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盤面支配の暗殺者  作者: 神木ユウ
第2章 頂点を取りに
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第67話 閑話:たった一人の大切な

 両親はクズだった。


 金にしか興味のない父、美しい物にしか興味のない母。二人はいつも金儲けについての話しかしていない。


 領主にして商売人。有能なのだろう。父は金を集めることに関して天才的だった。

 無意味に貯め込むことをせず、母の希望もあり様々な芸術品や宝石を買い集める。それを使って更に金を増やしていく。

 領民が我慢出来る、限界ギリギリを見極めて重税を課した。それでいて見栄えはするように街を整え、人を集める。集めた金で味方の貴族を増やし、更に金を増やしていく。


 裕福だった。一切の不自由はなかった。わたしも領地経営や商売の勉強をさせられたが、恐らくそれが役に立つ知識なのは子供ながらに分かっていた。

 きっと恵まれているのだろう。文句を言うべきではないのだろう。いくら勉強が大変だろうと、勉強が出来るということに感謝するべきなのだろう。



 だが、わたしに向けられる道具を見るような目が嫌いだった。



 不自由はなくとも、自由はなかった。恵まれていても、幸せはなかった。裕福だろうと、満たされる心はなかった。



 だから、わたしは度々家から逃げ出した。



 家から逃げ出した先でも、わたしを受け入れてくれる場所はなかった。領民たちはわたしを嫌っている。当たり前だろう。あの領主の娘なのだから。

 表立って攻撃してくるようなことはない。普通に店を利用することも出来るし、石をぶつけられたりもしない。


 だが、明らかに歓迎していない雰囲気を感じ取れた。人の感情を読み取るのは得意だった。


 誰か、何か、わたしを受け入れてくれる場所はないか。探し続けて、



 一人、暗い顔で本を読んでいる、同い年くらいの女の子を見つけた。



 一目で分かった。同類だ。どこにも居場所がない、わたしの同類。



 あの子なら、わたしを受け入れてくれるはず。



 打算まみれで声をかけた。







 両親はクズだった。


 女を追いかけてばかりいる父。夫への不満を娘にぶつける母。二人はいつも喧嘩していた。


 毎日毎日、両親の喧嘩の声が家中に響き渡って。それが終わると父が出ていく。

 その後、母は決まってわたしにその不満をぶつけた。殴る、蹴る、髪を引っ張る、首を絞める。酷い時には包丁で切り付けられたこともあった。

 わたしはそれをただ受け止めるだけ。状況を改善するためにどうすれば良いのかなんて分からなくて、ただただ心と体を蝕まれる日々を過ごし続けた。


 現実が辛かった。逃げ込む場所が必要だった。だから、偶然手元にあった物語の本を読んで、その話の中に逃げ込んだ。

 家にいると辛いことしか起きない。少しでも離れたくて、逃げるように家を飛び出した。帰ってから、より酷い仕打ちを受けるのは分かっていたけど。


 図書館で本を借りた。本に囲まれていると、逃げ込む場所が多すぎて落ち着かなかったから、ほんの数冊を借りて公園で読んだ。


 本は良い。酷い目に遭う場合でも、救いがある。正確には、救いがある本ばかりを選んで読んでいた。

 どんな大変なことがあっても、仲間と協力して乗り越えて、絆を深めて。



 ああ、わたしにもこんな仲間がいれば、辛い現実も乗り越えられるのかな。



「あんた、1人? ちょっと付き合いなさいよ」



 だからそれは、わたしにとって、奇跡のような、救いの手だった。







 わたしがどんな人間なのか、どんな家にいるのか、バレないようにしながら、その女の子、ルーと遊ぶようになった。同い年の女の子同士、仲良くしようなんて言って。

 ルーも家で辛いことがあるのは分かっていた。具体的には聞いていないけど、雰囲気で丸わかりだった。


 だからあえて引っ張りまわした。どうせわたしに逆らったりしないのは分かっていた。


 領民共の、あの女の子を助けた方が良いんだろうか、だが領主の娘に逆らったら……なんて葛藤している姿を見るのが愉快だった。


 2人で走り回って、2人で本を読んで、2人でお菓子を食べて、2人で笑い合って、



 生まれて初めて、楽しいと思えた。



 打算でしかなかった関係が、いつの間にか、唯一無二の大切な絆になっていた。







 家の中では相変わらず辛いことばかりだった。でも、それに耐えれば楽しいことが待っていると思えば耐えられた。

 わたしが知らないことをたくさん知っているその女の子、マーチさんは、わたしを引っ張って色々な楽しみを教えてくれた。


 きっと、マーチさんがいれば、頑張れる。


 たった一人の大切なお友達。わたしの人生に、初めて光を与えてくれた人。


 頑張って両親とも話してみようかな。そんな思いが生まれ始めた。



 母が父を刺殺し捕まったのは、そんな頃だった。







 ルーがいつもの集合場所に来なくなった。そうすると、今まで気にならなかった周囲の目が気になるようになる。

 嫌悪、恐怖、怒り。酷いものでは殺意を持っていそうなくらい重い視線が向けられることもあった。


 もしかして、わたしが領主の娘だってバレてしまったのかもしれない。


 いつかはそうなるだろうと思っていた。この街で、わたしの正体を知らずにいた方が驚きなのだから。

 どこから耳に入ったっておかしくない。もしかしたら、ついに領民の誰かがルーに言ったのかもしれない。



 あの子は領主の娘だから、近づかない方が良いよって



 仕方がないのだろう。一時の幸せだったのだろう。いつまでも現実逃避していられるものではない。



 でも、ルーは、ルーだけは、わたしを受け入れてくれるって思っていた。



 ああ、短い幸せだった。







 両親がいなくなり、わたしは親戚のおじさん、おばさん夫婦の家に引き取られた。

 わたしがマーチさんと遊んでいることを知っていた夫婦は、わたしに言った。



 あの子は領主の娘だから、近づかない方が良いよって



 でも、領主の娘とかそんなことは関係なかった。わたしはマーチさんと遊んでいたかった。

 おじさんたちは良い人だ。とてもあの両親の関係者とは思えない。言うことを無視して、心配をかけたくはなかった。

 おじさんたちの養子になる手続きや、おじさんたちを説得してマーチさんと遊べるようになるまで、しばらく時間がかかった。



 久しぶりにいつもの集合場所に行くと、マーチさんはいなかった。



 それから何日経っても、もう会うことは出来なかった。






 親の指示で、王子の評判を落とすためにディルガドール学園に入学した。これまでに磨き上げられた演技力があれば、失敗なんて考えられない仕事だった。

 周りに知り合いがいなくて不安なんです、と。王子だけが頼りなんです、と。それっぽい言葉を並べて、王子の班に潜り込んで。



 そこで、再会した。初めての友人、そう思っていた相手と。



 気弱で、おどおどしていて、でも芯は強い。この子は全く変わらない。あの頃のままだ。



 わたしはもう、こんなに落ちてしまったのに。



 自分でも理不尽だと分かっている怒りを内に抱いて、親からの指示を遂行するために行動を開始した。







 書いている本のネタをもらえると思って近づいたレオン王子の班で、再会した。



 わたしの光。初めてのお友達。



 お淑やかで、気品があって、一歩引いていて。この人は変わってしまった。あの頃のマーチさんとは似ても似つかない。



 だから、あの薬品店の地下室で自分の感情のままに叫んでいるマーチさんを見た時は、思わず嬉しくなってしまった。

 あの頃のままだ。乱暴で、自分勝手で、素直に自分の思いを表現する、とても貴族の令嬢とは思えないその姿。でも、実は優しいんだって、わたしは知っている。



 また、あの頃みたいに、一緒に遊ぶことが出来たなら……。







 今でも友達だと思っている。そう言われた瞬間、常に貼り付けていた演技の衣がはぎ取られていくようだった。

 本当はやりたくなかった。クレイに言ったのは本心だった。それが本心だったと、自分でもその時やっと気づけたくらい、わたしの演技は自分まで騙していた。


 犯罪者として捕まり、部屋に閉じ込められる。これからどうなるのだろう。親はわたしを切り捨てた。家から助けが来ることはあり得ない。

 やっぱり、強制労働かな。もしかしたら、平民たちの貴族への不満のはけ口にされたりとか。碌な想像が浮かんでこない。



「マーチ君、迎えに来たよ。出てきなさい」



 閉じ込められていた部屋、わたしを迎えに来たのは、ディルガドール学園理事長、キレア・ディルガドールだった。

 何故理事長が……? そういえば、学園は国と繋がりがあるのだから、理事長も王と繋がりがあるのかもしれない。だとすれば、反王家派閥のイーヴィッド伯爵家について、情報を吐かせようとしているのかも。


 まあ、そんなことを聞かれたとしても、何も答えられないんだけど。


 あの親は、わたしに大した情報は与えていない。もしかしたら、家を継ぐような段階になれば教える気だったのかもしれないけど、もう知る術はない。取引を持ち掛けられたとしても、応じることも出来ない。



 そんなことを考えていたから、



「君に一度だけ、チャンスを与えよう」



 そう言われて、思考が止まってしまうのも仕方がないことだった。



 理事長の雑用係、街の清掃などを無償ですること。与えられた罰はたったそれだけ。そんな少しボランティア活動をするだけで、わたしの罪が不問になる? 都合が良すぎて逆に恐ろしい。


「そんなの、国が許す訳が……」


「陛下に許可は取っている。君は今まで通りに授業を受け、学園生活を過ごしなさい。その傍ら、ボランティア活動を行ってもらう」


「何を企んでいるの……?」


「さてね。それに、君の罪を許す条件はボランティア活動だけではない」


 やはりまだ条件があるか。いくらなんでも簡単すぎると思った。一体どんな無理難題が飛び出して……。



「君は、レオン君の班に入りなさい。そして、最優秀班を目指してもらう。卒業時、最優秀班に選ばれなければ、君の罪は許されない」



 今度こそ、本当に意味が分からなかった。最優秀班を目指す? 何故それで罪が許されるのか。わたしが優秀な成績を収めたところで、国には何の得もない。とても犯罪者を見逃す条件として見合わない。


「それで、一体何の得があんたに、もしくは国にあるって言うのよ」


「それは君が気にすることではないよ。やらないと言うのなら、本来与えるはずだった罰が与えられるだけさ」


「……分かった。やるわ」


 目的は分からない。だが、やらない理由はない。まだ、わたしの人生を取り戻せるかもしれない。



 今度こそ、自由を手に入れるんだ。



 また、あの頃みたいに、一緒に遊ぶことが出来るだろうか。犯罪者となってしまったわたしを、酷い目に遭わせようとしたわたしを、ルーは許してくれるだろうか。



(わたしは今でも、あなたのことをお友達だと思っていますよ)



 許してくれるんだろうな。そしてわたしは、その言葉を幸いとばかりに素知らぬ顔で隣に立っているんだろう。



 自由を手に入れたら。家からも、罪からも解放されて、本当の自由を手に入れたら、



 今度こそ本当に、演技も建前も見栄も羞恥も取っ払って、心の底から謝って、



 また、友達になれるかな。

 これにて第2章完結となります。

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