79 カモイズ伯爵夫妻の頼み
アルバートは国王と話をした後も、相変わらずフランクに禁書を探してもらっていた。王立図書館の方は司書の助けもあって、関連資料や文献に大方目を通し終えたらしい。今は王城図書館でアルバートがまだ目を通していない禁書を当たってもらっている。
だが、これといって情報を見付けられないまま、時が過ぎて行く。
あれから、アルバートはリリアンの尋問担当騎士に“ゲーム”について聞き出すよう頼んでいた。その結果、少しずつではあるが、リリアンは騎士の質問に答えているようで、ゲームに関する証言がポツポツと報告書で上がってくる。
それによると、リリアンが言うゲームとやらは、攻略対象者と呼ばれる登場人物との恋愛を楽しむ娯楽品らしい。
攻略対象者は私の他にフランク、トレヴァー、マキシミリアンの生徒会メンバーに加えて、エルバートも含まれていたという。
そこから推察するに、リリアンはアルバートを攻略対象として選んだとアルバートは考えていた。だが、他の生徒会メンバーやエルバートが選ばれていた場合でも、物語の大きなイベントとして、アルバートとベアトリスの婚約解消は必須だという。
ゲームの中のベアトリスは、リリアンに嫌がらせを行う悪女の立ち位置だったそうだ。
ゲームではリリアンが誰を攻略対象に選ぼうと、ベアトリスには悪女として非難を浴びる展開が待っているらしい。
アルバートが見てきた未来とは、違う結末が訪れる可能性も存在すると分かったが、何故かどの未来でもベアトリスは悪女として扱われるようだ。
何故ベアトリスなんだ?
何故、彼女が悪女として扱われる?
ベアトリスという名を持つ彼女は寧ろ周囲を幸せにする人の筈だ。
今の状況がゲーム内の出来事として存在するのか、それともゲームの内容はもう終了しているのか、はたまたゲームの内容からは逸れた未来を歩んでいるのか、アルバートには何一つ分からない。
つまり、ベアトリスを危険から守るためには、まだまだ気が抜けないということだった。
リリアンの一件は、尋問に時間が掛かってしまったこともあり、長引いてしまっている。ベアトリスを守るためにも、リリアンの件を早く解決しなければならないとアルバートは考えていた。
アルバートの執務室にノックの音が響く。入室を許可すると、使用人がカモイズ伯爵夫妻の到着を知らせてくれた。
アルバートはリリアンのことを伝えるため、カモイズ伯爵夫妻を王城へ招いていたのだ。
知らせを受けてアルバートは応接室へ向かう。ソファーで待っていた伯爵夫妻に形式的な挨拶を済ませると、早速本題に入ろうとした。だがその前に、国民には一部公表しない内容も話に含まれているため、ここでの会話を他言しないよう、それぞれ誓約書にサインを貰った。
それからはアルバートの話が進むにつれて、伯爵夫人が顔を青くした。伯爵も困惑の表情を浮かべて、アルバートの話を聞いていた。
「以上が、尋問で明らかになった事実です」
アルバートがそう纏める頃には、カモイズ伯爵夫妻は視線を落として口を閉ざしていた。
「……お二人はリリアン嬢をとても大切に思われている。故に、未だ彼女を除籍されていないのだと判断しました。話を聞いて気が変わったのであれば、早急に彼女を除籍するための手続きに移って頂きたい」
アルバートが言い終えると、部屋の中はシーンと静まり返った。そんな中、カモイズ伯爵夫人が小さく呟く。
「……信じられません。わたくしは、……信じたくありません」
伯爵が夫人の名前を呟いて、その肩を引き寄せる。
「あの子は……私たち夫婦が長年望んで、漸く授かった子なのです」
「はい。父からそのように聞きました」
「何にも変えがたい、宝物なんだ……」
呟いた伯爵の表情が悲しみを纏って歪み、じわりとその目尻に涙が滲む。
「……」
「その子が、もうずっと前から別人と入れ替わっていただなんて……」
夫人が今にも泣き出しそうなほど目を赤くした。
「…………いや、思えば気付くきっかけは何度かあった。だが、私たちは娘とどう接して良いか分からず、忙しさを理由に目を逸らしたんだ」
伯爵が俯いていた顔を上げる。
「今回のことは私たちにも責任がある。だが、それを理由に領民に不安な思いをさせる訳にはいかない」
そうして夫妻は顔を見合せた。夫人が涙を浮かべて頷くと、伯爵はアルバートに向き直る。
「アルバート王太子殿下、私たちは娘のリリアンをカモイズ伯爵家から除籍します」
カモイズ伯爵の言葉に、アルバートは一つの家が取り潰しにならずに済むことにホッとした。
「そうか。では除籍の手続きを──」
「その前に、一つお願いがあります」
伯爵の真剣な表情に、アルバートも緩めていた表情を戻して応対する。
「何だ?」
「娘に、リリアンに会わせていただきたい」
「え? いや、それは……」
まさかそんなお願いをされるとは思っておらず、アルバートは言葉に詰まった。すると、カモイズ伯爵が「この通りです」と懇願し、夫妻揃って頭を下げる。
「これは妻と相談して決めていました。刑罰がどんな結果になろうと受け入れようと。そして、機会を頂けるのであれば、今までのことを娘に謝ろうと」
「カモイズ伯爵、夫人、とりあえず顔を上げて話をしましょう」
「いいえ。許可していただけるまで、このまま待つつもりです」
頑ななカモイズ伯爵夫妻はそのまま微動だにしない。
アルバートが許可するまで二人は動くつもりがないと分かり、アルバートは少し悩んだ末に二人の願いを聞き入れることにした。




