せに返して振り抜く。二匹の牙があたしに届く前に、両方をまとめて吹き飛ばして、終わり。


「ふぅ、あんまり強くなくて良かった」


 コンパクトなスイングをぶつけるだけで倒せたし、動きもあんまり速くなかったし。でもどうしてこんなところにモンスターがいるんだろう。



「ティール……?」



 背後から聞こえた覚えのある声に振り返る。するとそこには、



「あ、お父さん。ただいま」



 久しぶりに見た、お父さんの姿があった。

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