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幼い頃から恋焦がれているなんて聞いてない!  作者: 巻鏡ほほろ


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50 奇跡

「ねえやっぱり聖女様がお妃様になるのかな」

「でも力を失ってしまったんでしょう……? って、こんなこと言ったら処罰ものかな」

「みんな知ってるから大丈夫だよ」

「人前に出てきたってことは、力が戻ったってことなんじゃないか?」

「なんか可哀想で見てられないんだよなあ、今の聖女様の姿って」

「力が無いにしたって聖女なのは事実なんだろ? 同情で結婚してやってもいいんじゃないか?」

「それじゃあリネッタ様が不憫じゃない。デリカシーのないこと言わないでよ」


「決めるのは王子様や王様だけどさあ、国を背負って建つ人って考えたらリネッタ様の方がイメージしやすいかなあ」

「でもリネッタ様ってソレイユ王国の人なんでしょ? ならこの国の聖女様の方がいいと思うんだけど」

「別の国の人間が王族に入るのってそんなおかしな話でもないよ。あんた歴史の授業寝てた?」

「そもそも受けてない」


「聖女様はキレイ系で、リネッタ様って可愛い系って感じ〜」

「聖女様守りてえ」

「高貴な人ってスタイルいいよね。やっぱ血筋が大事なの?」

「リネッタ様のこと近くで見たことあるけど、騎士様みたいな筋肉美!って感じだったよ。動き機敏だよね」

「姿勢もいいし」


「今日の夕飯何にする?」

「え、今聞くこと? それ」

「帰りに食材揃えたいじゃない」

「えぇ〜〜……」


「今日の王子様も凛々しくてかっこいいわぁ……」

「旦那の隣で言うことかあ?」


「マルネブ旅行中に偶然王子殿下を見かけたんだけどね、ちょうどリネッタ様と行き違いになってたんだって」

「なんの用事だったの?」

「さすがにわかんない。偉そうな人たちに囲まれてたし」

「王子殿下って一人でいる時涼しそうでいいな〜って思うわ」

「クールな見た目してるよな」

「あ、でも私リネッタ様と一緒にいる時の王子様の方が好き! 話しかけやすいオーラしてるの」

「話しかけた?」

「一回だけ」

「お前勇気あるな」


「結局のところどっちが結婚すんだろうなあ」

「今の光景が答えでしょ、聖女様に決まってるじゃない」

「浪漫だよね、聖女様が王妃様になるの」

「聖女様〜〜ばんざ〜〜〜〜い!」

「しっ、儀式始まるからやめてよ」

「こういう時にしか直接応援できないんだからいいだろうが」



 祭典の準備の待ち時間、リネッタはただ座っているだけなので嫌でも観衆の声が耳に飛び込んできた。ざわめきの中での会話は、いつもより大きな声になってしまうせいなのか、集中すれば思った以上に内容がわかるくらいには聞けてしまった。


 やはり、予想していたように、この光景を婚姻と結びつける人々が多く、噂の大半はそれで持ちきりだ。ただ、リネッタが思っていたよりは全員が全員それを望んでいるわけではない、ということを知った。

 婚姻以前に、ベアトリスの様子の変化や力を失ったことに対する不安が感じられる。せっかくの喜ばしい行事なのに、ベアトリスが姿を現してからというもの、満面の笑みとは言えない民の表情にリネッタも憂いを感じた。

 どうにか皆に笑顔になって欲しい。せめて、安心してもらいたい。そのためにはどうすればいいんだろう。聖女ほどの影響力を持てない自分にもどかしさを覚えてしまう。


 考え込んでいるうちに、祭典の実行者たちがザザッと隊列を組み、規律正しく並んだ。

 その光景に民衆の声がさっと引き、ざわめきが囁きに変化した。少しだけ重たく身の引き締まるような空気だ。リネッタはあからさまにならないように静かに深呼吸をした。


「これより、第988回豊食祭の開会式を行う。ルナーラ王国の繁栄と恵みに感謝を捧げる」


 文化省大臣が声を張り上げれば、民衆は歓声と拍手を大きくした。隣国にまで聞こえているんじゃないかしら、なんてリネッタが考えるくらいに、圧倒されるくらいの人々の迫力は毎年恒例の光景だ。リネッタは豊食祭の開会式の盛り上がりが好きだった。


 アレハンドロ王とルシア王妃が供物として天に捧げる食材に感謝を捧げるように礼をし、綺麗な透明の水瓶の中に入れていく。ヤシの実、オリーブ、トマト、レモン……色鮮やかで瑞々しい食物が水の中に一度深く沈んで浮き上がる。

 次に、規則的に置かれた、人の背の高さほどの燭台に一つ一つ火が灯る。簡単に風で消えないように透明なガラスで包まれているのだが、これは聖堂による技術の結果らしい。この燭台の置き方は、たしか料理時に扱う炎を暗示しているんだったかな、とリネッタは頭の中で儀式の意味を反芻していた。


 両陛下が下がると、次にベアトリスが立ち上がる。水瓶の前まで行き、跪く。


 聖女の行程は、リネッタと同年代以下の民にとっては初めて生で見るものだ。この先何をするだろうか、と首を上げて左右に動く民衆が目立ち始める。

 リネッタは、知識としては行程を知っている。

 本来であればこの後、聖女の力を用いて水瓶に祝福代わりの浄化の力を施すのだ。この儀式の目玉といっても過言ではない。ただ、現実として聖女の力は失われている。だから水瓶の前で祝詞を読み祝福を捧げるポーズをする、それで終了となるはず。


「それでは聖女様、こちらに浄化の力を込めてください」


 しかし、文化省大臣は、民衆にも声が聞こえる拡声器を通して、そう宣言しながら小さな盃をベアトリスに差し出した。

 思わずリネッタとシルビオ、そして両陛下の顔色が変わる。そして当然、ベアトリスも困惑した。

「あの、力を込めるのは無いって……」

 震える小さな声で確認するベアトリスに、文化省大臣は悪気なく、拡声器を外して言い返す。

()()でいいんですよ、民衆に背を向ければ何が起きているかなんて分かりません。祈りを込めているふりをしたら、合図して光を灯させますから」

「待て」

 文化省大臣の言葉を遮ったのはシルビオだった。シルビオは立ち上がり、大臣の方に近寄って、壇上にいる人にしか聞こえないくらいの声で続ける。

「民に力を戻したと嘘をつけといっているようなものだ。それは容認できない」

「ええ? しかしこの儀式の目玉ですし、国民も安心なさるじゃないですか。一時的に力を取り戻された、という体裁の方が神秘的ですよ」

「ダメだ。国民に対して不誠実すぎる」

「殿下はそうおっしゃられましても、聖女様はいかがですか? ここで一度あるフリをした方がご気分も軽くなると思われますが」


 民衆の興味と失望の視線。ベアトリスは文化省大臣の言葉でその視線の数々を思い出して震えてしまう。そして同時に、かつて同じこの場所で浴びた人々の期待の目も。

 どうすればいいかわからずベアトリスはシルビオに助けを求めるように視線を向ける。しかしシルビオは厳しい視線で文化省大臣を見て、納得がいかない、といった様子だった。

「この場を乗り切ればいいのでしょう」

 ベアトリスは宣言してしまった。

「ベアト……」

「聖女様、本当にそれでよろしいか?」

 アレハンドロ王がベアトリスに改めて意見を促す。ベアトリスは、アレハンドロ王の表情から、どう答えるのが正解なのかわからず、思わず躊躇った。

「いいんですよ〜ほら、早くしないと」

 観衆のざわめきの質が変化しつつあるのを耳で感じた文化省大臣が急かす。


 ───どうしよう、力が戻ったと嘘をつくにしたって、今やられたら私たちが密かに行った儀式の存在が無駄になってしまう


 ベアトリスの力が失ったと報じられた二月前、リネッタとシルビオにて計画的かつ秘密裏に行われた聖女のための儀式は、いずれベアトリスの力が戻った時に公表するものだった。同じタイミングで公表することで、国民の水への意識を改善させるといったプロパガンダも意図していたのだ。

 リネッタは民衆からは死角になる位置にて取材を続けているホセの方に急いで向かった。リネッタまでもが動いたので民衆がまたざわめきを大きくする。

「ホセ、例の新聞を急いで持ってきて。下に控える騎士に話を通しているので手伝ってもらって」

「え? でも聖女様のお力は……」

「早く。万が一のためにここに置いておきたいの」

「…わかりました」

 持ち場を離れすぎて民衆を不安にさせないために簡潔に伝え、ホセが頷いたので再びリネッタは笑顔で席に着いた。


 城門の表では民衆が祭典を眺め、裏ではホセを中心に騎士たちが走っていく。

 イレギュラーを感じさせてはいけない。文化省大臣が早くと急かすのも同じ理由だ。


 アレハンドロ王に問われたベアトリスは、深呼吸を二つ繰り返して、アレハンドロ王の方に顔を向けて言った。


「私、やります。今は嘘だったとしても、必ずすぐに力を戻します。嘘を本当にさせます。でなければ、シルビオの隣に立つ意味がありませんから」

「………そうか。ならば、この後の対応を間違えてはいけない。貴女様のために動く多くの人も、その嘘に巻き込むことになると、責任を持てますかな?」

「っ…………! ……はい」

 ベアトリスだけでなく、祭壇上の役員たちまでもがアレハンドロの威厳に身をすくませた。

 覚悟を決めて頷いてしまったのなら、もう引き返せない。

 リネッタはベアトリスの決断を見守ると決めた。


 シルビオと、文化省大臣や役員たちも本来の立ち位置に戻る。そして少しすると、ベアトリスは民衆に背を向けたまま立ち上がった。そして大袈裟に、文化省大臣が改めてベアトリスに盃を渡す。

 儀式が再開した様子を察して、民衆の声がまた静まり返る。

 静寂に身を置かれたベアトリスは、恐れを抱きつつも、瞳を閉じた。


 リクに教わった魔力の流れをなぞってみた。祈りには集中力が必要だと、彼は言ってた、と。

 静寂と、暗闇がベアトリスの心を落ち着けていく。

 そして、祈りを込めるふりをする。……いや、祈りを込めてみる。


 その時だった。

 ベアトリスの手元が、神聖な光につつまれた。


 その場の全員が、目を見張る。


「ベアトリス様、そのまま民衆の前へ!!」

「!」

 リネッタが慌てて声をかけて、ベアトリスはそれに驚きつつも声に従った。

 振り返って、一歩前に踏み出す。民衆のどよめきが大きくなる。

 ベアトリスは盃を少しだけ上に掲げた。もう一度祈りを込めると、ささやかだが確かに光が灯る。


 大地が割れるのかというくらいの大歓声が王都を支配した。

 そしてほぼ同時に、ホセが汗水垂らして戻ってくるのをリネッタが視界の端で捉える。

「アレハンドロ王、今配ります!」

「リネッタ、俺にも渡して」

 シルビオとリネッタの手に、ホセから渡された新聞が渡り、静かに頷くアレハンドロ王を確認すれば、二人は一斉にそれを撒き散らした。

 民衆は降り注ぐ新聞に視線を奪われ、手を伸ばす。

「大臣、拡声器をお貸しいただけますか?」

「え? あ、ああ」

 予想外の魔法にあっけに取られている文化省大臣は、戸惑いながら拡声器をリネッタに手渡した。

 リネッタは沸騰したかのように興奮する民衆の前に立ち、呼びかけた。


「皆様、様々な憶測に不安だったことでしょう。しかし事実、このように聖女様のお力は戻りつつあります。これは何を隠そう、我々がこの国を代表して海の神と聖女様に対する『謝罪の儀』を執り行ったからに他なりません」


 新聞をよこせと人々がもつれるが、追加の新聞がホセと騎士たちによって再び放られる。


「新聞は明日改めて販売されます。詳細はそこでご確認ください。改めて、聖女様に感謝を。そして海の神に謝罪を」


 リネッタが凛然と声をあげれば、人々は新聞を奪い合う手を止め、注目する。

 そして次にリネッタは拡声器をアレハンドロ王に渡し、頭を下げて一歩引いた。アレハンドロ王が民衆の視線を一点に引き受ける。


「この国は水への感謝を忘れていた。そしてその罪が聖女に降りかかってしまったのだと我々は考えた。民の中にはシルビオとリネッタの活動を見ていたものも多いはずだ。彼らを中心として、この国は再び水への感謝を取り戻すことができた。だがまだ弱い。それは聖女の力が物語っている。この場にいる全てのものが同じ気持ちになり、意識を変えなければならない。豊食祭の場にふさわしい感謝の気持ちで、今こそ心を一つにするべきだ。私は国民を信じている」


 リネッタは、人々の気持ちが大きく変わった確信を得た。

 そしてそれはベアトリスもそうだと、信じることにした。


「本当に力が戻ったのは、幸いだったな」

 隣に来たシルビオも大きく深呼吸して、すっかり安堵の声だった。大きな仕事を一つ終えた心地で、リネッタとシルビオは顔を合わせると笑い合った。



「ねえ、あれ…」

「うん、素敵だね、なんか」

「二人とも赤色の正装がめっちゃお似合いじゃない?」

「ほんとだ」

 大歓喜の中、リネッタとシルビオの微笑ましさを噂する人の声はかき消されてしまう。けれども、確かに人々の記憶には残るのであった。

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