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婚約解消寸前まで冷えきっていた王太子殿下の様子がおかしいです!  作者: 大月 津美姫
4章

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55 高熱に魘されたその後の診断結果と戸惑い

「舞原さん、もう楽にして大丈夫ですよ」


 リリアンが“凛々亜(りりあ)”として目覚めてから三日目。凛々亜の身体は一週間も意識不明の状態で眠っていたが、この頃にはゆっくり歩ける程に回復し、この日は主治医と名乗る医師の診察を受けていた。

 凛々亜は熱も下がったことから、肺炎の症状は快方に向かっていると告げられた。そして、今は様々な検査を受けさせられた検査結果の説明を凛々亜の母親と名乗る女性と共に受けている。


 リリアンがこの世界で目覚めたとき、初めて目にした女性は彼女の母親だったのだ。


「本当ですか!?」


 主治医の説明を聞いた母親が目を見開き、嬉しさと驚きが入り交じった声で聞き返した。

 主治医の話は専門的な言葉が多くて、リリアンには内容の殆どが分からなかった。だが、主治医と母親の表情を見るに、良い内容であることだけは分かった。


「はい。数値も安定しています。それどころか、肺炎にかかる前より良くなっていますよ。まだ検査を重ねて様子を見る必要はありますが、この調子で回復していけば、舞原さんは三、四週間で退院出来そうです」

「っ!! ありがとうございますっ! ありがとうございます!! 先生!!」


 母親は涙ぐみながらお礼を言うと、凛々亜の肩をそっと抱き寄せた。


「良かったわね! 凛々亜!!」

「えぇ! じゃなくて、はい! お母さ、ん!」


 “お母様”と言いそうになったリリアンはギリギリのところで訂正する。だが、そんな彼女の様子に母親と主治医の顔が少し曇った。


 わたくし、変な発言をしてしまったかしら??


 二人の様子に戸惑い、不安に思うリリアンを余所に母親と主治医は顔を見合わせる。


「先生、この子の記憶は戻らないのでしょうか?」

「それはまだなんとも言えません。高熱で寝込んでいたことが原因だとは思いますが、検査結果では脳に異常は見られませんでした。一先ず病気が隠れているといったことはないと思います」


 どうやら発言した内容というよりも、リリアンに凛々亜の記憶がないことが問題視されているようだ。そのことに気付いて、リリアンは内心ホッとする。


「ですが、話し方も以前とは違っていて、性格まで変わってしまったみたいで……心配です」


 その言葉にリリアンはギクッと小さく肩を揺らした。


 それはわたくしが凛々亜ではなく、リリアンだからですわね……


 貴族令嬢として生まれ、育てられて生きてきたリリアンにとって、この世界の話し方にはまだ慣れなかった。何より文化の違いも大きい。


 病室の中には“テレビ”と呼ばれる、人が写し出される摩訶不思議な物があったりして、見慣れない物だらけだ。おまけに、昨日まで凛々亜の身体は良く分からない機械にずっと繋がれていた。

 その機械をジッと眺めていると世話をしてくれる女性が入ってきたので、「これは何かしら?」と尋ねると、「簡単に言えば健康状態を教えてくれる機械ですよ」と教えられた。


 その他にも室内の内装や部屋に置かれている家具はラドネラリア王国の物とは全く異なっていて、落ち着かなかった。


 凛々亜の容姿もそうだ。髪も瞳の色も漆黒のような黒色で、リリアンの見慣れたブラウンの髪と瞳の色とは雰囲気も違う。だが、こちらの世界では髪と瞳の色が黒いのは凛々亜に限ったことではないらしい。ここにいる人たちは一般的に黒い髪と黒い瞳の色をした人が多かった。

 おまけに凛々亜の髪は驚くほど短かったが、髪の毛が短いのは投薬治療の副作用らしい。


 短い期間でそれを知ったリリアンは、この身体の持ち主はそれなりに辛い闘病生活を送っていたのかもしれない、と考えていた。


 因みに、食事も目覚めた初日から食べたことがない、白色のとろっとしたスープが出された。食事を運んでくれた女性に「これは何と言う料理かしら?」と尋ねると、『重湯ですよ』とにこやかに告げられた。

 重湯って何ですの? と、更に疑問に思っていると女性がリリアンに付け足す。


『舞原さんは長い時間眠っていて、目覚めたばかりですから、最初の食事は胃に負担が掛からない固形物が無いものになります。ですが、明日からはちゃんとしたお粥を出せると思いますよ』


 そう言って彼女は去って行った。


 この世界は分からないことが多すぎる。だがリリアンは何故か、この世界の文字を読むことが出来た。ラドネラリア王国の文字とは全く違う、初めて見る言語にも拘わらず、リリアンは文字を目にするとスラスラと読めるし、聞くことも話すことも出来るのだ。


 それは記憶ではなく、元の身体の持ち主である凛々亜が理解していたから知識として頭に入っているのだが、まだ実年齢が幼いリリアンがそれに気付くことはない。


 文字の読み書きが出来て、話すことも出来るお陰で日常生活に殆ど支障がないと医者からは判断された。リリアンに凛々亜の記憶がないことや、以前までと話し方が違うことの全ては“記憶障害”として片付けられている。


「とりあえず、今は様子を見ましょう。一時的に記憶喪失になる事例もありますから、時間が経てば解決するかもしれません」


 凛々亜の主治医はそう告げて診察を終了した。


「先生、ありがとうございました。それでは失礼致しますわ」


 リリアンは立ち上がると、カーテシーを披露する。

 入院着のため、ドレスとは違い綺麗に出来なかったが、リリアンが顔を上げると目の前の主治医も隣の母親も固まっていた。


「……え? ……あ、あの、何か変だったでしょうか?」


 二人の反応に困って躊躇いがちに尋ねると、凛々亜の母親が漸く口を開く。


「凛々亜、そんなのどこで覚えたの? もしかして、貴女が最近ずっとやっていたゲームで??」


 リリアンは「えっ? どこでって?」と戸惑う。


 挨拶するときの基本ではないのかしら?


 そう思っていると、主治医が「はははっ!」と笑う。


「人を笑わせられるほど舞原さんが元気になって良かったです」


 リリアンは笑わせるどころか、いつも通り真面目にやったつもりだった。

 どうやらこの世界でカーテシーはしない方が良いらしい。とリリアンは一つ学んだ。

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