第53話 大海の覇者
大会2日目。
『では早速第一試合を始めていこうか。二回戦第一試合は、レオン・ヴォルスグラン班対ニーリス・カレッジ班だ』
レオンの二回戦の相手は新聞部部長のニーリス先輩か。ニーリス先輩の班は、取材に来ていたラル・オーヴィントという濃紺髪の先輩しか知っている顔はない。というかあの人先輩だったのか。
昨日の試合を見る限り、ニーリス先輩はクルのような高機動型の戦闘スタイルだ。武器は短剣だな。
ラル先輩もニーリス先輩と同様のスタイル。他にもう1人高機動型がいて、後の3人は魔法使い。つまり、高速近接3、魔法3という面白い構成の班だ。
その性質上、木を利用した立体的戦闘で相手を翻弄する作戦がメインになる。3つの基本の動きに当てはまらない、隠密奇襲型とでも言うべき戦法だ。
『試合開始』
理事長の合図の瞬間、ニーリス班が一斉に動き出す。近接組は木を蹴って加速、魔法組は全員風使いらしく、魔法で加速して前衛について行く。
その速度は凄まじい。班全員がクルのような速度でフィールドを駆け抜け、あっという間に平原を突破、レオン班が森にいる間に距離を詰めていく。
ここでニーリス、ラルの2名とそれ以外で分かれた。次の瞬間、
「招破・雷霆!!」
巨大な雷が落ちてくる。一瞬で木を引き裂き、地面を穿ったその一条の光は、しかし何の成果も上げられない。そして魔法の使用直後であるレオンに向かって、分かれた2名が突撃する。
「ラル君、合わせて!」
千閃・刃殺陣!!
木を足場に、ニーリス先輩が、ラル先輩が、縦横無尽に跳び回る。一瞬で最高速をぶち抜き加速するその軌道は、僅かに光る刃の閃き以外目で捉えられない。
その速度と不規則な軌道はレオンの目を以てしても見失うほどであるようで、早々に目で追うことを諦めたレオンが目を閉じる。
そして、いざその攻撃がレオンを斬り刻もうとした、まさにその時、
足場になっていた木が動く
「レオン様!」
「雷神衝!!」
足場がなくなったことで速度が落ち、見えるようになった2人に対し、レオンから輪状に雷が広がっていく。それは足場がなくなった2人に避けられるような物ではなく、
直撃した瞬間、2人の姿が掻き消える
「影映し」
そして、レオンの背後から奇襲をしかけ、
「見えていますよ」
それを分かっていたレオンの剣が、再び襲ってきた人影を斬り裂く。
それも幻
ニーリス先輩、ラル先輩は既にレオンを通り過ぎ、他の班員が交戦中の戦場へ向かって駆け抜けている。
上手いな。レオンを釣りだすためにあえて一度交戦し、ある程度引き付けたところでレオンを放置して他を叩きに行く。フィールド内で最強の存在であるレオンを放置するという選択が出来るのは、かなり心が強い。
選択としては間違ってはいない。レオン以外を落とし、その後レオンに班全員でかかる。それが最も勝率が高いのは間違いない。
ただしそれは、
「閃脚」
レオンより速く行動が出来るのなら、だが。
自分を無視して通り抜けた2人にあっという間に追い付くレオン。継続的な速度はニーリス先輩たちの方が上かもしれないが、瞬間的な速度はレオンの方が速い。
置き去りにしたはずのレオンが既に自分の視界にいる。その事実に驚愕するニーリス先輩。
「破邪・雷鳴!!」
そして雷を纏った剣が一閃、2人まとめて斬りつけられる。
咄嗟に短剣で防御するも、防ぎきれる訳もない。吹き飛ばされ、宙に浮く。
「落葉の舞」
噴き上がるように葉が舞う。まるで刃のような鋭さを持って、空中で身動きが取れない2人に数多の葉が襲い掛かる。
「くっううぅぅっ!?」
体中を斬り裂かれながらも、何とか耐えきったニーリス先輩が顔を上げると、
そこには、剣を振り上げるレオンの姿があった。
『そこまで。勝者レオン・ヴォルスグラン班』
今の試合、確かにレオンの動きは凄まじかった。だが、それは分かっていたことだ。俺が注目したのは、それ以外の部分。
ニーリス班の魔法使い3人が、ルー、マーチ、フォグルを抑えている間に、高速で短剣使いがハイラスに接近した。3対3の方の戦いはとても互角とは言えない状態だったが、即ハイラスを落とし合流することが出来れば、どちらが勝つかは分からなかった、そんな盤面。
高速で迫る短剣を、同じく短剣で受け止めながら、ハイラスは一瞬周囲に目をやった。そして、援護が得られない、時間を稼いでもしばらく救援は来ない、そう理解し視線を戻すと、
何かをした
それが何かは分からない。正確には、何かをしたとしか考えられない、というべきか。実際に何か妙な動きをした訳ではない。ハイラスはただ相手の短剣を受け止めていただけ。
それだけで、何故か相手の動きが一瞬止まった
その僅かな硬直を逃さず、ハイラスの短剣が首に押し当てられ、死亡判定。試合はそのままレオン班の勝利で終わった。あれは何をしたのだろうか。
この試合で分かったことは2つ。1つは、ハイラスは思ったより近接戦闘に長けている。高速で迫る先輩の短剣を当たり前のように受け止めて見せたあの動きは、とても俺と同程度の実力で出来るものではない。
そしてもう1つは、何か分からない技か魔法により、相手を一瞬硬直させることが出来る。近接戦闘中の硬直は致命的だ。ハイラスに仕掛ける時は、一手分、余裕を持って動かなければならない。
面倒なことだ。これで底を見せたとも限らないし。ハイラスの相手くらいなら俺でもやれるかと思ったんだが、こいつもまともに正面からぶつかることは出来んか。
『では二回戦第二試合、ウェルシー・ノルズ班とフルーム・アクリレイン班は準備を』
ウェルシー先輩の班か。この班にはクロンス先輩もいる。ウェルシー先輩は、小さい体に似合わずハンマーをブンブン振り回すパワーファイターだ。ティールよりは力が弱いが、技術と何も恐れず突き進む度胸がある。
クロンス先輩は司令塔兼援護役といったところか。基本的に地魔法での援護を行うが、その上剣を持っている。今のところ剣を使っているところを見たことがないが、飾りということはあるまい。
クロンス先輩を魔法とすると、ハンマー1、剣1、槍1、素手1、魔法2の前衛寄りの構成だ。ウェルシー先輩の性格を表しているかのようだ。
対する副会長の班は、なんと全員魔法使いだ。1年生限定大会で同じ構成の班と戦ったが、3年である彼女たちの練度はもちろん高い。
副会長の操る水魔法は、フォンを彷彿とさせる規模と強度を誇る。フィールドを全て押し流すつもりなのかと思うほどの濁流は、見ているだけでも恐ろしい。
他の魔法使いたちも、基本的に規模が大きい魔法を使う。班全員が同時に魔法を使うと、まるで災害が起きているかのような悲惨な状況が生み出される。
そんな大規模魔法を使えばすぐに魔力切れになるのが道理だが、それを支えているのが生徒会書記のシャフィ・セクタリールだ。彼女は周囲の魔力を集め、それを人に分け与えることが出来るらしい。それによって、大規模魔法を何度も使用する異常な作戦が成り立っている。
どちらが挌上かといえば、もちろん副会長だ。学年も上だし、副会長の班は一芸に特化している分、その一芸があまりにも強力だ。大規模魔法での殲滅は、相手に縛られず常に効果を発揮する。どうやってあの威力、強度、規模の魔法に対抗するのか。まともにぶつかっても勝ち目はないだろう。
『試合開始』
その合図の瞬間、ウェルシー先輩が走り出す。それに続くように全員が突撃を開始した。魔法使いも含めてだ。
まさか無策ではないだろうが、正面から行くとはな。対する副会長の班は動かない。当然だろう。このまま待っていれば、相手の方から魔法の射程に入ってきてくれるんだ。溜めながら待機し、その瞬間を待つのが正道。
まあ副会長側からは相手が見えていないはずだから、噛み合ったのは偶然だろうが。魔法の準備のために溜めていたら、相手が勝手に近づいてきてくれた、というのが正しいだろう。
いや、もしかしたら見えているのか。あまりにも迷いなく待機しているな。相手が近づいてきていることが分かっているのかもしれない。何らかの魔法で、それを可能にしていても不思議ではないだろう。
そして、その時が来る。
「蒼世・大瀑波!」
滝のように宙から流れ落ちる水が、その勢いのままに地面を青に塗り替えていく。辛うじて木が頭を出しているが、まるでフィールドの一部が海と化したようだ。その海がどんどん領域を広げていく。
広がるままに、近づいてきていたウェルシー先輩を飲み込もうと勢いよく迫り、
「どっっっかあああぁぁぁん!!」
まさかの正面突破。その様は、津波を殴り返しているかのような異常な光景。叩き付けられたハンマーが海を割り、道を拓く。そのまま突撃を続行するウェルシー先輩に続いて行く班員たち。
「舐めんじゃないわよ!!」
しかし、割られた海がまるで生きているように戻ってくる。それだけではない。海の全てが、意思を持って襲うように集まってくる。逃げ場はない。たとえ先ほどのように割って道を作っても、今度は別の方向から水に押し流されるだけ。
そこで、クロンス先輩が、地面に剣を突き刺す。
「基点生成・階」
周囲の地面が堀のように凹み、代わりに上り坂が形作られていく。水が堀に流れ込むことで押し止められ、自分たちは坂を上ることで水の手から逃れることが出来る。ウェルシー先輩はそれが分かっていたかのように止まらず駆け抜け、班員たちが続いて行く。
あの剣、魔法の基点用か。地中を基点にするイメージを補助するために使ったようだ。それにより、短時間で魔力効率良く最大限の効果を発揮する魔法を構築出来る。結果、あの一瞬で完成した道が、副会長の魔法に耐えられるほどの強度を持っている。
しかし、副会長の班は副会長1人だけが優れた魔法使いという訳ではない。
「暴風裂破ァ!!」
クロンス先輩が作った道を駆け抜けるウェルシー班に、暴風の塊が飛んでくる。それは副会長の水を巻き上げ飲み込み、嵐を凝縮させたかのような威容で襲い掛かる。
道も無限に続く訳ではない。ついに先が途切れ、そこにたどり着くと同時に、嵐が到達する。
「行っくよー!!」
跳んだ。躊躇いなく。下は水、前は嵐、足場もない。しかし恐れる物など何もないと言わんばかりに、前へと跳び出す。
それが分かっていたのか、班員の魔法使いがウェルシー先輩の足の下に風の足場を生成。
「うっりゃああああぁぁぁぁ!!」
踏みしめ、振り抜く。横薙ぎにされたハンマーが、凝縮された嵐を正面から捉え、拮抗する。いや、押し返している。
「ふんぎぎぎぎぎ……みんな! 行って!」
班長の指示がされる前から動き出していた剣と素手の2人が、ウェルシー先輩の肩を足場にして更に前へと突き進む。
「落ちろ! 来炎!!」
流星のように炎が降り注ぐ。その数は20を超えてなお増え続け、その一つ一つが人間など簡単に飲み込めるほどに大きい。
「基点生成・球」
剣で指示された位置に、岩で出来た球が生成される。それは的確に炎を包み込み、空中に縫い付ける。それは攻撃を防ぐだけでなく、前衛の足場にもなり、跳び出した2人が岩を跳び移りながら前進を続ける。
そしてついに、前衛が相手に届く。落下する勢いそのままに、剣を、足を振り下ろす。
「牙城・剣山」
地面から大量の針が伸びる。落下しているウェルシー班の2名にそれを避ける術はなく、
「ふんにゃああああぁぁぁ!!」
いつの間に来ていたのか、高速で飛来したウェルシー先輩が、その針を叩き砕く。その背から風を噴出していることから、どうやら仲間の風魔法で飛んできたらしい。
障害物がなくなった。剣が、足が副会長に振り下ろされる。
「飲み込め、水狼」
水が、口を開く。最初からずっと、フィールドの全ては副会長の手の中だった。足元に広がっていた海が急に手を伸ばし、ウェルシー先輩たち3人を飲み込む。
「牙城・石牢」
そして、先輩たちを飲み込んだ水ごと包み込むように岩が球体を形作り、閉じ込める。最早3人は脱落と言って良いだろう。
「基点生成・路」
副会長の背後の地面に穴が開き、そこからウェルシー班の槍使いが跳び出す。ずっと地面の下を通ってここまで来た。クロンス先輩が作った道を通って。
これでもかと目立っていた3人は囮。本命はこっちだったようだ。その槍が、副会長に向かって突き出され、
膜のような物に止められる。
「驚いたわ。まさか地中から来るだなんて。でもそういう万が一に備えて、ウチには結界使いがいるのよ」
不意打ちに対応出来るように、攻撃に参加せずに待機していた結界使い。その防御を貫けず、不意打ちは失敗に終わる。
「じゃあ、あなたも落ちなさい」
槍使いに水が迫り、飲み込もうと手を伸ばす。
「だっりゃああああぁぁぁぁ!!!」
「っ!?」
完全に閉じ込められていたはずのウェルシー先輩が、岩を破壊して飛び出してくる。そして振るわれるハンマーが、結界を紙のように突き破り、
副会長に直撃する。
地面と平行に吹き飛び、木に叩き付けられてようやく止まる。
「なっ!? フルーム!! てめぇ、やりやがったな!!」
「ぶっ飛びなさいなァ!!」
炎使い、風使いが、班長の仇を取ろうと魔法を放とうとする。ハンマーを振り抜いたウェルシー先輩にそれを避けることは出来ない。だが、
「させないっ!」
「やったらぁ!!」
ウェルシー先輩が岩を破壊したことで、剣、素手の両名も復帰、槍使いも健在だ。クロンス先輩たち魔法使いも援護すべく構えている。体勢は圧倒的にウェルシー班有利だ。
「足引き泡吹き首くくり」
未だ足元に残る水が、ウェルシー班4名の足を引っ張り、その首に手を伸ばす。
「飲み込み締め上げ空見上げ」
そのまま押し倒して飲み込み、全身を締め上げていく。
「最後に笑うのは、このあたしよ……!」
よろよろと、木に背を預けたまま立ち上がり。頭から血を流しながら、それでも笑って見せた。
恐ろしいのはその執念か、咄嗟にハンマーの前に水を差し込んだ反応力か。結界と水の2層での防御を挟んでなお、人一人を吹き飛ばす威力を発揮するウェルシー先輩の力も相当なものだが、
『勝者は、フルーム・アクリレイン班だ』
勝ったのは、副会長の班だった。




