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幼い頃から恋焦がれているなんて聞いてない!  作者: 巻鏡ほほろ


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49 豊食祭

 水の確保もできて、他に特筆すべき問題もなく状況を確認できた。そろそろ帰る時間だ、と説明して、難民地域を後にする。今日は少しだけ遅くなってしまったので、シルビオもリネッタも麓近くの町の宿に一泊することにした。

 その道中、シルビオが「豊食祭の話をしたい」と、リネッタに切り出した。


 豊食祭とは、ルナーラ王国で年間を通して最も盛り上がる祭りである。

 海の神に感謝し、最も食物の恩恵を得る時期に催される国を挙げたイベントだ。赤や黄色といった暖色の衣服に身を包み、王都の街並みも同じような色で彩られる。海の街が暖色系統に塗り替えられる様子は特別感が際立つ。

 リネッタは当然王族側として祭りの挨拶などに参列する予定である。昨年までは学生身分であったことや正式な婚約者として発表されていなかったため、シルビオたちルナーラ王家からずっと後ろの方に控えていた。国民がリネッタの存在に疎いのもそういった理由が大きい。

 しかし今回は、ついにシルビオと並び立つことになる。そのためここ数ヶ月、実地調査のほかにリネッタは美しい姿勢を保つためのトレーニングも欠かさず行なっていた。森の中とはいえ、美しく歩くことを意識し続けている。


「1日目、奉納の儀式の入場は、ベアトをエスコートすることになる」

 だから、シルビオの言葉にリネッタは少なからずショックを受けた。

 婚約者はもう一人いる。それは今も変わらぬ事実だ。

「式典の最中も彼女の隣には俺が座ることになっている。文化省の大臣がどうしても譲れないと言ってきて、こちらが妥協することになった」

「……同年代の聖女様と王太子の構図は、歴史的にも稀だものね」

 リネッタは納得するような相槌を打つが、心の中にはモヤがかかった。豊食祭で初めて隣に立てる場所に、立つことを許されない。そう線を引かれたような心地がしたからだ。

 シルビオの婚姻には様々な思いと視線が向けられている。イバルリ環境大臣は、リネッタと活動を続けるさなかですっかりリネッタ派になり、そこに娘から聞いた二人の評判を上乗せしてとても好意的だ。リネッタの友人でありシルビオと旧知の仲であるマリー、アメリアの両名の親である外務大臣と宮内大臣も同様だろう。

 しかし、シルビオが口にした文化省の大臣及び役員は、歴史的側面からベアトリスとシルビオの婚姻を強く望んでいるという噂があった。聖堂の人間もどう考えているかは口にしないが、一般的に考えれば強い結びつきと繁栄の歴史の再来を求めてベアトリスとの婚姻に傾倒するだろうと考えられる。

 当事者であるリネッタたちは自分の思いのために動くことで手いっぱいだから、なかなか周りの視線を意識することが難しい。こうしてシルビオの口から現状を伝えられれば、改めて意識せざるを得なくなり、心に暗雲が立ちこめる。


 そんなリネッタの少しの表情の変化に気づいたシルビオが、足を止めてリネッタの方を向く。

 リネッタもシルビオに合わせて足を止めて視線を合わせる。

「儀式や式典の様子から、国民や貴族たちがいろんな憶測を口にすると思う。だけど、当然それらは真実じゃない。どうかその言葉に耳を傾けずにいてほしい」

「シルビオ……」

「……無責任に宣言できないのがもどかしいよ」

 小さな声で、自嘲気味に放った言葉と、どこか寂しげに笑うシルビオの表情に、リネッタの心臓がドクンと跳ねた。


 あと少し前に踏み出せば、シルビオと触れ合えるのに。

 そんな思いが過ぎって、リネッタは軽く頭を振る。

「あっありがとう、気を遣ってくれて…!」

 今はそう答えるので精一杯だった。


「いや、勝手な思惑に巻き込んだのは俺たちの方だから、改めて申し訳ない。その代わり、というわけではないんだけど──」

 とシルビオが言いかけた時、「姫様〜殿下〜置いて行っちゃいますよ〜!」と大声で二人を呼ぶマテオの声がした。

「今行くわ!」

 リネッタも大きめに声を張って応答する。二人が立ち止まったことで、先導していた騎士たちが不思議そうに振り返っていた。

「ごめん、後で話すね」

「ええ」

 照れくさそうに二人は笑い合って、急いで森を抜けるのであった。




 ***





 リネッタを仕立て上げたカロリーナは、最終チェックだと言わんばかりにまじまじとリネッタの姿を頭のてっぺんから爪先まで観察する。その視線の鋭さは職人のようだと思う。

「姫様は赤いドレスが本当に似合いますね」

 口角をじわりと上げたカロリーナは、誇らしげにそう言った。

「髪と肌の色のおかげかしら」

「姫様の気質に似合っているのも大きいでしょうね。豊食祭の主役は姫様で決まりですよ」

「うーんそうかなあ……」


 豊食祭は、王族貴族平民全ての国民の衣服の色が固定されている。赤色、黄色、茶色、橙色、この4色を必ずメインに据えることが伝統だ。

 リネッタはカロリーナのチョイスによって赤色のボリュームのあるドレスを着せられた。ドレスに合わせて、髪も普段のポニーテールではなく、ウェーブにスタイリングされた髪の毛をハーフアップにしている。髪留めには葡萄の実のように粒が並んだルビーの髪飾りをつけた。リネッタが歩くとしゃらしゃらと揺れて輝く。

 鏡で見る自分の姿にリネッタもテンションが上がっていた。

 しかし、主役になれるのか、と言われると、きっとそうはならないだろう、という予測で表情に翳りがさした。


 王都はすでに祭りの装いで賑わっている。城門を抜けて庭園があってリネッタの住む屋敷まで、と距離があるはずなのに、賑やかな音は直接耳に聞こえてくるほどだ。

 今日の正午に祭典が始まる。形式ばった厳かな儀式のあと、祭りの開会宣言によってこの賑わいはさらなる盛り上がりを見せるだろう。

 リネッタは時計を確認した。もうそろそろ行かなくてはならない。

 祭典は聖女の就任および歓迎式を行なった場所と同じところで開催される。城門のバルコニーに向かうため、鏡台の前から席を立った。



「おや、一瞬誰かと思っちゃいました。リネッタ様でしたか。おはようございます」

 屋敷を出てマテオとネルソンと共に城門に向かおうとした時だった。王宮から現れたホセ・レイズリーが感心したようにリネッタに声をかけた。


 ホセは、まだ一般的に公表されていない儀式の記録係として招来されて以降、ソレイユ王国聖堂の目から守るために王宮にて一時的に居を構えていた。仕事場への送り迎えには王宮勤めの平民が同行することでやりすごしている。

 すっかり王宮暮らしが板についたのか、のんびり我が物顔で庭園に現れるホセに、リネッタも違和感を取っ払って挨拶を返す。

「おはようございます。ホセも記録係として参列するの?」

「ええはい。後ろの方の見えにくいところでペンを走らせますよ。リアルタイムに間近で記録できた式の内容はいい素材になります」

 くくく、と悪どい顔で笑う。


「殿下とは城門で待ち合わせですか?」

 当たり前のようにホセが尋ねた。リネッタの動きが一瞬固まる。その反応に、おや?とホセも首を傾げた。

「……入場は、一緒じゃないの」

 リネッタがそう答えただけで、ホセは状況を全て察した。少しだけ気まずそうに、乾いた笑いをこぼす。

「あ〜〜ははは、そっか、20年来の聖女様のご入場に王族がサポートしないと示しがつきませんもんね〜ボクもまだまだだなあ」

 ホセの言葉には気遣いが多分に含まれていた。リネッタもそれを理解して微笑みを返す。

「リネッタ様、向かいましょう」

「わかったわネルソン。それじゃあホセ、祭典を楽しんで」

「ええ、リネッタ様も」


 ホセと別れて城門の方に歩みを進めれば、すでに両陛下の姿とシルビオ、そしてベアトリスの姿があった。

 ベアトリスは自らの水色の髪に似合うようにか、発色の良い黄色のドレスに身を包んでいる。彼女のスラリとしたラインが見えるようなシルエットで、やはり綺麗な人だな、とリネッタは思った。

 一瞬、ベアトリスがこちらに視線を向け、リネッタの視線と交わった。

 しかしすぐにフイッと逸らされて、それ以上視線が合うことはなかった。ベアトリスは既にシルビオの腕に手を組んでいる。まだ入場まで時間があるのに……と、リネッタは素直に心の中で嫉妬した。


「ご入場お願いいたします」

 状況を確認した門番と祭典役員が国王陛下に頭を下げる。頷いて、アレハンドロ王とルシア王妃は腕を組んで民衆の前に姿を現した。民衆から両陛下の姿が捉えられると、わああっと割れんばかりの歓声が響き渡る。

 王門の前には就任式の時と同じくらいの人がごった返しに詰め寄っている状況だった。整備する警備隊の苦労が既に伝わってくるくらいには混沌としている。人々は興奮で大盛り上がりである。


 両陛下の入場が終われば、すぐにシルビオとベアトリスの入場が始まる。リネッタは自分が入場するよりも緊張感を覚えていた。彼らの隣り合う姿を民衆がどう感じるのか、その結果に関しては様々な予測を考えているからだ。

 いまだ婚約者がどちらであるか未定なこと、しかしベアトリスの力が現在失われてしまっていることは民衆にバレてしまっていること、それなのに二人が共に並び立つ理由……。

 何が起こるかわからない。あの日のように、無責任な噂が自分の心を傷つけるかもしれない。

 けれどもリネッタは毅然と姿勢を正すことに集中した。この日のためにマナー講座も再度熱を入れて学び直したくらいなのだから、その努力を無駄にしたくない、と強く思う。今自分にできることをする。それは留学してから今日まで、リネッタがルナーラ王国で過ごす上でずっと大切にしていた決意だった。


 シルビオとベアトリスの並び立つ姿に民衆からは案の定、動揺に似たざわめきがあがった。困惑と、あるいは歓喜と、そして疑惑。民衆がベアトリスに注目する。ベアトリスが大勢の前に姿を現したのは実に2ヶ月ぶりだからだ。

 美しさは健在なれど、明らかにやつれていた。そして、大勢の視線に怯えているのか、顔は俯きがちで歩幅も小さくゆっくりである。肩をすくめるように縮こまり、前のような華々しいオーラがない。シルビオはベアトリスを気遣って彼女を隠すように民衆側を歩いている。ベアトリスの姿がそのせいでよく見えないことにも、民衆は思うところがあるのかざわざわと話し合う声がやまなかった。

 リネッタはベアトリスの背中を見て、痛々しい思いを抱えた。彼女の苦しみを完全に理解することができず、悔しい思いすら抱いた。

「リネッタ様、そろそろ」

「……はい」

 ネルソンの耳打ちに、一呼吸置いた。せめて、ベアトリスへの視線が自分に逸れるよう願って、堂々と一歩を踏み出した。


 民衆の前に姿を現したリネッタは、豊食祭のコンセプトに似合うよう、穏やかで眩しい笑顔を浮かべていた。

 リネッタの登場に人々は注目する。そして彼女の赤く堂々とした姿に息を呑む。

 規律正しい二人の騎士が背後に控えるその様には威厳があった。たった一人、エスコートもないが、それが逆に効果的であった。

「リネッタさまーー!!」

 リネッタを迎える人々の中に、難民地域の子どもたちの姿があった。この祭典の存在を伝えていたが、まさか大人も揃って前列で参加できる位置にいるとは思わず、リネッタは一瞬驚いて目を丸くしてしまう。


 来てくれてとても嬉しい。

 純粋にそう思って、リネッタは無邪気な笑顔を向けて子供達に手を振った。


 民衆の視線はすっかりリネッタのものだった。



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