第35話 班結成
「優勝、クレイ・ティクライズ、ティール・ロウリューゼ、フォン・リークライト、カレン・ファレイオル。おめでとう、素晴らしい戦いだった」
「ありがとうございます」
理事長から賞状とトロフィーが手渡される。観客席や、後ろに並んでいる8位以内入賞者たちから拍手が響く。
まず一つ、結果を出すことが出来た。とはいえこれは1年生限定大会。この学園には更なる強者がいくらでもいるし、この大会で班や作戦を見直してより上を目指す同級生も出てくるだろう。
まだ、止まることは出来ない。
「さて、これで表彰は全て終わった訳だが、ここで一つ、わたしから話をさせて欲しい」
理事長が全体に呼びかけるように話を始める。予定にはなかったが、まあ理事長だし、行事が終わったらコメントの一つや二つくらいはあるだろう。
「つい最近、こんな噂がわたしの耳に入ってきた。クレイ・ティクライズは実技の成績が悪い落ちこぼれらしい、と。クレイ君は学科試験満点の優秀な生徒だし、こうして優勝した訳だから、この噂は単なる噂に過ぎない。だが、わたしが言いたいのはそうではなく」
実技の成績が悪い、だから落ちこぼれ。そのような認識を持つ者は、この学園には必要ない。
理事長の話を聞きながらも、どこかざわついた雰囲気だったドーム内が、静まり返る。誰一人音を出さない。それほどの重苦しい雰囲気が理事長から放たれている。
「君たちはこの学園のモットーを知っているかな」
『学問のみならず、戦闘のみならず、文武両道こそ定めなり』
「わたしはこのモットーを、学園創立からずっと掲げている。それは何故か。よく知っているからだ。ただ強いだけの者の弱さを」
昔を懐かしむように周囲を見渡す理事長は、20代にしか見えないその容姿に反して、老人のような言葉の重みを持って語りかける。
「クレイ君は素晴らしい活躍を見せてくれた。実際に目にすることで、君たちにもよく理解出来ただろう。頭を使う、ということの意味がね」
理事長の雰囲気が普段通りに戻る。ドーム内にほっとする気が抜けた空気が漂う。重圧から解放され、一息つく者が多数見られる。
「おめでとう、クレイ班諸君。これからの君たちの活躍に期待しているよ。負けてしまった者たちも、これで気を落とさず、上を目指して精進して欲しい。君たちはまだ入学したばかり。これからいくらでも時間はあるのだからね」
その理事長の言葉で、1年生限定班対抗戦は閉幕した。
翌日。学園は休みなので、今日は祝勝会として班で集まろう、という話になっていた。
なっていたのだが……
「クレイ君! 君の班はまだ2人空きがあるだろう? 俺を入れてくれないか?」
「ティクライズさん、わたしを仲間に入れてください!」
「クレイ! どうだ、俺と共に上を目指さないか?」
「クレイ様ー! 私をお側に置いてくださいませー!」
朝食のために寮の一階に降りてきた瞬間、生徒の山に取り囲まれ身動きが取れなくなった。何というか、現金な奴らだ。これだけの人数ということは恐らく、既に班に所属している者もいるだろう。俺が許可したら今の班を抜けるつもりなのか?
班に入れてくれという他にも、もうすぐ学科試験だから勉強を教えてくれという声も聞こえてくる。理事長が昨日、学科試験満点だなどと余計な情報を発信したせいだろう。
どうするんだこれ。収拾がつかないぞ。
「ほら、アイリス様が早く伝えないからこんなことに……」
「し、仕方ないじゃない! だって、わたしは王女なのよ? そう簡単に人の下になんてつけないの」
クレイが生徒たちに囲まれている。どうしよう。昨日までなら伝えるのは簡単だったのに、まさかこんなことになるなんて。
クレイ班の空きは2枠。わたしたちが入れてもらうには、一つだって埋められては困る。クレイがそう簡単に班員を決めるとは思えないけど、もしかしたら1人くらい良い人が見つかって班に入れてしまうかも……。
「はぁー、仕方ないわね。行くわよ、クル」
「え、アイリス様? ちょっと、何をする気ですか……?」
人の山に近づき、叫ぶ。
「退きなさいっ!! アイリス・ヴォルスグラン様のお通りよっ!!!」
「あ、アイリス王女? あ、申し訳ありません、道を塞いでしまって」
「ちょっと、そっち詰めて。アイリス様の道を空けるから」
わたしの前に道が出来る。こんなに素直に言うことを聞いてくれるのは、多分わたしの目的を分かっていないからだろう。自分たちが道を塞いで邪魔をしている、ということだけを理解して退いてくれている。
ごめんなさいね。わたしの目的はあなたたちと同じなの。
わたしが進むのに合わせて前にいる人が退いて道が出来る。その道を通って、クレイの前まで進み出た。
「クレイ! わたしとクルがあなたの班に入ってあげるわ! 感謝しなさいっ!!」
ビシッと指を突き付けて宣言する。静まり返る寮内。クルの頭が痛そうなため息。
『な、なにいいぃぃぃぃっ!?』
再び大騒ぎになる寮内。呆れた顔で肩をすくめるクレイ。
まだ、わたしたちの学園生活は、始まったばかりだ。
負けた、か。納得いく負けではある。こちらの班が全く連携出来ていないことなど当然理解しているし、自分自身も最適な行動が出来ていたとは言い難い。負けるべくして負けた。
だが、それと気持ちの問題は別。こんなところで負けていては話にならない。兄上は当たり前のように常にトップを走っていた。それなのに僕は、学園でトップどころか、1年生に負けるレベル。
駄目だ。これでは駄目だ。僕は兄を超えられない。
だがどうする。自分を強くするトレーニングは当然行うとして、班員たちはまともに動いてくれるのか。
「悩んでるみたいだな、王子様?」
わざわざ人に会わないように、休日の学園の屋上まで来ているというのに、見つかった。後ろから声をかけてきた相手を確認するために、振り返る。
「君か。こんなところまで来て、何の用だい?」
「あんたの班に入れちゃくれないか? って話さ」
「悪いが僕の班は既に満員だよ。他を当たってくれ」
「いやいや、何を言ってるのか。大会を見てれば分かるんじゃないですか? 班自体の改革が必要だって」
分かっている。そんなことは分かっている。だが、自分の目的のために他の生徒を犠牲にするようなことは出来ない。そんなことをすれば、僕は仮に兄上を超えたとしても堂々と姿を見せられなくなる。
「あんたがお優しいお方なのは知ってるさ。でも、その優しさに付け込まれているのが現状じゃないのか?」
「何……?」
「あんたの班員。自分の欲望のためだけに行動するような奴ばかりじゃないか。いや、一人まともなのもいたか。だが、それ以外はクズだ。そうだろう?」
ここまで来れば、鈍い鈍いと言われる僕でも流石に気づいている。彼女たちは、王子である僕に近づくために班に入っていると。そんな彼女たちを班から追い出すくらいなら……。
「そう、それくらいなら、むしろ班長としての責任を果たしているってもんさ。クズが班にいたらまともな奴の邪魔をする。そしたらまともな奴だって班を抜けちまうかもしれない。それを防ぐためには、班の清掃は必要だぜ。班長の仕事さ」
確かにそうだ。僕を助けようと頑張ってくれているたった一人の班員のためにも、班の立て直しは必要不可欠。
「で、そうして空いた枠に自分を入れろということかい。君がそのクズでないと保証出来るのかな」
「ああ、もちろん。学期末の班対抗戦までにはまだ時間がある。何度か模擬戦をしよう。そこで証明するさ」
「君の目的は?」
「頂点」
即答されたその目的は、僕と同じ。トップに立つ。ずいぶんと怪しい雰囲気を放っているが、その目的に対しては真摯な想いを感じた。だから、
「良い答えだ。分かった。ではとりあえず、よろしく?」
「ああ、よろしく」
握手をして、僕たちの新たな班は始動した。
これにて、第1章完結です。




