50 檻の中のリリアン
リリアンが罪人として捉えられて一週間が経過した頃のこと。彼女は騎士によって連行されたその日から、王家が管理する罪人の収容施設に勾留されていた。
「どうしてわたくしがこんなところに押し込められなければなりませんの!? 納得できませんわっ!!」
薄暗い収容施設の檻の中は、とても若い貴族令嬢が入る場所とは思えない環境だ。それもその筈で、ここは比較的刑罰が重くなると予想されている貴族の罪人や、王族または貴族絡みの重大な事件に関与した罪人が入れられる檻だった。
リリアンの場合、違法とされている魔女の秘薬の所持と数多の人々へその秘薬を使用したこと。そして、王太子とその婚約者に魔女の秘薬を使用し、婚約者とその護衛騎士を含めた三人に危害を加える、または加えるように先導した罪に問われていた。
王族へ危害を加えた者は一先ずこの施設に収容される決まりだ。未成年者や容疑が軽い者は、施設の中でも環境が整った牢獄へ入れられることになっている。だが、リリアンは初犯にして言い逃れが出来ない数の罪に問われていた。そのため、未成年にも拘わらずこの収容施設の中で最も厳しい環境の檻へ連行されたというわけである。
「このゲームのヒロインはわたくしなのよ!!」
「ここはゲームの世界なのだから、リセットぐらいできるでしょう!?」
「わたくしはこの世界で幸せになる運命なのよっ!」
勾留された直後のリリアンはそうやって、檻の中から見張り役の騎士たちに何度も訴えていた。
だが、三日も経つと少しずつ気力を削がれていったらしい。一週間が経つ頃にはリリアンが喚くことも減った。そのため、頃合いを見て騎士が尋問を行おうとしたが、それでもリリアンはまだ要領を得ない発言を繰り返していた。
「カモイズ伯爵令嬢、リリアン・メアリー・フレッチャー。今日こそ話してもらおう。魔女の秘薬はどこの闇市で手に入れた?」
向かい合って座った騎士が質問すると、「……答えたくないわ」とリリアンが悪態をつく。
「私はヒロインよ。それなのに、どうして私がここに閉じ込められるの? ここに閉じ込められるのはベアトリスの筈でしょう?」
侯爵令嬢であるベアトリスをリリアンが呼び捨てにした。立場を理解していない発言に尋問担当の騎士がムッとする。
今はまだかろうじて伯爵令嬢のリリアンだが、彼女は伯爵家からいつ除籍されてもおかしくない状況だ。
にも拘らず、この娘は何故こんなに大きな態度でいられるんだ?
騎士は疑問と少しの苛立ちを覚えたが、個人の感情はグッと飲み込んで耐えた。
「ベアトリス様は今関係ありません。さぁ、秘薬を購入した闇市を答えるんだ」
「はぁ~ぁ。こんなことなら元の世界に戻りたいわ」
“元の世界”という言い回しも、尋問担当の騎士はもう何度聞いたか分からない。再び沸き上がろうとする苛立ちを飲み込んで、リリアンに質問を続ける。
「伯爵邸へ帰りたいと言うことか? 残念だが、それは出来ない」
「……あぁ、でもあっちの私はとっくに死んでいるわよねぇ~」
「……貴女はまだ極刑と決まったわけではないが、このままだとそれも回避できないだろう。だから答えるんだ」
「この世界はゲームの中なのだから、せめて時間を巻き戻せたら良いのに……」
またのらりくらりと質問を躱し、意図がズレた発言を続けるリリアン。埒が明かない状況に、騎士がつい声を荒げる。
「リリアン・メアリー・フレッチャー! この尋問は遊びではないのだぞっ!!」
それでもリリアンは何も答えない。こうして今日も収穫が殆どないまま尋問が終了した。
リリアンの尋問担当騎士は施設内に与えられた席に付くと一つ息を吐く。そして、書記と共にリリアンの尋問のやり取りを纏めた報告書の作成に取りかかる。
彼らはもう何度目か分からない、特に進展のないこの報告書作成に正直に疲れてきていた。これが王太子殿下や国王陛下の元に流れていくと思うと、なんの成果も上げられていないことが心苦しい。
王族に読ませる報告書としては内容がペラペラだ。気が重くなった騎士は「はぁー」と盛大な溜め息を漏らした。
一方、檻の中で一人になったリリアンは質素な簡易机でボーッとしながら頬杖をついていた。
“こんな筈じゃなかったのに”
リリアンの頭の中はその言葉で埋め尽くされていた。
本当だったら今頃、リリアンはアルバートと親密になって生徒会に入り、そこでフランクやトレヴァー、それからマキシミリアンと仲よくなっている筈だった。
そのままアルバートを攻略するのもアリだし、生徒会メンバーを攻略するのもアリだわ! なんて最初の頃は浮かれていた。場合によっては難易度が高いエルバートを攻略することも楽しそう! と、捉えていた程だ。
最初、この世界に来たリリアンは驚いた。熱に魘されて寝込んで、目が覚めたら七、八歳の見知らぬ幼女の身体になっていたのだから無理もない。だけど良く見たら何処かで見たことがある顔だった。
たまたま様子を見にやって来た使用人が「リリアン様っ!」と駆け寄って、目覚めたばかりのこの身体の名前と高熱で三日間眠っていたことを教えてくれた。
そして確信した。
ここは前世でプレイしていた乙女ゲームの世界で、元の世界の自分は死んだのだと。
最初こそ戸惑いはしたものの、“大好きな乙女ゲームの主人公に転生できるなんて! 私って、めちゃくちゃラッキーじゃない??”と、気持ちの切り替えが早かった。
現実の私は死んでしまったけれど、ここは一通り攻略してやり込んだゲームの世界だし、この世界で歩む第二の人生は幸せになれること間違いなしだわ! これは可哀想な私に神様が与えてくれたご褒美ね!!
そう思っていた。だが、何故か物語がシナリオ通りに進まない。
一体、何処から間違えたというの?
リリアンは悔しさのあまり爪を噛む。そして、今までのことを思い返しながら、こうなってしまった原因を考え始めた。
ここまでお読み下さりありがとうございます!
ブックマーク、評価、リアクション、感想など励みになっております!!
誤字脱字報告も大変助かっております。
さて、4章に突入しました!
4章は暫く出番がなかったリリアンにスポットを当てた章になります。
「婚冷え」にとって重要な章になる予定です。
どの順番でエピソードを公開したら皆さんにより楽しんでもらえるかや、エピソードの中身もかなり悩みました。
作者なりに、皆さまに楽しんでもらえるよう頑張っておりますので、これからも応援よろしくお願いします!!




