48 アルバートの寝顔
学園生活が再開して一週間が経過する頃には、ベアトリスも今の状況に慣れ始めた。
復学した最初の頃は、教室でリリアンとその周りの令息たちの席が空白になっていることに、複雑な気持ちになった。だけど、空白の席にいたのはベアトリスとその護衛騎士を危険に晒した生徒だ。そう考えれば彼らの自業自得だと思えるようになった。
あれ以来、ケイティとジェマはベアトリスと教室で話す仲になり、移動教室の時も三人で会話をしながら一緒に向かっている。二人のお陰でベアトリスは以前より学園生活を楽しく感じていた。
今までベアトリスはケイティたちから敵意を向けられていたが、それは魅了の秘薬とリリアンの嘘による誤解から生じたものだった。彼女たちと話してみると素直で純粋な子たちだということが、良く分かった。そんな彼女たちだからこそ、リリアンの言葉を嘘とは疑わず、信じてしまったのだ。
身体がふらつくことも減ったベアトリスは妃教育も再開させた。そして、今はずっと休んでしまっていた孤児院の訪問計画を立て始めている。
本来、孤児院には月に一度ぐらいの頻度で訪れていた。それが、前回訪れたあとベアトリスが眠ってしまった時点で、既にそれなりの時間が経過しており、次回は約二ヶ月ぶりの訪問になる予定だった。
アルバートは、まだ外出先で活動を行うのは早くないか? とベアトリスの身体を心配した。だが、ベアトリスは子どもたちに心配をかけているだろうことも気になっていたため、早めに訪れたい考えだ。
「では、私も一緒に行こう」
学園から王城に向かう馬車の中、隣に座るアルバートがベアトリスに提案する。
「いけませんわ。アルバート様は公務が溜まっていますわよね?」
アルバートはベアトリスの療養中、ずっとリハビリに付き合ってくれた。そして、ベアトリスが学園に復学してからも「朝はエスコートする」と言って、教室まで送ってくれているし、帰りは生徒会の用事があった三日間以外はベアトリスと同じ馬車で帰城している。
だから城に到着するなり、アルバートに用事がある官僚たちが彼を出迎える勢いで待っているのをベアトリスは目撃していた。そんな状況のアルバートにこれ以上迷惑は掛けられない。
「それはそうだが、計画的に捌いていけば問題ない」
「捌けないほど溜め込んでいらっしゃる、もしくは捌かないといけない公務が通常より多いから公務が溜まっているのではありませんか?」
「う……」
アルバートが言葉を詰まらせたところを見るに、ベアトリスの推測はどちらかが当たっているらしい。
「孤児院にはいつも一人で行っていましたし、マリーナも付いていますから、ご心配には及びません」
「そうは言っても、まだ学園にも復帰したばかりじゃないか」
心配そうなアルバートの表情を見ていると、ベアトリスが我が儘を言っているような錯覚に陥る。だけど只でさえ忙しい彼をこれ以上、煩わせたくない。
「……少し考えさせてください」
そう言って、ベアトリスはアルバートを納得させるための良いアイデアを求めて思考を巡らせる。
孤児院の訪問をもう少し先の日程で組み直すとか? ですが、これ以上先延ばしにしたくはありませんし、やはり、このまま計画通り進めるのがいいかしら? それとも、他にいい考えがあるかしら?
そうやってベアトリスが暫く考え込んでいると、トンッと肩に重みを感じた。
不思議に思ったベアトリスが目を向けると、サラッとしたアルバートの金髪がベアトリスの肩口で揺れる。
「アルバート様?」
呼び掛けても返事がなく、ベアトリスがそーっと顔を覗き込むと、アルバートの瞼は閉じられていた。
すーっと小さな寝息が聞こえてきて、ベアトリスはアルバートが眠っていることに気付く。そして、彼の目元に僅かな隈の跡を見付けた。
やっぱり! アルバート様ったら、とても疲れていらっしゃるわ。
ベアトリスは自分が知らないだけで、アルバートはベアトリスに付き添うためにずっと無理をしていたのかもしれないと心配する。
もしかして、溜まった公務を捌くために徹夜されている、とか?
ベアトリスがそう考えるほどには、馬車の中でアルバートが眠ることは珍しかった。城に到着するまで寝かせてあげようと思ったベアトリスは、アルバートを起こしてしまわないように努める。だが、身動きが取れないことを意識した途端、ベアトリスは近い距離のアルバートに意識が持っていかれた。
「……っ」
アルバートの顔がこんなに近くにあるのは久しぶりのことで、その擽ったい距離感にベアトリスの頬に熱が籠っていく。アルバートをゆっくり寝かせてあげたいと思う反面、早く目を覚まして欲しいとも思ってしまう。
お陰で、それ以降は馬車の中で孤児院の訪問計画に関して、何も良い案が思い浮かばないベアトリスだった。




