65 アルバートの後悔と飛躍した想像
ベアトリスたちがフローレンス孤児院でカモイズ伯爵夫人と会った翌日。リリアンの尋問を担当している騎士はアルバートから受けた指示と、自らも伯爵夫人の話を聞いた者として、今日の尋問に挑もうとしていた。
そして、今日の尋問はリリアンから見えない位置でアルバートも傍聴者として参加することになっていた。
尋問前の看守と騎士の形式的なやり取りを眺めながらアルバートは考える。
カモイズ伯爵夫人やベアトリスが言っていたように、何らかの原因でリリアンの性格が変わったのだとすると、何が彼女を突き動かしたのだろうか?
カモイズ伯爵家の使用人で魔女の秘薬を実験のように試し、学園中の生徒を躊躇わずに巻き込んで生徒たちの心を弄んだ。
そして、ベアトリスを学園で孤立させ、王妃である私の母を暗殺し、ベアトリスに全ての罪を着せて“ラドネラリア王国最悪の悪女”などという呼び名を広めた挙げ句、ベアトリスを────
「うっ!」
アルバートは自分が愚か者だった頃の記憶を思い出して、急な吐き気に襲われた。慌てて口許を覆うと、反対側の手で壁に手をつく。
遠巻きに様子を眺めていたアルバートの護衛が駆け寄ろうとしたのを、アルバートは壁についていた手を離して制止した。
「……っ、はぁっ……」
アルバートは気分が落ち着いてくると、小さく息を付いて顔を上げる。
リリアンは何故あんなに酷いことが出来たのか?
アルバートは長い年月を掛けて良好な関係を築いてきた筈のベアトリスを信じることが出来なかった。それどころか、魔女の秘薬でねじ曲げられたアルバートの心はリリアンを信じた。
だが、心のどこかであの頃のアルバートもベアトリスを大切に思っていた筈だ。そうでなければ、ベアトリスが処刑されて涙を流すなどあり得ないだろう。
何故、私は最悪の事態に陥る前に気付けなかったのか?
何故、私は魔女の秘薬に抗えなかったのか?
それは何もかも、私が未熟だったせいだ。
ベアトリスが隣に居てくれて。嬉しそうに笑い掛けてくれるのが当たり前で。それが心地よくて。それはベアトリスが婚約者だからそう感じるのだと思い込んでいた。だから、ベアトリスを愛おしく思っていた自分の気持ちに気付いていなかった。
そうして彼女を失った私は時が経って魅了の秘薬の効果が薄くなった頃、ようやく違和感に気付いた。
「……」
名前の呼び方も、話し方も、態度も。ベアトリスは婚約解消を申し出る以前とは、よそよそしくなった。
それなのに、フランクには笑顔をみせて話す彼女の姿にモヤモヤした。そこで、初めて自分がベアトリスをどう思っているのか、どう思っていたのかに気付いた。
「……っ」
昨日の馬車の中でもアルバートは似たような考え事をして、『アルバート様? アルバート様?? 聞いていらっしゃいますか?』とベアトリスに心配された。
今までのことを総合して考えると、もう少しで何か掴めそうなのに掴めない。分かりそうで分からない。そんなモヤモヤした気持ちに陥っていた。
騎士の報告書に書かれていた、リリアンの要領を得ない言葉。
ゲーム、ヒロイン、リセット。
最初は、昔も何度かリリアンの口からそんなことを聞いたと思った程度だった。だが、最近の報告では“元の世界に戻りたい”、“あっちの私はとっくに死んでいる”、“時間を巻き戻せたら”なども呟いているらしい。
一見、それらはめちゃくちゃな発言だ。だから一部ではリリアンは頭がおかしくなったと言われている。だが、アルバート自身も不思議な体験をして今ここにいる。
もしも、それが全て冷静なリリアンの言葉だとしたら?
リリアンが“まるで別人になったみたい”と言っていたカモイズ伯爵夫人の言葉は正しいかもしれない。
「いや、まさか、な……」
飛躍した自身の想像にアルバートは苦笑いする。どちらにせよ、リリアンのことは勿論許せない。だが、私自身のことも許せない。許してはいけない。
ベアトリスを傷付けてしまった分、辛い思いをさせてしまった分、私は今度こそベアトリスを守らなくてはいけない。二度と大切な人を失わないために。そして、国民のためにも、あんな未来にしてはいけない。
そのためにも、やはりリリアンの口から真実を聞く必要がある。
アルバートがそんな風に考えていると、尋問担当の騎士が本題に入った。
「カモイズ伯爵令嬢、リリアン・メアリー・フレッチャー。今日は貴女の幼少期について尋ねる。貴女が八歳の頃に王城で開かれたお茶会があっただろう。その翌日に貴女は高熱で倒れた。それ以前の貴女のことを話してもらおう」
いつもとは違う質問にリリアンは一瞬ポカンとした。だけど、一呼吸おいて「ふふふっ」と楽しそうな笑い声を響かせた。




