60 いつかのエピソード~断頭台の上の愛しい人~
動けないほど衰弱したベアトリスは両脇を抱えられながら、処刑場へ連れて行かれた。
場所は普段、街の憩いの場となっている大きな広場だった。そこに貴族や平民など、身分を問わず多くの人々が集まっていた。そして、ベアトリスを“ラドネラリア王国最悪の悪女”と口々に罵る声が飛び交っている。
連れられている間、ベアトリスはなけなしの思考をかき集めて考えていた。ベアトリスは尋問で自身の不利になるような発言を一切していない。そのため、大した情報は得られていない筈だった。
それなのに、なぜ短期間でベアトリスは処刑されることになったのか? その疑問はベアトリスの罪状が読み上げられたことで明らかとなった。
「リュセラーデ侯爵令嬢、ベアトリス・スコット・プラックローズ!! そなたの罪状を読み上げる! 第一に嫉妬に駆られてアルバート王太子殿下の婚約者であるリリアン嬢に危害を加えた罪! 第二にリュセラーデ侯爵家の使用人であるマリーナに命じ、最後までベアトリス嬢を信じ擁護されていた王妃様を二日前に暗殺した罪!」
ベアトリスは掠れた声で「え……?」と発すると、時が止まった感覚に陥っていた。
マリーナが、……王妃様を暗殺?
信じられなくて、ベアトリスは自身の耳を疑う。勿論、ベアトリスはマリーナにそんな命令はしていない。
きっと何かの間違いだわ!
そう思うのに、無情にもベアトリスは罪状の続きを耳にする。
「以上の二点により、リュセラーデ侯爵令嬢、ベアトリスの公開処刑を執り行う! 尚、国外逃亡の恐れが高いと判断し、先ほどリュセラーデ侯爵夫妻並びに、王妃様暗殺の実行犯である子爵令嬢マリーナの処刑は速やかに完了済みである!!」
「なっ!?」
ベアトリスの体を雷に打たれたかのような衝撃が走る。
「……う……そ、……嘘よ……っ!!」
大切な家族と侍女が先に処刑されていた。その事実をベアトリスは受け入れられなかった。
せめてもの救いは母の実家がある隣国へ弟が留学していたことだろう。だが、事件発生から処刑までの期間があまりに短すぎる。本来はしっかり取り調べを行い、証拠を集めて容疑を固めてから実行するものだ。これは冤罪を生まないため、そして本当の犯罪者を野放しにしないための措置である。それにリュセラーデ侯爵夫人は隣国の元公爵令嬢だ。
このやり方では隣国の怒りを買うのが目に見えている。良好な関係を保ってきた両国の信頼を失う行いだった。
なんと愚かな! 国王陛下もアルバート王太子殿下もそれらの事情を理解されている筈ですわよね? だとすると、それほど王妃様を殺された恨みが大きかったということ!?
僅かに残った力でベアトリスは周囲に視線を向けた。そして王族の席に座る国王陛下とアルバート、それからリリアンを見付ける。
ティルダとエルバートの姿が見えないことから、この場にいないらしい。彼らに公開処刑を見せるのはまだ厳しいと判断してのことだろう。
二人がベアトリスをどう思っているのかは気になるところだったが、ベアトリスが母親殺しの首謀者と聞かされたなら、恨んでいるに違いない。
国王とアルバートは今までに見たことがないほど、キツく恨みの籠った視線をベアトリスに向けていた。そして、アルバートの隣に座るリリアンは悲しそうに顔を俯かせている。
だが、断頭台で膝を付くベアトリスには彼女の口許がニィッと下品に弧を描いているのが見えた。
「!」
…………まさか!?
ベアトリスの脳裏に今までの出来事が甦ってくる。何もしていないベアトリスがリリアンへ嫌がらせしていることになっていること。周囲の人間がリリアンを擁護すること。そして、婚約者だったアルバートがベアトリスから離れてしまったこと。
誰も人の心を操ることは出来ない。だが、魔女の秘薬シリーズを使用したと仮定するなら、あり得ない話ではない。
そう。……全て貴女が仕組んだのね。
ベアトリスはリリアンを睨み付ける。周囲は「ベアトリスを処刑しろ!」「王妃様を返せ!!」「悪女に天罰を!!」といった声で溢れ返っていた。
“悪女に天罰を”……か。
ふふふっ。そうね。
ベアトリスは自嘲気味に笑う。
わたくしの人生はここまでなのでしょう。だけど、いつかきっと、そこにいる本当の悪女に天罰が訪れるに違いないわ。
だって、大勢の人々を巻き込んでわたくしを陥れるだけでは物足りず、わたくしの家族や使用人、そして王妃様の命を奪った張本人ですもの。そんな人が王太子妃、ましてや王妃になったら国民が可哀想ですわ。
国王が合図を送る。すると「時間だ」と呟いた騎士がベアトリスの頭を断頭台に固定した。
「ベアトリス! ベアトリス!!」
ベアトリスの死を望む声の中に紛れて、必死に名前を呼ぶ声がベアトリスの耳に届いた。
顔を上げてベアトリスが声の主を確認すると、人々の間を掻き分けて近付いてくる一人の青年がいた。
「フランク、様……」
罪人として刑が執行されようとしているベアトリスの名前を、幼なじみが泣き叫んで呼んでいる。
この世界で貴方だけでもわたくしの死を哀しんでくれるのなら、それはとても嬉しいことだわ。
「ありがとう」
ベアトリスはフランクの瞳を見て、そう口にした。ベアトリスの声は届かなかったが、フランクはそれを見逃さず目に焼き付けた。
国王の合図で刃を固定していたロープが剣で断ちきられる。
ラドネラリア王国最悪の悪女。その処刑の瞬間に人々は喜びに沸いた。その中に一人だけ地面に膝を突き、絶望する男がいた。
そして、王族の席でその瞬間を見届けていた男もまた他とは違う反応を見せていた。それは無意識の悲しみだった。
ポタリ、ポタリ。大粒の涙が頬を伝って、次々に滑り落ちていく。
「アルバート様? ……どうされたのですか?」
「……え?」
リリアンが心配そうにアルバートの顔を覗き込む。
「泣いていらっしゃるから心配ですわ」
眉をハの字に寄せて顔を歪めるリリアン。彼女に指摘されて、アルバートは初めて自分が泣いていることに気付いた。
「ははっ、本当だ……」
本来なら悪女が処刑されて嬉しい瞬間の筈だ。それなのに、ベアトリスを王家が管理する収容施設に入れてからというもの、言葉に出来ない罪悪感や後悔がアルバートの胸をキツく締め付けた。
罪人とはいえ、一度は自分の大切な婚約者だった相手だ。そんなベアトリスが不自由を感じないよう、“くれぐれも丁寧に扱い、接するように”と看守に伝え、尋問担当の騎士にも“尋問は根を詰めすぎず、ほどほどに”と伝えていた。
その翌日に王妃が暗殺されたことで、アルバートは忙しくてベアトリスの様子や尋問がどうなっているかを確認する暇がなかった。
……私は、何故あそこまでベアトリスを気にかけたのだろうか? 元婚約者という理由だけで、何故あんなに気を遣う必要があったんだ? 新しい婚約者のリリアンがベアトリスの嫌がらせで酷い目にあったのだから、放っておけば良かった筈だ。
リリアンがベアトリスから嫌がらせを受けて「辛い」と毎日溢していたから、夜会でベアトリスを断罪し、連行することにした。処刑だって母を暗殺された上に、悲しそうにリリアンが腕の中で泣くから、ベアトリスを許せなくて自ら望んで最速で手続きを進めた筈だ。
それなのに……何故こんなに苦しい? 何故こんなに悲しい?
母を暗殺するように指示した相手だ。それなのに、どうして彼女の笑顔ばかりが頭を過ぎるのだろうか。
アルバートの涙は止まることなく溢れ続ける。疑念のような疑問のような、なんとも言えない違和感を纏ったモヤモヤがアルバートの頭を混乱させた。
「可哀想なアルバート様。王妃様を暗殺した実行犯も首謀者も処刑されて、全て終わりましたわ。きっと、色々なことが一気に起こったから、ずっと気を張り詰めていらっしゃったのね」
そう言うと、リリアンはぎゅっとアルバートを抱き締めた。
「わたくしがずっとアルバート様の傍におりますわ。だから安心してください」
「あ、あぁ。……ありがとう」
「さぁ、まずは深呼吸ですわ」
アルバートは婚約者の言葉に甘えて彼女の肩を借りた。すぅっと大きく息を吸って吐いて、それを繰り返しているうちに、彼女が纏う控えめな甘い香りで心が満たされていく。
不思議なことにアルバートの中でリリアンへの気持ちが溢れて、感じていた違和感や苦しさ、悲しみが和らいで涙も引っ込んだ。
アルバートが魅了の秘薬によって、紛い物の想いに染まる中、邪魔者が消えて喜ぶリリアンの顔は誰の目にも留まることはなかった。




