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幼い頃から恋焦がれているなんて聞いてない!  作者: 巻鏡ほほろ


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16 思い出の上書き

「姫様、お二人に声をかけますか?」

 とてもとても小さい声でマテオがリネッタに耳打ちをする。

「な、何言ってるの、そんなのすごく気まずいじゃない」

「でもあの二人を二人っきりにさせるのって損じゃないですか?」

 マテオは思い切りリネッタ側の人間として意見を述べている。それはそうだ、と考えてしまうが、この間リネッタはシルビオと二人きりでお茶をした。それにベアトリスが言う通り、これから彼女は忙しくなるのでこうした時間を設けることも難しくなるだろう。そう思うと、ここで邪魔をするのはフェアじゃないとリネッタは思った。ベアトリスを尊重しようと思い、マテオに首を振って答えた。

「バレないように、二人が立ち去るまで息をひそめましょう。盗み聞きみたいになるのは心苦しいけれど」

 リネッタは人差し指を口に当てた。リネッタがそう決めたのなら、マテオは納得するしかない。自分の図体が物音を立てないように、リネッタの隣で体を小さくして座り込んだ。


「今日から私、正式に聖女ね。私、ちゃんと儀式できていたかしら」

「浄化の魔法、俺も初めて見たけどすごかったよ。感動した」

「シルビオにそう言われたら私も嬉しいわ」

 ベアトリスは頬を赤くして嬉しそうに笑みを浮かべる。シルビオが好きだったあの頃と変わらない、美しい笑顔だ。

「私が頑張って聖女として尽くせば、シルビオの隣に立っても恥ずかしくないかしら」

 ベアトリスは、机の上に置いた両手をぎゅっと握りしめた。


「シルビオのお嫁さんになる夢、叶うかしら」


 リネッタとマテオが、ベアトリスの決定的なアクションに重わず体を硬くした。

 シルビオの反応を本棚の隙間から窺うも、背中しか見えず表情はわからない。

 シルビオは五年前ここで自分と話した内容を覚えているのだろうか、とリネッタは不安と嫌な予感に包まれて鼓動を早くした。もしも、覚えているなら……きっとあの時のシルビオの気持ちを重ねて、ベアトリスに対する想いを再認識してしまうのではないか。


「ベアト……」

「小さい頃は私も貴族令嬢だったけれど、国を出て追われて、父も亡くなって、私の身分はなんでもないものになった。きっとこのままルナーラ王国に戻っても、平民と王子という立場になって、会うことはないんだって」

「……」

「でも、本当に幸運なことに、私は聖女だった。その事実を知った時、どれだけ嬉しかったか…! これであなたと並んでいても誰も違和感を持たない。またあなたとの将来を夢見ることができるって」


 リネッタはベアトリスの話を聞きながら、気持ちをシンクロさせた。

 なんだか、物語の文章を追って共感しているような気分になっていた。


「昔の約束を大事に思っているのは、私だけなの…?」


 切なく、縋るようなベアトリスの声。二人にとってその約束がどれだけ大きいものだったのか、リネッタは測りかねる。けれど、シルビオが約束を蔑ろにしているわけではないことを知っている。その約束があったから、あの日その場所で自分に「一番好きになることはないかもしれない」と打ち明けたのだから。


「ベアト、俺も、その約束をずっと大事にしていたし、その約束があったからリネッタに辛い思いをさせてしまったこともあった」


 自分の名前が出たことで心臓がドクンと跳ね上がった。マテオがリネッタを心配そうに覗き込む。なんでもない、と首を振って苦笑した。

 シルビオは5年前の言葉をちゃんと覚えていたし、その時自分が傷ついたことも知ってくれていたのだ。


「……なんだ、シルビオもちゃんと伝えていたのね」

「え?」

「リネッタ様に諦めるようにって」

「諦めろと言ったわけじゃない、ただ…」

「私がそう言われたら、諦めろと線引きされているのだと思うわ。シルビオ、本当に意図していなかったの? だとしたらちょっと残酷だわ」

 シルビオの声を呑む音が聞こえる。確かに、残酷なことだったと当時の泣き腫らした自分を思い出す。

 ———けれど、そんな冷たい気持ちでシルビオが言ったんじゃないのは私が一番わかっているわ。

 ベアトリスが帰ってくるかどうかわからない中、きっとあの頃シルビオは二度と会えないことを覚悟していたに違いない。確かにベアトリスへの好意はその時あったかもしれない、だからこそ、いつかの未来リネッタが大きなショックを受ける前に、せめてショックが軽減されるようにと思いやりを持って打ち明けてくれたのだと、リネッタは受け止めている。

 ———だって、ベアトリス様への好意を一生隠し通すことだってできたはずじゃない。

 それでもシルビオが打ち明けることを選んだのは、リネッタの思いにきちんと向き合おうと決めてくれたからなんじゃないのか。

 だからこそ苦しかった。それも事実だが、シルビオはリネッタが自分のことを好きにさせると宣言したときに、その宣言を否定することはなかった。希望を残してくれた。そしてその宣言を実行せんとするリネッタに、いつだって優しく目を向けて応対してくれた日々を思い出す。

 シルビオは優しくて正直な人だとリネッタは思っている。だから彼のことをもっと好きになったのだと。決して彼の言葉に駆け引きや悪意が含まれることはなかったから。

 それなのに、ベアトリスは彼を残酷だと言った。リネッタはその一点に黒い感情を抱いた。


「リネッタに謝らないと……」

「……ねえ、どうしてリネッタ様との婚約を続けているの?」

「え?」

「シルビオは、私よりもリネッタ様のことを好きなの? だから離したくないの…? 私のことを、ずっと好きでいるんだったら彼女のことを国に帰してあげればいいじゃない」

 裏切られて傷ついたようなベアトリスの声。

「国の取り決めで決まった婚約者なんでしょう? シルビオの気持ちは彼女にないのに、それでも振り回されてリネッタ様がかわいそうだわ」

「確かに国の取り決めではあったが、俺の気持ちが彼女にないとは言っていない」


 ベアトリスとリネッタが同時に目を見開いた。マテオも「お?」とシルビオの言葉に好奇心をかられている。


「じゃあ私のことを好きでいるというのは嘘? シルビオは私のことを愛してくれているんじゃないの…? だって、前に頭を撫でてくれた時だって、昔と変わらないって、私に会えて本当に嬉しかったって言ってくれたじゃない!」

 ベアトリスがガタンと椅子を倒す。気が昂って立ち上がって机にバンッと手をついた。

 目に涙を浮かべてシルビオに厳しい目つきを向ける。

 シルビオは態度を乱すことなく、まっすぐベアトリスを見上げた。

「五年前リネッタに好意を向けられないかもしれないと伝えた時は、確かにベアトのことを一番愛していた。けれど学園生活を経て、王子として業務をこなし、リネッタと過ごしていくうちにどれだけ彼女に支えられてきたかと感謝しない日はなかった」

「そんなの過ごした時間が一緒だったから生まれた同情じゃない」

「最初はそうだったかもしれない。けれど俺の気持ちを知ってもなお、自分を好きになってもらうようにと頑張る彼女を見ていくうちに、同情とは違う気持ちが生まれたのは確かだ」

「………リネッタ様を、好きになった、ということなの?」


 話を聞いているリネッタの顔がどんどん赤くなる。マテオが隣でニヤニヤと観察しているので、しっしっと振り払うそぶりをした。


「幼い頃ベアトに抱いた気持ちとは何か違う気がして、俺にも断言できない」

「……じゃあ同情よ。私とした約束は、ちゃんと愛の告白だったもの」


 リネッタは再びずーんと沈みこみ、マテオも眉尻を下げてリネッタを慰めるように肩をぽんぽんと叩いた。


「今のベアトに抱く気持ちも、あの頃とは違う」

「!!」

「ごめん。ベアトとの約束は正直なところ守れていないんだ。俺たちが離れていた時期はあまりにも長かった。それに、リネッタからの気持ちを無視できるほど酷い人間にもなれなかった」

「……酷いのは、私への愛を無くしたことじゃないの?」

「そう思ってリネッタに気持ちが動くことを押さえつけようとしていたこともあった。けれどそれはリネッタへの思いを踏み躙ることだと思ったから、俺も素直になることにした」

「思いを変えることで私が傷つかないか考えなかったの?」

「ベアトと二度と再会できないと思っていたんだ。……いや、たとえ再会するとわかっていても、この気持ちは止められなかったと思う。すまない、ベアト」

「っ……!!」


 リネッタは嬉しいという気持ちが膨れ上がる一方で、ベアトリスの気持ちを思い悔しさも覚えて情緒が乱れた。

 もしも、自分と彼女が逆の立場だったら…将来を誓い合うほど愛を信じていたのに、離れていた間に心変わりをしていたということ。それは確かに、ベアトリスからすれば酷い裏切りに他ならない。

 けれど、リネッタだって何もしていなかったわけじゃない。

 ベアトリスの存在をぼんやりと認識しつつも、その人に負けたくない、シルビオに好かれたいと思って努力をした。シルビオは、その思いに応えてくれた。

 ———ああやっぱり、嬉しいわ。

 ベアトリスに申し訳ないと思いつつも、その喜びは抑えられない。


「……でも、私を婚約者候補から切り離さないのは、まだ完全にリネッタ様に気持ちが寄っているわけではないからよね」

「それだけじゃない、国の母となる人間を選ぶならもっと必要な素質も…」

「そんなことよりも、シルビオ本人の気持ちが私には大事なの。答えて」


 傷ついたベアトリスは涙を流している。遠くのリネッタとマテオにも、溢れた涙が光って見えた。


「……期限まで、その点についてもしっかり見極めようと思っているよ」

「…っ、う、ぅぅ…っ………ひどいわ。私は、こんなにも好きなのに……」


 その瞬間、ベアトリスがシルビオに覆い被さるようにして近づき、そして唇を重ねた。

 思いがけないベアトリスの行動に、シルビオの反応も遅れる。

 隙間から見ていたリネッタとマテオが驚いて思わず立ち上がった。


「ベア………んんっ」

 ベアトリスはシルビオの両頬に手をやり、何度も角度を変えて深く口付けを交わす。シルビオは引き剥がそうとするも、力加減に迷っているようでうまくいかない。

 ショックと羞恥で見ているリネッタの脳が焼かれるような心地になり、これ以上は見てられないと再び床に沈んだ。

「情熱的すぎるだろ〜…」とマテオが小さく呟く。


「ベアト、やめろ!」

「っは、はぁ……ねえ、シルビオ、幼い頃も、こうやってキスしたじゃない。あの頃と今はそんなに違う? 私はずっと同じ気持ちよ。あなたのことが好き。愛してる。あなたと結ばれたい」


 キスしたことあるんだ……とリネッタはもはや床に崩れ落ちている。


「私絶対にもう一度あなたに好きになってもらうわ。リネッタ様よりもずっと強く私を愛するように。国民だって、私の味方にしてみせる。誰もが文句を言わせない形であなたと結ばれるわ」


 ベアトリスはそう言うと、足早に図書館を出て行った。建て付けの悪い扉が大きな音を立てて開閉する。

 残されたシルビオはその場にもう一度座り込み、深いため息を漏らした。突然のことに意気消沈している。しばらく動く様子はない。


「姫様、どうします?」

 マテオが囁くが、リネッタは動けずにいた。ベアトリスとシルビオの口付けが脳裏から離れない。

「シルビオが出てから出ましょう」

「……承知しました」

 二人は再び床に座り込んだ。

 静寂が場を支配する。近くの海岸から聞こえる波の音が、鮮明に耳に届いた。

 シルビオの気持ちがこの波の音で落ち着いてくれればいいとリネッタは思った。

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