99 彼女の後悔
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ピッ、ピッ、ピッ、ピッと、規則正しい電子音が小さな室内に響いている。聞き覚えのあるその音に彼女は顔をしかめた。
「ん、………んんっ……」
重たい目蓋を開くと、白い天井が見えて少女は少しの間、訳が分からずぼんやりとそれまでのことを思い浮かべる。
私、……処刑されたはず、よね……?
前世で何度も見てきた天井に彼女の頭は混乱する。
これは夢?
リリアンがそんな風に考えていると、病室の扉が開いた。
「愛依? 愛依っ! 良かった!! 目が覚めたのね」
え……?
声は出なかった。だが、驚いたリリアンは目を見開く。彼女の目の前に現れたのは、凛々亜だった頃に何度も会ったことがある愛依の母親だった。
何で? どうして? どういうこと?
そんな疑問がぐるぐるとリリアンの思考に涌き出てくる。
「愛依、貴女はあれから暫く寝込んでいたのよ。今度はもう無理かもなんて、珍しく弱音を吐いていたから……本当にどうなることかと心配していたの。目が覚めて良かった!!」
わたくしが? 私が……愛依?
どういうことか、リリアンは暫く理解が追い付かなかった。
◇◇◇◇◇
「愛依さん、随分良くなっていますよ。この調子なら、一ヶ月後には退院できそうです」
「……そう、ですか」
愛依の主治医がにこにこ笑う。リリアンが愛依の身体で目覚めてから一週間。ここまで来るともう認めるしかなかった。
リリアンは凛々亜だった頃の世界に戻ってきた。但し、元の身体ではなく愛依の身体に。
凛々亜の身体は、あのあとやっぱり死んだのね……
そう思ったリリアンだけれど、やはり自身が本来帰る場所がないのは辛く感じていた。
「また悪くなるんじゃないかって、不安?」
良くなっている。そう伝えているにも拘わらず、愛依の表情が暗いのを目敏く見つけた主治医が問い掛けてくる。
「あ、いえ。……ええと、……はい」
「入院期間中の中では、今までで一番良い結果だから心配しなくて大丈夫ですよ」
そう言って主治医はにこりと笑いかける。
「そう、ですか」
「あとは、凛々亜ちゃんが心配なのもあるのかな?」
「え……?」
主治医から“凛々亜”という名前を聞いて、驚きのあまり目を見開いた。
「あれ? ……もしかして聞いてなかった?」
余計なことを言ってしまったと、苦笑いの主治医が愛依にこう告げた。
「一週間前、ちょうど愛依ちゃんが目覚めた日に、この病院の階段から落ちて頭を打ったんだ。幸い命に別状はないんだけど、まだ目が覚めてなくてね」
「っ!?」
リリアンは、凛々亜の身体はゲームの世界で目覚めたときに死んだとばかり思っていた。それがどういう訳か“階段から落ちて頭を打った”という。
この目で確かめなきゃ。
そんな思いから、リリアンは口を開いていた。
「あのっ! 凛々亜、ちゃんは今どこに!?」
◇◇◇◇◇
主治医から凛々亜の病室を聞き出したリリアンは、緊張しながら教えてもらった病室に向かった。「患者さんの個人情報に関わるから本当は駄目なんだけど、二人は友だちだからね」と、主治医は特別に教えてくれた。
辿り着いた病室前のネームプレートには、確かに“舞原凛々亜”の文字がある。リリアンは緊張した面持ちで、そっとドアをスライドさせて開ける。
そこには頭に包帯を巻いて酸素マスクを着けた昔の自分が確かに眠っていた。
「本当に、居た……」
だとしたら、私は死ななかったの?
そもそも、私が凛々亜からリリアンになって十年は経過している。それなのに、こっちの世界は私が転生してからたった二ヶ月程しか経っていないなんて……。時間の流れがめちゃくちゃだわ。それに、私が転生した直ぐ後に凛々亜の身体は目覚めたようだし……
だとしたら、今の凛々亜の中にいるのは……一体、誰?
リリアンは思わず口許に手を当てる。診察に付き添ってくれていた愛依の母親によると、病状が回復した凛々亜はそれまでの記憶を失くしていたらしい。だが、変わらず愛依と仲良くしており、退院後も通院の帰りに愛依のお見舞いに来ていたという。
様々なことが一気に押し寄せてきて、リリアンは頭の中が混乱していた。怖くなった彼女は急ぎ足で愛依の病室に戻った。
「……」
リリアンは凛々亜の身体が目覚めたことに関して、今の凛々亜の中にいるのは本物のリリアンだと仮説を立てていた。
何らかの形でリリアンと凛々亜の入れ替りが起きたのだとしたら、自分がそうだったように、本物のリリアンがこちらに来ていても不思議ではないからだ。
でも……だとしたら、愛依はどこに行ったの? 私がここにいるってことは、私は愛依と入れ替わった? ……ううん、リリアンの身体は処刑されたんだもの。もし、入れ替わっていたら彼女は…………
「っ!」
ゾッと愛依の身体を寒気が襲う。一瞬、想像してしまった最悪のシナリオを頭から振り払う。
愛依とは入院仲間として、病院で仲良く過ごしてきた。学校にほとんど通えていない凛々亜にとって、愛依が一番の友人と言っても過言ではない。
ラドネラリア王国では、ゲームの世界という認識が強かったせいか、自分さえ良ければ誰がどうなろうと良いと考えていた。だが、牢屋に入れられている間に少し冷静になった思考は、元の世界に戻って親友とも言える愛依の魂が失くなってしまったかも知れないと実感した途端、恐怖を感じた。
リリアンは「ははっ……」と乾いた声を漏らす。
ゲームの世界だったとはいえ、あちらの世界で好き勝手した罰が下ったのかもしれない。そう考えると、リリアンの中でこの状況が腑に落ちてしまった。
私は友達を犠牲にしてこっちに舞い戻ってきたのね……
ポタリと愛依の目から涙が溢れ落ちた。




