92 アルバートの吐露
アルバートは昼になってから学園を訪れた。
その理由は貴族の誰もが理解していた。昨日、国王陛下から知らせがあったからだ。そのため、学園は何処かどんよりと暗く重い空気に包まれていた。
リリアンは公開処刑ではないため、一部の高位貴族と関係者のみがそれを見届けた。そして、その関係者の中にベアトリスとフランク、それぞれの父親も含まれている。
いつものメンバーで食べる昼食も会話という会話が続かず、静かだった。だけど、ベアトリスがトレーを返却するために席を立つと、アルバートが彼女を呼び止めた。
「ベアトリス、今日は放課後に生徒会があるんだが、終わった後、君に話したいことがある」
「今日ですか?」
「あぁ。いつか君に話すと約束した、大事な話をしたいんだ」
その一言で、ベアトリスはアルバートが信頼を取り戻したら話したいと言っていたそれだと、確信する。
「妃教育は休みだと講師に伝えてあるから、先に王城で待っていてくれないか?」
「分かりました。お待ちしていますわ」
遂にその時が来たんだわ。
ベアトリスは気持ちを引き締めて後半の授業を受けると、アルバートより一足先に王城へ向かった。王城へ到着すると、使用人の案内でアルバートの執務室へ案内される。
ソファーに座って落ち着くと、給仕された紅茶に口を付けながら、ふと思う。
どうして庭園ではなくて、アルバート様の執務室なのかしら?
アルバートは婚約解消の時も、それを取り消したいと申し出たときも、ベアトリスとの話し合いに庭園を選んでいた。
どちらも、とても大切な話だった。
今回はそれほど人に聞かれたくないのかしら? 婚約解消のときよりも大事な話なの?
そう考えると、ベアトリスはアルバートが話そうとしている内容が想像すら付かなくて緊張する。喉が乾いてベアトリスは紅茶をもう一口、口にした。
それから三十分程経った頃、ようやくアルバートがベアトリスが待つ執務室へ現れた。
「ベアトリス、待たせてすまない」
ベアトリスは立ち上がって、アルバートに応える。
「いえ、お気になさらず」
アルバートは馬車からここまで急いで来たのか、ほんの少し息が弾んでいた。
「ここまで走ってこられたのですか?」
思わずベアトリスが確認すると、アルバートが恥ずかしそうに照れた。
「ベアトリスを待たせていると思うと、自然と足が早くなったんだ」
お互い席に着くと、アルバートの前にお茶が給仕される。ベアトリスのカップにもお茶のお代わりが注がれると彼は人払いをした。
「外で待機しておりますので、何かあればお申し付け下さい」
全ての使用人が部屋の外へ出ると、最後の一人がそう言い残して扉を閉めた。
これからどんな話をされるのか、ベアトリスは内心そわそわと落ち着かない。だけど、それはアルバートも同じだった。
出されていた紅茶を一口飲んだアルバートは、自身を落ち着けるように息を吐く。それから、いつもより緊張した声で「ベアトリス」と呼んだ。それにつられて、ベアトリスも緊張した声で「は、はいっ」と答える。
「今から話すことは突拍子もないことばかりな上に、かなり残酷な内容なんだ。……だから、私はこの件で君に嫌われても仕方ないと思っている」
「え? わたくしがアルバート様を嫌う……?」
そんなの、今更だわ。わたくしは婚約解消を提示されても好きの気持ちを捨てられなかった。だから、簡単にアルバート様を嫌いになれる訳がありませんのに。
そう思ったベアトリスだが、「あぁそうだ」と頷いたアルバートの声が震えていることに気付く。
アルバートは膝に肘を着いて、自身の手を包み込むように重ねられた手はきゅっと握り込まれていた。その手が僅かに震えているのも見て取れた。表情は固く、心なしか顔色も悪い。
そんな婚約者の姿にベアトリスは息を飲む。
アルバート様は、本気でわたくしに嫌われるのも承知の覚悟をしているんだわ。
「これから話すことは、私が実際に体験したことだ。……だから、もしもベアトリスがこの話を聞いて、私との婚約が嫌になったなら、その時は君が望むなら、婚約解消もやむ終えないと思っている」
「なっ!?」
この期に及んで再び婚約解消が話題に上ると思わなかったベアトリスは「どういうことですの!?」と、つい語気を強めてしまった。すると、アルバートが眉を歪める。
「ベアトリス、私は……それ程のことを今とは違う時間軸で君にしてしまったんだ」
「え……?」
“今とは違う時間軸”という表現にベアトリスは困惑した。
「そして、その時間軸では私たちは本当に婚約を解消していた」
「なっ……!?」
ベアトリスは開いた口が塞がらなかった。つまり、別の時間軸では彼はベアトリスとの婚約解消を取り消さなかったことになる。
そもそも別の時間軸とは、どういうことですの?
ベアトリスはそんな疑問が浮かんだが、心を落ち着かせるために一度大きく息を吸ってゆっくり吐く。
「……アルバート様、どういうことか分かりやすく説明していただけますか?」
「勿論だ」
そう答えたアルバートは昔のことを振り返るように語り始める。
「私は、今から数年先の未来を体験してきた」
口には出さなかったものの、未来と聞いてベアトリスは絶句する。
こうして、アルバートは自身が体験した未来で起こった出来事を順を追って話し始めた。




