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幼い頃から恋焦がれているなんて聞いてない!  作者: 巻鏡ほほろ


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62/68

62 三人だけで

「間違えたやり方を選んだのは自分自身だ。誰がいたから、いなかったから、それはあくまでもしもの話に過ぎない。選択肢はいくらでもあった。それを今いる自分が選んだ、それだけの話だ」


 もしも、自分がいなかったら、ベアトリスとネビアは幸せになっていたんじゃないか。

 そう考えていた自分を叱ってくれているようなシルビオの言葉に、リネッタは泣きそうになる。


「冷静になり、今までの自分を顧みるべきだ。あの時何を選べばどう変わったのか、そうして反省することで罪を自覚し、正せばいい」

 シルビオは王妃ルシアに視線を向ける。ルシアはシルビオの視線の意味を理解して微笑み、立ち上がった。

「ネビア・ガルシアへの処罰は法律に従い重いものが下されるでしょう。ただ、結果として誰一人死者は出ていないことから死罪にはなりません」

 向けた矛先は強大な権力者とはいえ、法の下では相手によって罪の大きさが変わるわけではない。結果として被害者がどんな状況になったか、またその数はどれくらいであったか、測るべきところはそれくらいだった。リネッタの怪我が甚大であれば、万が一の沙汰もあっただろう。


「シルビオの言うように、自らの罪を自覚し、反省するまで、私も手を貸します。あの時ガルシア家を助けられなかったせめてもの罪滅ぼしです。ネビア、自分の選択と向き合う覚悟を決めてください」

「ルシア…………」


 ネビアの体はもう力が入っていない。騎士たちに支えられ、だらりと四肢を投げうっている。ベアトリスも体力と精神が疲弊し、ぺたりと座り込んでしまった。聖堂騎士が取り囲み、優しく抱き起こしている。



 尋問は、この出来事を最後に完了した。

 あとは司法従事者が全ての手続きを進めるだろう。あとはアレハンドロたちがその結果に目を通すだけだ。



 こうして全ての事件の幕が閉じた。





 ***





 精神的ショックもあり、ベアトリスは聖女業務を再び休むことになった。

 ネビアの事件は、国民に明らかにされることはない。王都の人々は、今日も明るく平和に日常を送っている。王宮と聖堂だけが目まぐるしい感情の変化に皆疲弊している。


 詳細を知らない国民に対して、ベアトリスの休業の知らせはまた新しい憶測を生んだ。一月の休養が報道されるやいなや、噂通りリネッタが聖女に危害を加えたのではないか、といった黒い噂も飛び交った。

 人の口に門は立てられない。今を足掻くのではなく、いずれリネッタとベアトリスが健康になった時に、国民は噂の真偽を知るのだ。暴動でも起きない限り、それ以上に忙しい王宮の人々はその時を待つしかない。

 ベアトリスはネビアの一件で聖堂の部屋に帰ることも躊躇われているため、休業期間は王宮の一部屋に身を移しているし、リネッタへの罪悪感でむしろベアトリス側から恐縮しているくらいだ。

 けれど王宮の内部を知る由のない国民にとっては関係のないこと。



「そろそろ包帯を取ってもいいかもしれませんね。患部に対して気をつけるべきことを侍女長に書き記しておきますから、それに従ってください」

「ありがとうございます。ここで出してもらうお茶が美味しかったから予定がなくなるのは少し寂しいですが……」

 リネッタがはにかんで言うので、看護師が「あら」と嬉しそうな声を隠さずふふふと笑う。

「リネッタ様が良ければいつでもいらしてくださいね」

 看護師の言葉に、リネッタも笑顔を向けた。改めてこれまでの治療に対する礼をし、治療室から出る。リネッタ付きの侍女の一人であるナナが、リネッタを迎えると斜め後ろのポジションで追従した。



 怪我がある程度回復し、襲撃事件も閉幕した今、リネッタの日常はだいぶ落ち着いた。

 難民地域の浄化作業から始まった清掃活動や巡回といった業務が新しく加われど、普段は国政補佐のための勉強と社交界のための教養を学んだりといった日々だ。ベアトリスが国に帰ってくる前の生活はこんな感じだったな、とリネッタ自身しみじみとして時折集中を欠いてしまった。


 何より、こうして次期王妃としての学びを得ている一方で、この能力が実際に生かされる日は確実にくるのだろうか、と、不安に感じる日も少なくない。

 結局のところ、リネッタとベアトリスのどちらが正式な婚約者になるのか、公式的に発表されておらず、宙ぶらりんになっているのだ。


「提案書を作ったのもバックスの指示が介入して、そもそもそれを提案したのもネビア様の思惑があったわけだから……でも、聖女が帰ってきて国民の機運が高まったのは無関係……ううん、あれもバックスの賄賂を受け取ったホセが引き起こしたものだったわ。ああ〜〜〜色々とかき乱されてる!」

 ベッドの上でごろんごろんとリネッタが暴れ回るのをカロリーナは呆れた顔で見守っていた。夜にこうして大きな独り言をしながら自分の思考を整理する癖は、幼い頃からあるので見慣れたものだ。

 しかしカロリーナも、停滞気味なリネッタの日常をそばで見守っているため、こうやって思考の整理とストレス発散する行為そのものには同情できた。カロリーナこそ、リネッタの努力が報われる日を待っているのだから。


「でも、こういうのってなるべくしてなっているのよね。誰のせいというわけでもないんだわ。もしもバックスやネビア様やホセが動かなくても、お父様は勝手に提案書を作ったかもしれないし、国民から抗議されていたのは変わらなかったかもしれない……」

 呟くうちに、尋問の場でのシルビオの言葉を思い出していた。

 選択肢はいくらでもあった。それを今いる自分が選んだ。これはきっと、誰にでも言えることなのだ。


 そして今の自分の生活をぼんやりと回想した。

 自分の立場に合わせた日常的な学習も、聖女の一件で始めた活動の数々も、正直リネッタにとっては得でしかなかった。学ぶことは楽しいし、清掃活動や巡回はもっとルナーラ王国の人々と繋がる良い機会になった。実際、リネッタの存在を知る人間は、ベアトリスがやってくるまではとても少なかった。街に出ても立派な騎士を連れた貴族の少女、くらいの認識だったかもしれない。人々の関心は興味のそそられない物に対してはその程度なものだ。

 けれども今は、街に出ればほぼ確実に「リネッタ様こんにちは」と声をかけられる。名前と顔を一致されている。そしてその立場がどのようなものであるかも、当たり前に認知されている。


 リネッタの選択は、きっと間違いじゃなかった。


「……」

 なら、今のままでいいじゃないか、と、ストンと心が落ち着く場所に落ち着いた心地がした。

 ベッドの上で大の字になり、深呼吸する。

 何者になるか確定できない今がもどかしいけれど、それは先の話。過去の功績を見つめて自分の今を確かめたリネッタは、いつの間にか安心し切って眠りについたのだった。




 そして目が覚めると、大の字だった自分の体にはしっかり毛布がかけられており、静かな部屋に鳥の鳴く声が微かに響いている。

 少しどんよりとした雲から通される朝の光で、リネッタは目覚めと快眠を実感し腕を伸ばした。

 まだ左腕は伸縮をすると皮膚が突っ張るような違和感がある。腕を上げた時、服の袖が二の腕の方まで下がり、生々しい傷跡が視界に入る。


 この傷跡が完全に消えるかどうかは、わからないと言われた。


 二の腕の真ん中から肘にかけて抉るようにつけられた切創は深く、リネッタの皮膚による治癒力には荷が重かったらしい。

 リネッタは、自分の身分が王族の姫で良かったと思ってしまった。

 もしももう少し身分が低かったら、この傷一つで独り身人生を余儀なくされたかもしれない。けれど、そのくらいの身分であったら、そもそもこんな傷がつくようなことも無かった。


「……なんか、ダメだ」


 様々な「もしも」が渦巻いて、リネッタの思考を邪魔している気がした。起こした体をもう一度背中からベッドに預ける。

 まだカロリーナが部屋に入ってこないのを鑑みるに、いつもの起床時間よりずっと早いらしい。

 もう一度眠ってしまってもいいかな、と考えていたが、残念ながら眠気はやってこなかった。


 仕方なくもう一度体を起こし、自分で寝巻きから普段着に着替える。少し肌寒い日々が続いているので、足元までスカートは、中もふわふわと布が重ねられているものを選んだ。シャツはそのスカートに合わせてフリルのついた、袖の部分にゆとりのある白いブラウスを選んだ。これだけでは薄着なので、スカートの色に合わせた赤い大判のストールを羽織った。


 外に出ると静かで、風の音と鳥類の鳴き声しかなかった。人の活動は王宮からも、そして王都からも気配を感じられない。

 いつもの起床時間前に戻ればいいやと思い、リネッタは敷地内を一人で歩く。

 リネッタの住む屋敷は、シルビオの部屋や両陛下の部屋がある本館から外れており、王宮が所持する温室の近くに建てられている。

 そろそろ冬になるので、美しい花々を求めてリネッタはまたここに通うことになるのだろう。そう思ったら自然と足は温室の方に向かっていた。


 ここで、シルビオに改めて思いを告げた日のことを思い出す。シルビオも、明確な返事ができなくてきっと困っただろうに、あの時も真摯に自分の気持ちを受け止めてくれていた。そしてきっと、あのことがあったから、シルビオは自分のシルビオに対する気持ちを勘違いすることなく考えてくれていたのだろう。

 と、リネッタはポジティブに捉えている。

 外よりも暖かい空気に前向きに考えられる気がした。花の色も、今日みたいな曇天の日にはより一層目を楽しませてくれる。


 ───あ、あの花、この時期にも蕾になるのね


 視界の中にシルビオが好きな白い花が飛び込んできた。吸い寄せられるように足を運ぶと、それまで木々に隠れて見えなかったところにベアトリスが立ってることに気づいた。


 つい足を止めたその靴音で、ベアトリスもリネッタの存在に気づき、二人は視線を合わせる。


 こんな朝早い時間に、二人きりで、静かな温室で、どちらから言葉を発することもためらわれてしまい、リネッタもどんな表情をすればいいのか戸惑う。

 ベアトリスとこうして顔を突き合わせるのは、まさにネビアの尋問以来だった。


「おはようございます。お散歩ですか…?」


 無言が長く続くのもしんどいだろうと思ってリネッタは無難な質問を投げた。

「おはようございます。リネッタさんも早いですね」

「昨日はよく眠れて、思ったより早く目が冴えちゃったんです」

 あはは、と気まずい空気を誤魔化すようにリネッタは笑った。

 リネッタはもちろん、ベアトリスもここから立ち去ることはしなかった。二人はそれぞれ、目の前の植物に視線を落とし、さてここからどうしたものかと内心考えている。

 リネッタがちらりとベアトリスの周囲を見回すが、ベアトリスの他には誰もいない。多分、自分と同じ意図でこの温室に寄ったのかもしれない。ただ癒しを求めて暇つぶしにいるベアトリスを追い出す理由もないし、かといって自分も逃げるような態度を示すことも憚られた。


 私とベアトリス様は、今後どういう関係になればいいんだろう。


 ベアトリスがやってきたことから始まった事件が収束したとはいえ、そこからスパッと関係性が変わるわけではないというのは、現状のこの空気が物語っていた。

 リネッタは、もともとベアトリスに対して複雑な感情は抱けども、本人を嫌ったことなどなかった。立場を自覚せず弱気になっていた時は発破をかけたりもしたが、だからといって恨むわけでもなく、むしろ最初の頃は仲良くなれたらとすら思っていた。


 色々なことがあったから、友達のように、というのは、もう叶わないのかもしれないけれど。それでもリネッタはよそよそしいままでいるのは何だか違う気がした。


「………あの」


 何か言おうとベアトリスに声をかけようとした時だった。

「驚いたな」

 と低い声にリネッタとベアトリス両名が即座に反応して振り返る。


 声だけで胸が高鳴ってしまうのだから、間違えることもない。

 予想した通り、温室には三人目の訪問者であるシルビオが入ってきた。リネッタとベアトリスを見て珍しいものを見る目を丸くしている。


「二人ともおはよう。まさかここで会えるとは思わなかった」

「おはよう。シルビオも早起きしたの?」

「うん。寒いし、ここで時間を潰そうかなって」


「……ねえ」


 普通の会話が始まるはずだったところで、ベアトリスが割り入るように口を開いた。

 自然とベアトリスに視線が向けられ、彼女の言葉を待つ不自然な間が生まれる。


 気まずい表情だったベアトリスも、一瞬息をふうっと小さく吐けば、二人に視線をまっすぐ向けた。

 黒曜石のような瞳が、久しぶりに光を反射させている。


「きちんと、()()()話がしたいわ」


 思い返せば、確かにその機会は今までなかった。

 リネッタとシルビオは、悩むまでもなく同じ思いを抱いた。


「ぜひ、そうしましょう」


 ベアトリスの提案を受けて、リネッタが微笑みながら返事をした。

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