32 魅了の秘薬の効果範囲
「クシールド伯爵令嬢たちの感情は令息たちが抱いたものとは少し違ったようだ。だが、無条件にリリアンを信頼していたにもかかわらず、魅了の秘薬を摂取しなくなったと思われる頃にその効果が切れた。現に、他の生徒たちも以前はリリアンを囲むことが多かったが、復学した頃には誰も彼女に近付こうとはしなかった。そうだろう?」
アルバートはフランクと同じ考えであることを推測と共に伝えた。
「そうだね。だとしたら、カモイズ伯爵家の使用人たちも、魅了の秘薬の効果でリリアンを甘やかしていたことになるね」
「そうか! 使用人の中では侍女たちに被害が多いと言われていますし、納得ですね!」
トレヴァーがポンッと手を叩いた。
「しかし、魅了の秘薬が同性相手でも効果があるとは……」
「今まで同性に対しては使われてこなかった。もしくは同性にも効果があると知った者はいたが、違法な代物であるが故に使用を隠匿したため、知られることがなかった。この二択のどちらかだろう」
これは新しい発見だ。後で国王陛下や然るべき機関に報告しなければ、とアルバートが考えていると「さて」とフランクの声がする。
「そうだとすると、リリアンはどうやって魅了の秘薬を仕込んだかがますます疑問だが、少し見えてきたことがある」
フランクの言葉にアルバートとトレヴァーは顔を彼の方に向けた。
「私のように魅了の秘薬の被害に遭っていない者もいるわけだが、両者の違いは何か」
「言われてみればそうだな」
アルバートは考え始める。フランクは答えが分かっているのか、少し勿体ぶった話し方をする。
「ヒントは学年でその差が顕著に現れていることだと私は推測する」
トレヴァーは「うーん」と唸って考えている。どうやら、フランクのヒントがいまいちピンと来なかったらしい。だがアルバートは違った。
「リリアンの近くにどれだけ長くいるか、か?」
真面目に答えたアルバートに「正解」とフランクが怪しげに目を細めた。
「私はベアトリスのこともあって、彼女に良い印象がなくてね。近付かないようにしていたんだ。だから魅了の秘薬の被害に遭わなかったのだと思う。学年が違うと必然的にリリアンと関わりが少なくなるから、辻褄は合うだろう?」
ニッとフランクが得意気な笑みを浮かべる。
親友の言わんとすることが分かって、アルバートは「なるほどな」と呟いた。
「あの、リリアン嬢の近くにいると魅了の秘薬に掛かるのは一体どういった原理なのですか?」
まだ分かっていないトレヴァーが質問する。
「トレヴァー、ご令嬢たちはオシャレの一環としてあるものを身に付けるんだ。いや、身に振りかけると言った方が正しいかな?」
「身に振りかける??」
呟いたトレヴァーは、端から見ると頭の上にハテナが浮かんでいそうに見えるほど、まだ答えにたどり着けていない。
「トレヴァーくん。このままだと君は将来、彼女か婚約者が出来たときに苦労するかもしれないよ」
面白がるようにクツクツ笑うフランクに「えぇっ!? どうしてですか!?」と、トレヴァーは疲れも忘れて勢い良く立ち上がるほど狼狽えていた。
段々可哀想に思えてきたアルバートは、自身も口許に笑みを滲ませながら答えを口にする。
「トレヴァー、答えは香水だ」
「こ、香水ですか?」
「あぁ。恐らくリリアンは魅了の秘薬を香水のように自分に振りかけていたんだ。だから、彼女の近くに長くいればいるほど、近付けば近付くほど魅了の秘薬を嗅いでしまい、被害に遭うというわけだ」
アルバートがそう言うと、フランクが付け足す。
「今回の被害者は授業中、彼女の席に近い令息が多かったからね。そして、彼女と行動を共にすることが多かったクシールド伯爵令嬢とネヴィソン子爵令嬢がご令嬢たちの中で一番魅了の秘薬の被害に遭っていたのは、このためだと考えられる」
「なるほど。リリアン嬢の近くにいれば無差別に秘薬を嗅ぐことになるから、同性同士でも魅了にかかって被害に遭うという訳ですね!」
「あぁ。勿論、カモイズ伯爵家の使用人もそうだ。リリアンの側にいる時間が長ければ長いほど効果を発揮する。カモイズ伯爵夫妻は同じ邸に住んでいるが、社交や領地のことで夫婦揃って邸を空けることもあっただろう。仮に晩餐でリリアンと顔を会わせたとしても離れて机を挟んでいたため、効果が現れにくかったと推測できるね」
「だが、魔女の秘薬を香水にするなんてな。自分にも副作用が現れるかもしれないのに、随分と大胆なことだ」
大抵の人間であれば、副作用を恐れて自分自身に魔女の秘薬を掛けるなどという行為はしないだろう。
アルバートの呟きをフランクはフッと鼻で笑う。
「その大胆な策で君はまんまと虜にされたんだろう? 大した令嬢だよ」
「う……まぁ、そうだな。……そうと分かれば、報告書を纏めなければ。父上に報告することが増えてしまった」
気だるげに呟いて、アルバートは漸く重い腰を上げた。




