64 カモイズ伯爵夫人の後悔と懺悔
孤児院を後にしたベアトリスは馬車に揺られながら、カモイズ伯爵夫人の話を思い返していた。
幼い頃のリリアンはよく風邪を引く子で、高熱に魘されて三日寝込むことも珍しくなかったそうだ。そして八歳の頃、ベアトリスが初めてアルバートと出会った王城の茶会に“どうしても行きたい”と我が儘を言ったという。その頃のリリアンが我が儘を言うのは珍しかったらしく、伯爵夫妻は娘の願いを叶えるため色々手配したそうだ。
そうして無事お茶会に参加したリリアンは翌日に熱を出して倒れた。
『いつもより熱が高くて、お医者様からは“覚悟した方がいい”と言われました。わたくしは動揺して、気が気ではなくて。……お茶会に行かせるために、あの子の体に無理をさせてしまったと、毎日自分を責めました』
そして、倒れてから三日目にリリアンは目覚めた。一度は命の危機に瀕していたこともあり、夫人はリリアンが目覚めたことをとても喜んだそうだ。だが、その日から夫人は彼女に対して少しずつ違和感を覚えるようになったという。
『どう言えばよいのか……。声も姿もあの子だけれど、話し方や動作、立ち振舞いが変わってしまったの。作法に関しては淑女教育を受けさせる前より酷かったから、新しく講師を呼んでもう一度一から教育させましたわ。他にも、時折あの子が浮かべる表情が大人びて見えて、最初は成長したのだと喜んだけれど、その反面で我が儘を言うことも増えていて。……あの子が、まるで別人になったみたいな気がして、少し怖いくらいでしたわ』
目覚めてからのリリアンが風邪を引くことが減ったことだけは、唯一嬉しかったことだという夫人。
『でも、歳を重ねるにつれて、あの子が何を考えているか益々分からなくて。……わたくしはいつの間にか、あの子と向き合うことが怖くなってしまったの』
そう言った夫人の表情は段々険しくなっていった。
『あの時、わたくしがちゃんと向き合わなかったから、あの子は魔女の秘薬に手を出してしまった。……もっとリリアンと話しをしていれば違ったかもしれないのに。……今のわたくしがフローレンス孤児院に通うのは、その贖罪でもあるのよ』
カモイズ伯爵夫人は、リリアン様と向き合うことをやめたことを後悔されていた。そういった理由で孤児院の子どもたちと向き合っていらっしゃったとは思わなかったわ。
一見、完璧だと思っていたカモイズ伯爵夫人に、そんな悩みがあったことをベアトリスは意外に感じた。
「リリアン様が昔は病弱だったなんて、初めて知りましたわ」
ベアトリスとアルバートの向かいに座るケイティが、馬車に充満していた重苦しい空気の中、最初に沈黙を破った。
行きはケイティとジェマには別の馬車に乗ってもらっていたが、帰り道の間にケイティたちが感じたことを教えてもらうため、四人は同じ馬車で膝を付き合わせていた。
「わたくしもですわ。一年生の後半から仲良くさせて頂いていましたのに。およそ一年半、ずっと一緒に過ごしてきましたけれど、リリアン様は昔の話は一切されませんでしたものね」
ジェマがケイティを見ると、彼女は同意するように頷いた。
『言うべきか迷いましたが……あの子がお茶会に行きたがったのは、ベアトリス様に会いたい一心でしたのよ』
帰り際、カモイズ伯爵夫人はベアトリスにそう告げた。それを聞いてベアトリスは思い出した。お茶会のあの日、緊張しながら話しかけてきてくれた一人の少女が居たことを。
あの頃のリリアン様が会いたいと願うほどわたくしに憧れを抱いていただなんて、信じられませんわ。今ではすっかり嫌われておりますのに。
……一体、どういう心境の変化があったのかしら?
「まるで別人に……確かに。そうかもしれませんわ」
カモイズ伯爵夫人の言葉を反芻してベアトリスが呟くと、隣に座るアルバートが彼女の顔を覗き込む。
「ベアトリス、どうかしたか?」
「カモイズ伯爵夫人が仰っていた、幼い頃に開かれた王城のお茶会で、わたくしがリリアン様から声をかけられていたことを思い出しましたの」
あの当時はアルバートのことで頭が一杯で、ベアトリスはリリアンと話したことをすっかり忘れていた。
「あら、ベアトリス様もですか? 実はわたくしもあの時、リリアン様とご挨拶しましたわ」
「ケイティ様も?」
「はい。まだ幼かったとはいえ、リリアン様は今と印象が違うような気がしました」
「わたくしもそう思いましたわ」
ケイティとベアトリスが同意する中、アルバートは顎に手を当てて昔の記憶を辿る。
「私はその頃の彼女と直接話した記憶がないから、よく分からないな」
「……わたくしに至っては、そのお茶会に招かれておりませんので、何も分かりません」
アルバートに続いて、ジェマが居心地悪そうにそう口にした。あのお茶会は招待客の多さなどから高位貴族に絞られていた。子爵令嬢であるジェマは外されていたのだ。
話題に置いていかれてるような疎外感を感じたのか、ジェマは肩を落とした。再び馬車に微妙な空気が漂う。
「そ、それは、……何と言うか、すまなかった」
アルバートに非はないのだが、空気に耐えきれずに謝った。
段々話が脱線していることに気付いたベアトリスは「とにかく」と話題を戻す。
「あのお茶会の後、恐らくリリアン様に何かあったのだと思いますわ。わたくしたちはともかく、同じ邸で彼女と過ごしていたカモイズ伯爵夫人の母親としての勘は侮れないと思いますの」
ケイティが「わたくしもそう思いますわ」と頷く。
「些細なことかもしれないが、熱で倒れる前とその後で彼女の性格が変わったのであれば、何かきっかけがあった筈だ。尋問担当の騎士には、リリアンの幼い頃の話にも触れるように伝えよう。反応があれば何かの手がかりになる可能性も考えられる」
その後も四人は王城に到着するまで、カモイズ伯爵夫人との会話で得た内容を振り返りながら議論を続けた。




