第62話 解析
様子を見る余裕はない。最初から、全力で行く。
「解析」
気配遮断以外の、俺のもう一つの得意技、解析の魔法。これは本来、目の前のたった1つの物体の情報を得るだけの魔法だ。例えば剣を解析すると、その全長や重量、成分などの情報を得ることが出来る。
だが、俺はこの魔法を周囲の領域に対して使用することが出来る。その情報を脳内で細かく処理、相手の身体の正確な動きや、隠れている敵の発見、僅かな地形の起伏など、あらゆる情報を入手することで、限りなく未来視に近い予測を立てることが出来る。
大変便利なこの魔法だが、情報取得領域を拡張した弊害として、脳に負荷がかかり過ぎる。発動したその瞬間から頭痛がし始め、その後も酷使し続けると、だんだん酷くなっていくという弱点がある。それが、出来る限りこの魔法を使いたくない理由だ。
そして、学園に来て新たに得たこの魔法
「転写」
紙などに書かれたものをただ転写するだけの魔法だ。解析によって脳内に描かれた周辺地図に、魔法陣を描き込む。それをこの魔法を用いて直接転写することで、何もない場所に突然魔法陣を作成する。
この技術の習得に時間がかかった。図書室で転写魔法を発見した時には既にこの使い方は思いついていたんだが、まともに使えるようになったのはつい最近だ。
「……お前、これは」
いくつもの魔法陣が突然周囲に現れる異常事態に、ハイラスの顔色が変わる。
予想外だろう。俺が本当に正面から戦いに来るなど。だからやった。実力未知数の相手なら、こちらも相手にとって未知の戦法でやるまでだ。
「行くぞ?」
一つの魔法陣を起動、石弾が飛び出す。それを避けようとするハイラスを解析。筋肉の収縮、重心の移動、目線、足元の地形、あらゆる情報から、次の瞬間にハイラスが存在する座標を瞬時に計算。
その予測地点に、あらかじめ魔法陣から魔法を撃ち込む。同時にカレンへの援護に一発石弾を放つ。
俺の解析範囲は半径にして約100メートル。これは、この野外フィールドの平原部分のほぼ全域を飲み込む大きさだ。クル以外の現在の状況は完璧に把握出来ている。
「風纏」
ハイラスが風を纏って速度を上昇させる。再計算。魔力量、風力、踏み込みの強さ、力の伝導率、計算完了。補正した移動先に魔法を撃ち込む。
「遅ぇよ」
計算は正確だが、ハイラスの速度は本人の言に嘘がないことを示す。確かにレオンやカレンほどではなくとも、常人には到達出来ない領域にいるな。魔法を見てから避けられては、いくら計算しても意味がない。
予測地点に何度も魔法を撃ち込むが、そのことごとくを避けられる。俺の魔力はそう多い方ではない。小さい魔法しか使っていないとはいえ、あまり無駄撃ちしていると魔力が尽きるな。
自分の背後の魔法陣を起動。炎の柱が噴き上がる。
「チッ」
回り込もうとしていた出鼻を挫く。それによって一瞬動きが止まるのを予測して更に魔法を撃ち込むが、ハイラスが放つ風弾に迎撃された。
駄目だな。このままやっていても一生勝てない。打開が必要だ。
距離を詰める。
「接近戦をしようってか?」
ハイラスも同様に距離を詰めに来るのを、魔法陣で邪魔して速度を削りつつ、ナイフの距離まで接近する。
「速度削ったくらいで、お前に負けたりしねぇぞ」
振るわれる短剣。その速度、込められた力、纏った風、角度、情報取得。まともにぶつかれば片腕持って行かれるな。
ハイラスの足元に魔法陣を発動、地面を抉る。
バランスを崩したそのこめかみをぶん殴ってやるつもりでナイフの柄を振るう。
が、風が自動で姿勢制御を行い、体勢が整う。振るわれる短剣。動き出す前に解析を完了、回避。
ハイラスが纏う風は、速度向上と武器への付与、ある程度の防御力の向上と飛び道具への自動迎撃、そしてどんな体勢でも行動に支障が出ないほどの姿勢制御を行う、という解析結果が出ている。
つまり、相性が最悪だ。俺が操る魔法陣は、相手の行先に魔法を撃ち込んだり、足元を変形させて自由を奪うのがメイン。それが一切通じないとなると、俺の攻撃速度では全く当てられない。
風を吹き出して高速で振るわれる短剣を、先読みで回避する。回避、回避、回避、一瞬の隙にナイフを差し込むが無意味。
軽く避けられ、再び防戦一方になる。こちらはあらゆる情報を利用して先読みすることで何とか回避に成功しているというのに、やっとのことで繰り出す攻撃をいとも容易く避けやがって。
すぐ目の前を魔法で撃ち抜いてやろうとすると、ハイラスの重心が後ろに下がる。バックステップか。その背後に魔法陣を設置。発動。目線、緊張の状態、鼓動、解析。背後の魔法陣に気付いていない。
ハイラスのバックステップと同時、魔法陣から噴き上がる水柱。纏った風が自動迎撃に動く。それも解析済みだ。風が薄くなったところを狙い、ナイフを投擲。
これが短剣によって弾かれるのも分かっている。その弾く腕の下に入り込む。このままナイフを……!
急激な魔力の高まりを感知。ナイフ到達より魔法発動の方が先だ。瞬時に下がって距離を取る。
「旋風・逆巻」
ハイラスの周囲を薙ぎ払う竜巻が発生。何とかその影響範囲から脱出、間合いが開く。アイリスへ一発炎弾で援護を入れる。
頭痛がする。頭の中をハンマーで殴られているような、酷い頭痛がする。
「はぁ、今までの能力評価がまるで当てにならんな。お前隠し過ぎだろ」
「お前も大概だと思うがな。そんなに風魔法が得意だったなど初めて知ったぞ」
周辺状況を確認。ティール、成長したな。援護を入れることも可能だが……ここは任せるか。
「クル。撃破目標フォグル・レイザー。攻撃回避は絶対だ。一度も攻撃を受けずに倒せ」
頭痛が酷くなるにつれて、解析深度が上がっていく。そして情報取得量が増したことにより頭痛が酷くなる。その循環。
「ああ、大分状況が悪いな。ルー、マーチはともかく、アイビーも負けたのか。本当はこうなる前に俺が援護に向かう予定だったんだが。仕方ないな、さっさと決める」
ハイラスの魔力が高まっていく。発動する魔法を解析、完了。
「風切羽」
瞬間、ハイラスの姿が消える。
その速度は明らかにレオンを超えている。纏った風が羽のような形に集まり、指向性を持った。防御機能がなくなる代わりに、速度が異常に上昇している。
その速度は、俺の目に捉えられるようなレベルではない。全く見えない。僅かな残像すら、俺の目には映っていない。
背後の魔法陣を起動
それを回避する先にあらかじめ置いておいた魔法陣も、それを更に回避した先の魔法陣も起動。
迎撃のために撃ってくる魔法を相殺する魔法陣を先に起動。魔力放出で無理矢理突破してくるのに対し、放出が終わった瞬間を撃ち抜く魔法陣を起動。
ハイラスが取り得る全ての選択肢に対し、それを先読みした魔法陣を起動し、その魔法陣に対処した先を撃ち抜く魔法陣を更に起動する。
「くっ……!」
頭痛が増していく。先読みの精度が上がっていく。ハイラスが勝負を決めに来ている。だからこそ、今が好機だ。
速すぎて見えないハイラスの姿が、一瞬だけ目に映る。行動を潰されて速度が落ちたか? 一瞬そう思うが、解析結果がそれを勘違いだと伝えてくる。
目が合った
恐怖が、侵食する
何に恐怖しているのかも分からない、ただ恐怖が滲み出てくる。恐怖の対象が分からないため、別のことを考えて紛らわせることも不可能。ただ己を飲み込もうと襲い来る恐怖が、自己の内から這い寄ってくる。
これがハイラスの魔法か。精神魔法。相手の精神に直接何らかの感情を湧き上がらせる魔法だ。一度かかってしまえば、防御する手段が存在しない恐ろしい魔法だ。
くだらないな
「落ちろ」
「なにっ!?」
湧き出る恐怖を無視し、魔法陣の操作を続ける。俺が恐怖のせいで硬直すると思っていたハイラスが、無防備に突っ込んできている。
進路の魔法陣を起動。それを避けるために動き得る回避先の魔法陣も起動。ハイラスを囲うように、撃ち込む。
「上が空いてん……っ!?」
「空けてあるんだよ」
風の羽で飛び上がるハイラス。周囲を魔法陣に囲まれ、避ける先が上しかなかった。魔法陣は地面に描く物だから上空なら安全だろう。上から一方的に魔法で攻撃すれば勝てる。
そう思っただろう?
飛び上がったハイラスを閉じ込めるように、宙に描かれる魔法陣。解析地図に描き込んで転写する方法なら、宙にも魔法陣を作成可能だ。今まではあえてそれをやっていなかっただけだ。
魔法陣が起動する。石が、水が、風が、炎が、多種多様な魔法がハイラスに撃ち込まれ……
「おおおおおおおおぉぉぉぁぁぁぁぁっ!!!」
それら全てが、魔力放出により弾かれる。
そうだろうな
「威力が足りないんだよっ! 俺の、勝ちだっ!!」
そもそも、俺とハイラスでは実力差があり過ぎる。単純な出力差だ。ハイラスがただ魔力を放出しただけで、俺の魔法陣は破壊されてしまう。
ただの魔力を放出する行為は大量の魔力を消費するが、魔法の発動とは比べ物にならないほど早い。格下への緊急回避手段として、これほど便利な物もない。
全ての魔法がかき消され、俺を叩き潰すための魔法が上空で構築されていく。
時間稼ぎは充分か。
「アイリス」
破滅の閃光
飛んでいるハイラスより更に上。天から落ちる雷が、空飛ぶ鳥を射貫く。
「く……そぉ……!」
ハイラスが落ちていく。それと同時、
限界まで酷使した脳が悲鳴を上げ、視界が暗くなっていった。




