57 乙女ゲームと彼女のこと
愛依が凛々亜とゲームに詳しそうだったので、リリアンは病室に迎え入れた。何より出会った直後の印象からして、彼女は思ったことをなんでも口にしてくれそうだと感じた。その為、知りたいことを質問したら何でも話してくれるかもしれない、と考えてのことだった。
二人でベッドの縁に並んで腰かけて、リリアンは早速、愛依に質問する。
「記憶を失う前のわたくしは貴女から見てどんな人だったかしら?」
リリアンは真面目に尋ねたつもりだ。だが、愛依は「ふははっ!」とお腹に手を当てて笑う。
「“わたくし”って。凛々亜ちゃんの話し方、どこかのお姫様みたい」
「え? そ、そんなに笑わなくてもっ!」
一瞬、ムキになって言い返したリリアンだったが、これまでの母親と担当医の反応を思い出して冷静になる。
「……そんなに可笑しいかしら?」
「可笑しいと言えば可笑しいけれど、それよりも慣れないっていうのが大きいかな? 大体の人は自分のことを“私”って言うし、前の凛々亜ちゃんもそうだったからね」
なるほど。と思いながらも、リリアンは幼い頃から口癖のように繰り返してきた言葉をすぐ直せる自信がなかった。
「それじゃあ、貴女もそうなの? ……その、“わたくし”ではなくて、“私”という言葉を使っているの?」
「うん。そうだよ。あと、私のことは愛依でいいよ」
「じゃあ、愛依様」
「あははっ、“様”はいらないよ~!」
再びお腹を抱えて笑われてしまい、リリアンは「えっ」と声を漏らす。
「じゃあ、愛依……さん?」
「“愛依”って呼び捨てでいいよ。前の凛々亜ちゃんはそう呼んでくれてたし」
リリアンは使用人以外の人を呼び捨てにしたことがない。愛依が凛々亜のことを“入院仲間で、ゲーム仲間”と言っていたことから察するに、凛々亜と愛依は友人のような関係だとリリアンは考えていた。リリアンの世界では愛称で名前を呼ぶこともあるが、余程のことがない限り友人同士でも名前のあとには“様”を付けて呼びあっている。
凛々亜がそう呼んでいたということは、彼女たちは親友だったのかしら?
「あ、愛依……」
リリアンが試しに呼んでみると、愛依が嬉しそうに笑った。
「なんか、照れてる凛々亜ちゃんは初めて見たから、変な感じ」
「そ、そうなのですか?」
「話し方も今と違ってさっぱりしてたからね」
愛依から聞く凛々亜はリリアンとはまるで性格も違っているようだ。
「私たちって、親友でしたの?」
「うーん、どうだろうね。でも、少なくとも私は凛々亜ちゃんのこと友だちだと思ってたよ」
愛依の歯切れは悪かったものの、彼女と話していくうちに話題はゲームの話になり、どうやら愛依も乙女ゲームの『カレラブ』が大好きだということが分かった。熱の籠ったトークで愛依は何も知らないリリアンに『カレラブ』の説明を続けた。
「それでね! 全キャラを攻略したあとに、二周目以降の攻略を開始すると、裏ルートが開かれてエンディングのあとに続きのエピソードが現れるんだって!」
「攻略……裏ルート、エンディング……」
愛依が語るゲームの話はリリアンにとって初めてのことばかりで情報量が多かった。リリアンがそれを頭で処理しきれないでいると、そのことに気付いた愛依が「兎に角!」と声を張り上げる。
「凛々亜はこの前、エルバートルートをエンディングまで攻略して、“全キャラ攻略出来た!”って言ってたから、今はアルバートルートの二周目をプレイしている筈だよ」
「と言うことは、裏ルートに?」
「うん。私はまだエルバートルートで苦戦してるから、凛々亜ちゃんが羨ましくて。魅了の秘薬を使いながら攻略してるけど、イベントが発生しちゃうとエルバートより好感度が上がるキャラがいるから大変で。その子たちは記憶の秘薬で魅了の数値を下げて調整しないとダメだから、魅了の秘薬と記憶の秘薬がもうすぐ無くなりそうなんだよね~」
「……魅了の秘薬と記憶の秘薬」
リリアンは呟くと、ゲーム内課金で手に入るアイテムだと分かった。だけど、二つの秘薬の存在はリリアン自身も耳にしたことがある。
……確か、魅了の秘薬と記憶の秘薬は魔女の秘薬シリーズでしたわよね? 家庭教師の先生が“危険だから魔女の秘薬に関わってはいけない”と仰っていたわ。
「その二つの秘薬って、魔女の秘薬シリーズですわよね?」
確かめるようにリリアンが尋ねると愛依は「え?」と首をかしげた。
「魔女の秘薬シリーズ? なにそれ? 『カレラブ』にそんな設定あった?」
「え……?」
愛依は確かに“魅了の秘薬”と“記憶の秘薬”と言った。リリアンがいた世界では、どちらも魔女の秘薬の一種で製造と販売が禁止されている代物だ。
幼いリリアンですら魔女の秘薬シリーズが危険であることは家庭教師から教わっている。にも拘らず、この世界では魔女の秘薬シリーズが危険だという認識どころか、“魔女の秘薬”という概念すらないようだ。その為なのか、愛依は躊躇いもなくゲームで秘薬を使用しているらしい。
どういうことかしら?
自身の持ち合わせている知識とのズレに、リリアンは眉を潜める。だけど、愛依はあっけらかんと笑った。
「もう、凛々亜ちゃんが急に可笑しなこと言うからビックリしちゃったじゃん!」
「え? ご、ごめんなさい……」
「だから謝らなくて良いって! それより、凛々亜ちゃんのアルバートルート! 何処まで進んだか見せて?」
キラキラした瞳で尋ねてくる愛依。明るく元気に振る舞うその姿はとても病気持ちには見えない。だが、点滴に繋がれた彼女の唇の色からして、体調はあまり良くないのかもしれないと、リリアンは予測していた。
「良いですけれど、わたく……私、操作方法を覚えていませんわ……」
「簡単だから大丈夫! それに、分からないなら私が教えてあげる。あっ! でも意外とミニゲームは難しいから頑張ってね」
そう言った愛依に背中を押されて、リリアンはとりあえず凛々亜のゲーム機を手に持つ。
「まずは電源ボタンを押して、画面を点けて」
愛依の言葉を耳にした凛々亜の手が自然と電源ボタンの位置に添えられる。それは、凛々亜が繰り返し動作して身体に刻まれた、身体の記憶が教えてくれたものだ。だから、ここを押せば良いのだとリリアンは何となくで理解する。だけど、ボタンを押しても何の変化もない。
「……? 点きませんわね?」
「あ、凛々亜ちゃんずっと寝込んでいたから、もしかすると充電が無いのかも」
そう言った愛依の指示でリリアンは充電ケーブルを探し、ゲーム機に繋いだ。暫くして電源ボタンを押すと、今度は画面が明るくなってゲームのオープニング映像が流れる。
「つ、点いた! 愛依!! 点きましたわ!!」
リリアンは初めて見る光景に興奮した。
「ふふっ。当たり前だよ~。ほら、Aボタンでスキップして“続きから”を選んで」
愛依の指示通りにボタンを押して操作すると、“はじめから”と“続きから”の選択肢が表示される。リリアンは指示通り“続きから”を選択した。すると、二つの項目が現れる。
「おっ、一つ目のセーブデータはアルバートルートのエンディング目前だね!」
今度は愛依が興奮気味に呟いた。どうやら、ゲームのプレイ記録が二つあるらしい。
凛々亜の身体に少し慣れてきたリリアンは、愛依から指示された言葉を思い浮かべると、凛々亜の脳内に知識として記憶されていれば、知らないことでも頭にイメージがぼんやり浮かんで、何となく分かることに気付き始めていた。
「二つ目のセーブデータは、プロローグ終わりだね。凛々亜ちゃん、もしかしてアルバートの他にも誰か攻略しようとしてた?」
そう尋ねられるが、残念ながらリリアンには分からない。
「ごめんなさい。私、覚えてなくて……」
「あ、そうだった。私こそごめんね」
苦笑いした愛依はサッと表情を切り替える。
「折角だし、ちょっと覗いてみようよ! そしたら凛々亜ちゃんも何か思い出すかも!!」
何となく、その提案は建前で愛依は早くエンディングの続きを見たいのだろうと、幼いリリアンにも理解できた。だけど、それはリリアンも同じだった。何しろこのゲームは自分がいた世界が舞台になっているのだから気になってしょうがない。
だからリリアンは頷いて、一つ目のセーブデータを選択した。




