91 リリアン最期の朝
お話の都合上、短めの回となります。
元カモイズ伯爵令嬢、リリアン・メアリー・フレッチャーは最後の朝を迎えていた。一昨日、両親が帰ってからのリリアンは、冷たい床に座り込んで静かに考えを巡らせていた。
アルバートが最後にリリアンを尋問したあの日。牢に入れられてから、初めてリリアンは自分に残された短い人生を知った。容赦のない現実を叩きつけられた訳だが、その日辺りから彼女の心はある程度の穏やかさを取り戻していた。
魅了の秘薬を自分自身に長期間に渡って振りかけていたことで、それまでのリリアンは副作用により情緒が不安定になっていたのだ。
このことは本人ですら気付いていない。他人の好意という感情を一心に受けたことで、些細なことに敏感になっていた。また、それらは干渉し合う性質があり、魅了の秘薬に体液を混ぜた人間の感情に合わせてある現象を引き起こしていた。
リリアンがベアトリスに悪意を向けていたことで、彼女の秘薬にあてられていた生徒たちもまたベアトリスに悪意を向けたのだ。
これらのことは、今はまだ知られていない。アルバートが魅了の秘薬が同性相手でも効果があることなど、新しい発見を然るべき機関に報告したうちの一つである研究機関が、王立学園での出来事を分析し、数年後に発見することだ。
そのため、リリアン本人もなぜあそこまで感情的に事を進めたのか良く分かっていない。
今となってはバカなことをしてしまったと、リリアンは罪悪感を感じていた。だが、凛々亜の時に自分に残された時間を知って、“短い人生を後悔しないように、やりたいことや欲しいものを我慢しないで生きる”と決めた。だから、彼女は後悔はしていない。
ふと、リリアンはこの世界の両親を思い出して、ハッと乾いた笑いが漏れた。
自分たちの言いたいことだけを伝える為に面会に来た両親。彼らはリリアンをカモイズ伯爵家から除籍した挙げ句、娘を助けるつもりがないとは、何て都合がいい家族なんだろうと、リリアンは思った。
向こうの世界では母がいつも凛々亜を心配して主治医に色々話をしていた。それはそれで気持ちが重くて面倒な親だったが、心配してくれるのは嬉しかった。
『わたくしたちを許す必要はないわ。親として不甲斐ないわたくしたちを恨んでも構わない。だけど、リリアンもリリアも……わたくしたちの大切な娘よ。それだけは忘れないで』
『もしも輪廻転生と言う概念が本当に存在するのなら、次の人生は真っ当に生きなさい。そして誰よりも幸せになりなさい。……それから、叶うならまた私たちの娘になってくれ』
そうね。もしも次の人生があるなら、今度は健康な身体で普通の人生がいいな。間違ってもカモイズ伯爵夫妻の間には生まれたくないけど。
リリアンはそう思うと、可笑しくなって「ふふっ」と笑うのだった。
その日、リリアンの処刑が行われた。国王と王太子であるアルバートは王族として、彼女の処刑に立ち会った。
リリアンは癇癪を起こすこともなく、静かに指示に従った。その表情は彼女の中で何かかが吹っ切れたのか、とても穏やかだった。公開処刑ではないため、一部の高位貴族と関係者が見守る中、リリアンの刑は滞りなく執行された。




