67 曖昧な言葉に乗せたフランクの気持ち
カモイズ伯爵夫人の話を聞いた日から二日が経過した。
昨日の朝、ベアトリスはアルバートがリリアンの尋問を傍聴することを本人から聞かされていた。そして今朝、学園に到着したベアトリスを珍しくフランクが出迎えた。彼が言うには、アルバートからベアトリスを頼むと伝言があったらしい。それを聞いて、昨日の尋問で何かあったのかしら? と、ベアトリスは心配になる。
アルバートが朝の学園でベアトリスを出迎えなかったのは、ベアトリスが魔女の秘薬で記憶を失ってから初めてのことだった。因みにフランク曰く、アルバートがベアトリスを過保護なまでに傍に置くようになってから初めてのことらしい。
だとすると、余程の何かがあったのかもしれないとベアトリスは考えた。
「フランク様は他に何か聞いていらっしゃいますか?」
「いや、何も」
「そうですか……」
「急用が出来たのかもしれないね」
急用、……だとすると、リリアン様のこと?
「それにしても、ベアトリスと二人きりでこんなに歩くのは久しぶりだね」
考え事をしていたベアトリスは急に話しかけられて、「へっ?」と声を上げた。だけど、直ぐに懐かしい記憶が甦ってきて、ふっと表情を柔らかくする。
「……言われてみれば、そうですわね。幼い頃はお母様たちがお茶をしている間、二人で庭を散歩したり、遊んだりしましたものね」
「私は……あの頃からずっと、ベアトリスとこうして一緒にいられたら良いなと思っていたよ」
「ふふふっ。わたくしもフランク様とずっと仲良しでいられて良かったと思っていますわ」
ベアトリスが微笑んで答える。
フランクが曖昧な言葉に乗せた気持ちに、ベアトリスは気付かない。だから、「それは良かったよ」とフランクも微笑む。
そう、本当に良かった。君が幸せそうに笑ってくれるなら、これほど嬉しいことはないよ。だって、幼なじみと親友の関係を邪魔したくはないからね。
フランクのささやかな想いも願いも、ベアトリスは何も知らないのだった。
◇◇◇◇◇
母親同士の交流がきっかけでベアトリスと会うようになったフランクは、気がついた時には彼女を慕っていた。
いつからか? なんて覚えていない。だが、ベアトリスはフランクの初恋だった。だから、フランクはベアトリスとアルバートを王城のお茶会で初めて引き合わせたあの日、幼なじみが恋に落ちた瞬間を目撃してショックを受けた。
『君がベアトリスか! 君のことはフランクからよく聞いているよ』
アルバートの発言に「え?」と固まったベアトリスはアルバートが笑顔で放った次の言葉で、フランクが今まで見たことがないほど嬉しそうな顔で頬を赤くさせたのだ。
『良く笑う可愛らしい幼なじみの女の子がいると。本当にその通りだね』
『か、かわっ、可愛らしい!?』
ベアトリスがアルバートとフランクを交互に見た。あの時の慌てようをフランクは鮮明に覚えている。あの瞬間、フランクの中で言い表せない感情が膨らんだ。
その後、暫く三人で話したがフランクはその内容を覚えていない。それ程、幼いながらに動揺していた。二人と別れたあと、言い知れぬ気持ちを落ち着かせたくて、一度お茶会の会場を出た。
まさか、その間にベアトリスが騒動に巻き込まれて窮地に陥っていたとは知らず、戻ってきたフランクは会場を離れたことを後悔した。
だが、アルバートがベアトリスに手を差し伸べて彼女を救った。それを知ったとき、ベアトリスのピンチに駆け付けられなかった自分より、アルバートの方が彼女に相応しいとフランクは思った。
だから、フランクはベアトリスの気持ちを尊重することにした。幼なじみと親友が大切だからこそ、二人に上手くいって欲しいと願った。
それから数年が経ち、アルバートがベアトリスを蔑ろにしてリリアンと親しくなった頃、フランクは粘り強くアルバートを注意した。だが、彼は全く聞き入れてくれなかった。そして、周囲がリリアンを慕い、ベアトリスを非難する異様な空気に気付いたフランクは、ベアトリスに寄り添う選択をした。
その後、数日が経過した頃にベアトリスが非難される原因を突き止めたくて、フランクは生徒たちの様子を窺った。そうしている間に、アルバートが突然リリアンを避け、再びベアトリスを大切にするようになった。
理由は分からなかったが、本来の形に戻ってフランクは心底安心した。だが、その後のベアトリスはリリアンによって記憶の秘薬で記憶を奪われた。
フランクはアルバートと共にベアトリスの直ぐ傍にいたにも拘らず、それを防げなかった。そんな自分を無力に思った。数ヵ月分の記憶を失くした彼女と初めて会ったときは、衝動を抑えられずベアトリスを抱き締めてしまった程だ。
それが原因でベアトリスとフランクの噂が立ってしまったわけだが、フランクは内心少し嬉しかった。
だけど、ベアトリスが危険に巻き込まれてしまうのは避けたいところだ。何しろ、フランクは幼なじみとしての範囲でしかベアトリスを助けることが出来ない。幼なじみのフランクでは彼女を守るために手を伸ばせる範囲が狭いのだ。だから、フランクはアルバートに宣言した。
『今度ベアトリスに何かあって、私がアルバートにベアトリスを任せられないと判断したその時は……分かっているよね? アルバート』
フランクが目を細めて、試すような視線をアルバートに送ると、親友は分かりやすく動揺した。
『なっ!? フランク!?』
だが次の瞬間、フランクはいつも通りの笑顔を浮かべる。
『ははっ、何て顔しているんだい。もしもの話さ。アルバートはもうリリアンの魅了も解けた訳だし、そんな心配はいらないだろうからね』
だけど、“冗談”とは言わなかった。親友はそれが引っ掛かったのか、アルバートは複雑そうな顔をしていた。




