81 アルバートの告白 おまけ付き
「……私が、ベアトリスを好きだからだ」
「え……」
それは、ベアトリスにとってもアルバートにとっても思いがけない告白だった。
「…………想いを寄せる相手の膝で、自分だけ呑気に眠れる訳がないだろう」
ベアトリスは一瞬自分の耳を疑う。だが、“ベアトリスを好き”と、アルバートは間違いなくそう口にした。
「っ!」
やっとアルバートの口から聞くことが出来た“好き”の言葉。それは紛れもなくベアトリスに向けられたものであり、ベアトリスがずっとアルバートから聞きたかった言葉だ。
待ち焦がれていた瞬間が急に訪れて、ベアトリスは胸が一杯になる。そして、顔だけでなく身体ごと熱くなって、ベアトリスの目元にみるみるうちに涙が溜まっていく。その様子を目にしてアルバートはギョッと慌てた。
「えっ!? ベアトリス!? もしかして、私は何か酷いことを──」
「ちっ、違いますわっ!」
ベアトリスは慌てて訂正すると、指先で目元を拭う。
「アルバート様が、わたくしを好きだと言ってくださったことが、……とても嬉しくて」
「ベアトリス……」
思い返せば、アルバートはベアトリスに“大切だ”とは何度も伝えたことがある。だが、“好き”や“愛している”といった愛の言葉は口にしたことがないと気付く。
私はどこまで不甲斐ないんだ……
アルバートがそう思っていると、ベアトリスが語り始めた。
「わたくしが記憶を失って目覚めたとき、何故アルバート様と婚約解消せずに三ヶ月半も過ごしていたのか、とても不思議でした。ですが、この一ヶ月半の間、アルバート様の傍で過ごしてアルバート様がお忙しい中でわたくしに時間を割いて下さっている姿や、リリアン様の件を解決なさろうと努力されている姿を見てきました」
ベアトリスはそこで言葉を切ると、柔らかな眼差しをアルバートに向ける。
「きっと、記憶を失う前のわたくしも、そんなアルバート様の一生懸命さと努力される姿を見ていたのだと思います」
「そうだと嬉しいがな……」
「きっとそうです」
確信するように言い切ったベアトリスは微笑む。
「わたくし、アルバート様を好きでいて良かったと、嫌いにならなくて良かったと思っていますわ」
「え、それは……」
「わたくしは今でも、アルバート様をお慕いしているということです」
その言葉にアルバートの胸がじんと熱くなる。
今でこそアルバートはベアトリスに普通に接して貰えている。だが、婚約解消を取り消したいと申し出たときも、ベアトリスが記憶の秘薬を飲まされてから目覚めたときも、ベアトリスはアルバートに戸惑いや怒り、悲しみの感情を見せていた。
ベアトリスをたくさん傷付けた。それでも、彼女がまた自分に好意を向けてくれている。そのことをどうしようもなく嬉しく思うと同時に、アルバートにとって都合のよすぎる展開で、直ぐに信じられなかった。
「私は、……酷い言葉で君と婚約解消しようとした男だよ?」
「えぇ。確かに、とっても傷付きましたわ。ですが、魔女の秘薬で惑わされていたのです。……少しだけ多めに見て差し上げます。ですが、次は許しませんわよ?」
ベアトリスが淑女の笑みを浮かべる。
二度目はないと忠告されたものの、アルバートは嬉しくて仕方なかった。どうしようもなく込み上げてくる想いに動かされて、ベアトリスを思い切り抱き締める。
「わっ! ア、アルバート様!?」
「ベアトリス、不甲斐ない婚約者ですまない!! ありがとう! 本当にありがとう!!」
そんなアルバートに応えるように、ベアトリスは彼の背中に手を回して、そっと抱き締め返す。
「えぇ。ですから、もうわたくしの信頼を取り戻そうと無理をなさらなくて大丈夫です。わたくしはこの目で見てきた、今のアルバート様を信じています」
そう言われて嬉しく思うと同時に、アルバートの脳裏には未来の出来事が過っていた。
果たして、ベアトリスはこの事を話した後でも同じ気持ちでいてくれるだろうか……?
アルバートは一気に不安な気持ちに陥る。
「ベアトリス……」
アルバートは抱き締める力を緩めると、そっとベアトリスの顔が見える距離まで顔を離した。
「はい。何でしょう?」
答えたベアトリスは、アルバートの表情が曇っていることに気付く。その様子に、急にどうされたのかしら? と、ベアトリスまで不安になった。
「……リリアンの件が片付いたら、信頼を取り戻したら話すと言っていたあの話を、君にさせて貰えるだろうか?」
その言葉に、少し前に聞いた約束の件に違いないとベアトリスは記憶を結び付けた。
「えぇ。勿論ですわ」
「その話を聞いて、ベアトリスが私を嫌いになったら、その時は……正直に教えて欲しいんだ」
「え?」
アルバート様はどうして、そんなことを仰るの? どうしてそんなに悲しそうな顔をされるの?
アルバートがずっと胸に秘めてきた話とは、一体何なのか? ベアトリスの胸の鼓動は恋によって浮かれたドキドキから不安からくるドキドキへと変わっていた。
その時、ガタンと馬車が大きく揺れて止まった。いつの間にか、馬車は王城の前に辿り着いていた。
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【おまけ】
「ところで、どうして私に膝枕をしようと思ったんだ?」
馬車を降りてすぐ、アルバートはベアトリスに問い掛けた。「それは……」と口にして、答えようとしたベアトリスの頬が色づいていく。
その様子に、変なことを聞いてしまっただろうか? とアルバートが不安になり始めた頃、ベアトリスが話し始めた。
「……以前、肩をお貸しした時、アルバート様のお顔があまりに近くてドキドキしてしまい、その間は他のことが何も考えられなかったから……ですわ」
つまり、アルバートの顔が近い位置にあると平静ではいられないほど、ベアトリスはアルバートに想いを寄せているということだ。
婚約者の可愛らしい理由に、アルバートは胸がくすぐったい気持ちになる。
今度仮眠を取るときは、ベアトリスの膝ではなく肩が良いな、と思ったアルバートだった。




