第36話 祝勝会
アイリス、クルが俺たちの班に加入した翌日。昨日は結局わらわらと集まってくる生徒たちを追い払うのに苦労して時間を浪費したので、今日集まることにした。
予定も決めていないので、一先ず俺の部屋に全員が集まる。
「という訳で、新メンバーだ」
「アイリス・ヴォルスグランよ。よろしく」
「クル・サーヴです。よろしくお願いします」
「どういう訳かは分からんが、歓迎しよう。知っていると思うが、わたしはカレン・ファレイオルだ」
「ティール・ロウリューゼです! よろしくお願いします!」
「フォン・リークライト」
「で、俺が班長のクレイ・ティクライズですっと」
全く必要のない自己紹介を終え、どこで祝勝会をするかという話を始める。と、思ったのだが、
「伝えておかないといけないことがあるの。もしかしたらもう知っているのかもしれないけれど……」
そう前置きして伝えられるのは、クルの弱点についてだ。
「この子、ちょっと事情があって……戦闘になると命令されたこと以外出来なくなっちゃうのよ」
命令がないと動けない。なるほど、なかなかのハンデを背負っているな。
「もう少し具体的に頼む。命令されたこと以外出来ないというのは、どのレベルだ? 例えば、攻撃以外なら自分の意思で出来るとか」
「全くよ。ピクリとも動けないと思ってもらって間違いではないわ」
かなり重度だな。とはいえ、常に通信装置を付けているだろう学園行事において、そう問題にもならないか。
「でもメリットもあるのよ? 命令されれば頭で考えるより先に体が動くし、無意識で命令に従うから自分では気づいていないことでも対応出来るの。あとは、命令が具体的なほど動きが良くなるわね」
なるほど。例えばクルの目には見えていない罠があったとして、罠を避けろと命令すれば体が勝手に罠を避けるのか。
クルの身体能力はかなり高い。王子には劣るが、カレンには比肩するかもしれないくらいに。それも込みで考えれば、
「分かった。何の問題もないだろう。充分活躍してもらえるはずだ」
「ご迷惑をおかけします」
「いやいや。命令すれば良いだけなら、そう迷惑にもならんよ。改めてよろしく頼む」
「はいっ! ありがとうございます……!」
「ふぅ……良かった……」
班に入れてくれと言うのをずいぶん躊躇っていたが、もしかしてこれを受け入れてもらえるか心配だったからか? 動きながら指示を出すのが苦手な人間には辛い条件かもしれないが、幸い俺はマルチタスクを苦にしない。クル以外の班員に指示を出すタイミングを考える必要はあるが、今まで通りの動きが出来るだろう。
強力な前衛、後衛が1人ずつ増えた。支援型魔法使いがいないこと以外は、バランスの良い構成になったな。
「要らんことを考えおって。2人が大会前に加入してくれればもっと楽に優勝出来たというのに、まったく」
「あら、ごめんなさい? あなたみたいなポンコツでは、勝ち抜くのが大変だったわよね。わたしみたいなパーフェクト王女が一緒じゃないと不安なのも仕方がないわー」
「何を言うか。お前のようなわがまま姫がいては連携に苦労するところだ。よく考えたら、いなくて良かった。今からでも抜けても良いぞ」
「はぁ? あなたみたいな突撃女を制御するクレイの苦労が想像出来るわ。これからはクルがあなたの代わりに前衛をこなすから、あなたは要らないわよ、そっちが抜ければ?」
「何だと?」
「何よ?」
また喧嘩し始めるし。どうしてこの2人はこう仲が悪いんだ。むしろ仲が良いのか。
「はぁ、すいません。アイリス様は大きい女性があまり好きではないので……」
「ええ……そんなことかよ……」
大きい女性ね。
カレンは大体160を少し超えるくらいだろうか。ティールは145だとフォンが言っていたな。フォンは155くらいだと思う。
アイリスは150を少し超えるくらい。クルはティールより少し高い。恐らく147、8くらいだろう。
この中ではカレンが大きいのは確かだが、そう特別大きいという訳でもない。この程度で噛みついていては、生きづらくて仕方がないだろうに。
「妹君が自分より背が高いのがコンプレックスなんです」
「クル! 余計なことは言わなくて良いわ!」
どうしてお兄様もレオンもあんなに背が高いのにわたしは小さいのよ、などとブツブツ文句を言うのが聞こえる。
もしかして、いつも堂々と胸を張って立っているのも、偉そうな態度を取るのも、自分を大きく見せるためか? 残念ながら、子供が背伸びしているような微笑ましさしか感じないが……。
いや、本屋で見た時はもう少し存在感を放っていた気がする。こうして親しみやすく感じるのは、心を開いてくれている証だと思うことにしよう。
「あわわわ……どうしましょう……」
ティールが不安がっているし、そろそろ喧嘩を止めるか。
「祝勝会」
「あ、そうです! フォンさんの言う通りです! 喧嘩は止めて、祝勝会の話をしましょう?」
「む、それもそうだな。喜ばしい時にこんな奴に構っていてはもったいない」
「いちいちウザいわね。でも良いわ。わたしもあなたたちを祝う場に同席してあげる。嬉しいでしょう? 感謝すると良いわよ」
どうやって止めようかと考えていたら、フォンが一言で収めてくれた。憎まれ口を叩いているが、2人も楽しみだとニコニコした顔に書いてある。
そうと決まれば、さっさと祝勝会の内容を決めてしまいたいところだ。
「はいっ! 前にも行ったスイーツ店に行きたいです!」
「いや、ここは騒いでも良い店にするべきだろう」
「防音設備は寮の方がしっかりしてる」
「え、寮でパーティをするの? どうやって?」
「寮で行うのなら、わたしが料理を用意いたしましょう」
「わたしも料理は出来るぞ。任せろ!」
「いや、あんたに料理させるとか不安しかないんだけれど」
「何を言う! わたしの料理は絶品だぞ!」
「あたし、食べてみたいです!」
「おお、そうかそうか! ティールは良い子だな」
「ええ……クル、ちゃんと見ててね」
「良い機会ですから、アイリス様も料理をしてみては?」
「えっ」
「ふっ、どうした。出来ないのか? 人が料理するのに文句をつけるくせに自分は出来ないとは、何とも情けないことだな?」
「こっの……良いわ、やってあげる。見てなさい! 王族の料理に腰を抜かすことになるわよ!」
「あたしも少しなら出来ます。故郷では家事も一通りやってましたから」
「よし、ならばフォンも来ると良い。皆でやるぞ!」
「え」
そういうことになった。
流石に班員全員が料理を作っているのに俺だけが何もしないのはどうかと思い、手伝いを申し出たのだが、
「クレイは審判をお願い。わたしの料理が最高だと言わせてあげるわ」
ということで、全員の料理を食し、誰のが最も美味いか判定することになった。何故勝負しているんだ。祝勝会ではなかったのか。
寮のキッチンを借りて料理が作られている間に、部屋の準備をする。ほとんど使っていないテーブルを部屋の中央に持ってきて、料理が並べられるようにする。それだけだ。すぐに終わってしまった。
手持ち無沙汰だ。やはり手伝うべきなのではないだろうか。そんなことを考えながら少し待つと、
「出来たぞ! これこそわたし特性、究極のステーキだ!」
最初に戻ってきたのはカレンだ。テーブルにドンッとステーキが置かれる。デカい。
「味付けはシンプルに塩だ! 食すが良い!」
美味そうだ。美味そうなんだが……。これから5人が作った料理を食べるんだろ? 最初にこんなデカいステーキを持ってきてどうするんだ。食えるだけ食って、残りはティールに渡すか。
早く食え、という顔をしてじっと見つめてくるカレンに促されるように、ステーキを切り分け、一口。
「これは……!」
美味い。文句の付けどころがない。恐らくキッチンに元々あった高級な良い肉を使っているのだろうが、それを込みで考えても素晴らしい完成度だ。
人によってはもう少し焼いて欲しいと言うかもしれないミディアムレア。だが、俺はこれくらいが好みだ。俺の好みに合っているのは偶然だろうが。
「美味いだろう。強火で表面を一気に焼いた後、少し寝かせて火を通すのがポイントだぞ」
「美味いな。素直に美味い。舐めていたと言わざるを得ない。これは称賛しか出てこないぞ」
「お、おう。お前がそんな素直に褒めるなんて意外だな。も、もっと食べるか? 全員分あるし、わたしの分も食べて良いぞ?」
「それはいい」
俺の腹を破裂させる気か。
「お、お待たせしました! たまごやきです!」
次に戻ってきたのはティール。テーブルに置かれたのは何の変哲もない卵焼き。早速一切れ食べてみる。
「うん、美味いな。甘い味付けなんだな」
「あたしのたまごやきはいつもこの味です。たまにしか食べられない贅沢品でした」
卵焼きの材料もなかなか入手出来なかったのか。思ったより深刻なのかもしれない。卒業まで3年。働き始めたらすぐに故郷を楽に出来るほどに稼げる訳ではないし、もしかしたらあまり余裕がないのか。
「今日はお祝いですし、材料があったので作ってみました。お口に合ったなら良かったです」
「うむ、美味いな。ティールらしさがよく出ている」
「本当、美味しいわね。わたしも甘めの卵焼き、好きよ」
何か増えている。いつの間にかアイリスが戻ってきていたようだ。その割にはテーブルに料理が置かれていないが。
「おい、自分でクレイに審判をしろと言っておきながら、まさか何も作っていないのか?」
「う、うるさいわね! そう簡単に姫様の手料理を食べられると思わないで!」
そう言ってはいるが、背後に何か隠しているようだ。恐らく作ってはきたのだろう。カレンと言い合っている隙に回り込んでみる。
「あっ、ちょっ、クレイ! これは、その、違うのよ? えっと、ちょーっとだけ、ちょっとだけね? ちょっとだけ火が通りすぎちゃったというか……」
隠し持っていた皿に乗っているのは、80センチくらいある焦げている魚だ。丸焼きにしようとして失敗したらしい。何故料理が苦手だろうに、そんな難しいことをやろうとするのか。
「これは後でちゃんとわたしが片付けるから、気にしないで……。ああもう、素直にお茶でも淹れてくれば良かったわ。それなら得意なのに」
「テーブルに置いてくれ。食べられない」
「え、いや、いいわよ食べなくて。こんなの食べたらお腹壊すわよ」
「食べないと判定が出来ん」
おずおずと差し出すように置かれた魚を一口食べてみる。うん、まあ予想は出来ていたが、
「焦げているな」
「分かってるわよそんなの! ぶっ飛ばされたいの!?」
「味付けは悪くないと思う。焼き加減にさえ気をつければ問題なく出来るはずだ。こんなデカい魚ではなく、もっとやりやすいところから始めてみたらどうだ?」
こんなの料理に慣れている人間でも難しいのではないだろうか。少なくとも俺には80センチもある魚を上手く丸焼きになど出来る気がしない。
「……うるさいわね。せっかくのお祝いなんだから豪華なのが良いかなって思ったのよ。でも、そうね。失敗作を並べられても困るわよね。ごめんなさい。あと……ありがと」
目を逸らしながらも、意外と素直な反応をするアイリス。いつもこうならカレンとも仲良く……
「フッ、わたしの勝ちだな」
「はぁ? そんな訳ないでしょ。待ってなさい、クルが勝つに決まってるんだから」
「使用人の功績で威張るな」
「終わってもいない内から勝ち誇るな」
出来ないらしい。
「美味しいです! こんなおっきなお魚初めて食べました!」
「え? あ、ちょっとティール駄目よ、そんなの食べちゃ!」
「え、ダメでしたか……? ごめんなさい……」
「ああ、違うの、怒ってないのよ? そうじゃなくて、こんな物食べたらあなたが体調を崩してしまうんじゃないかと思って。ゴメンね、驚かせちゃったわね」
「? 大丈夫です! ちょっと焦げてますけど、とっても美味しいですよ!」
「~~~~っ!! ちょっとクレイ! この子可愛すぎるんだけど!?」
「いや、俺に言われても。俺が育てた訳ではないし」
大きい女が好きではないというのは聞いたが、逆に小さい女が好きなのだろうか。クルとか。いやしかし、フォンと楽しそうに本の話をしていたが、フォンはアイリスよりは大きいな。
「ティール、ステーキも食べると良い。これがティールの分だ」
「ありがとうございます! ん~っ!! 美味しいですっ!」
ティールの口にステーキが吸い込まれていくのを見ていると、残りの2人が帰ってきた。
「お待たせしました。コンソメスープとサラダです」
「わたしのは冷やしてある。他の料理が食べ終わったら持ってくる」
クルが作ったのは、野菜がたっぷり入ったスープと新鮮なサラダのようだ。野菜だらけだな。
「ちょっとクル! メインを作ってこないと勝てないじゃない!」
「そう言って肉や魚が多くなるだろうと思ったから、野菜をたくさん持ってきたんですよ。バランスの良いメニューを心掛けなくてはいけませんよ」
「野菜を使ったメインを作れば良いじゃない」
「メインばかり並べても重いでしょう……」
正直ありがたい。ただでさえ満腹が近いんだ。ここに更に重いメニューを追加されるのは辛い。早速いただくとしよう。
「……! 美味い……」
「ふふーん! そうでしょう? クルは城でも料理をすることが許可される腕前なんだから!」
なるほど、美味い訳だ。城の料理人に教わったなら、それは国内最高レベルの教育だろう。これは勝ちは決まりかな。
「くっ……美味い……」
「美味しいです……! こんなに美味しいもの、初めて食べました……!」
「ふふ、ありがとうございます」
学園や寮の食堂もかなりレベルが高いが、城で食べられる物とは比べられないだろうな。城の食事がどんな物なのかは知らんが。
「ごちそうさま。じゃあ持ってくる」
4人が作ったものを食べ終わり、あとはフォンのを残すのみだ。冷やしていると言っていたが、デザートか何かだろうか。
「言ったでしょう? クルの勝ちだって」
「確かにわたしの負けだ。だが、勝ったのはクルだろう。お前に負けた訳ではない」
「クルの勝ちはわたしの勝ちよ!」
「従者の功績を奪うな!」
「奪ってないわ。クルの勝ちはクルの物であり、わたしの物なの。2人は一心同体なの」
「何だその無茶苦茶な理論は!」
言い争う2人に、オロオロするティール、ため息を吐くクルという、早くもいつもの光景と化したそれを眺めていると、フォンが戻ってくる。
「はい、かき氷」
氷だ。器に盛られた、何の変哲もない氷。何かかかっている訳でもない、本当にただ氷を削っただけの物。
「最後にはただの氷で軽くしめるのも良いですよね」
「うむ、腹もいっぱいだしな」
「暑くなってきたし、氷も良いわね」
「こんなに粉みたいになるんですねぇ」
器に盛られた氷をすくい、一口
「っ!!」
何だ、これは。氷だろう。ただの氷、何の変哲もない氷。そのはずだ。だというのに、
「うますぎる」
全員の手が止まらない。ただ器に盛られた氷を平らげて、
「優勝はフォンだな」
満場一致で決定した。




