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幼い頃から恋焦がれているなんて聞いてない!  作者: 巻鏡ほほろ


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14 告白

『聖女と王太子の熱い抱擁 恋愛結婚一直線』


 レイズリー社の報道は鮮度も良く、キャッチーで国民のニーズど真ん中に突き刺さる。

 今日の新聞も飛ぶように売れた。社内の編集部は両手を叩いて喜び合った。


 そんな歓喜がある一方で、リネッタは頭を抱えた。

 国民を知るには国民の情報をと思って日報をかき集めたはいいものの、運んできたカロリーナが気まずい表情で手渡してきたそれにはリネッタにダメージを与える見出しがどどんと載っているものだから、リネッタはあの場の真実を知っているとはいえ、この情報の波及効果を考えてソファに沈み込んでしまう。

「レイズリー社……ホセ・レイズリーがこれを書いたってことかしら…?」

 文末を確認するも、『文:未成年のため非公開』とあって、そんな横暴が許されるのかと思いつつ、レイズリー社で未成年で一面を飾れる人間はホセしかいないのもわかっていたのでリネッタはため息を吐いた。

「この場に居たのなら私に挨拶してくれたっていいじゃない。ホセはベアトリス様とシルビオの仲を応援しているのね…」

 学園時代にシルビオと共にホセと楽しく会話をした記憶を辿り、リネッタはその思い出が色褪せてしまう心地がして切なくなった。


「そうとも限りませんよ」

 と付け加えるのはカロリーナ。

「どういうこと?」

「ホセ・レイズリー氏は新聞社の一人息子…報道の人間というのは個人の感情よりも人々のニーズに合わせたニュースを広めることに熱意を持つと聞きます。ホセ氏がその記事を書いたからといって、聖女様を支持しているとは断言できません。まあ、可能性は大いにありますが…」

「なるほど…でもそうね、決めつけはよくないわね」


 リネッタは再び新聞を開き、国民のトレンドや小さな問題などに一通り目を向けた。

 今日の新聞社はレイズリー以外は大体俳優バロンの結婚そのものに着目している。さすが王国一番の名俳優、これから毎夜、涙で枕を濡らす娘は数知れないだろう。

 盗難事件の頻度が祭りの影響で増しているという記事も目立った。浮かれた空気に乗じて悪さをする輩も増えている。人々の警戒が緩いということと、お祭り気分で気が大きくなっていることが合わさって事件の数を増やしているように考えられた。

 聖女就任に伴い、聖職者の雇用を増やす募集の案内もあった。他国の聖職者を優先的に執りたいと書いてある。もしかしたらソレイユ王国からルナーラ王国にやってくる人もいるんじゃないだろうか。そうなると少し自国の聖堂管理が気がかりになる。

 あとは地方の移民問題、国民の出生率の増加、海産物の収穫量といった情報で埋まっている。

 平和だと思っていても、こうして火種はどこにでもあるのだと改めてリネッタは思い悩んだ。


 さて、情報をある程度得たリネッタは、次に本題に取り掛かることにした。

 それはもちろん、シルビオとの交流だ。

 本日は昼食後、シルビオの予定は無いというので、昨日の帰りの馬車のうちにお茶をしないかとリネッタから持ちかけている。


 ———国民がなんと言おうと、先にシルビオの関心をこちらに向ければ早い話成功なんだから。


 しかしそれがいかに難しいかは、リネッタが一番知っている。12歳の時に出会ってから19歳の今まで、シルビオは徹頭徹尾優しく素敵な男性として側にいてくれたが、彼から向けられる視線に変化は無かったのだから。


 リネッタの住まう屋敷の裏手に、外国の植物を保存している温室がある。本日のお茶はこちらで嗜むこととなっている。

 季節関係なく華やかで暖かなこの場所をリネッタは気に入っている。特に冬の時期は毎日通うほどだった。

 最近、シルビオが一番気に入っているらしい肉厚で白い花弁を持つ蝶々が羽を広げたような形をしている花が咲いたばかりだ。日々政務で忙しい彼の癒しになればというのも、この場所を選んだ理由だった。


「リネッタ、招待してくれてありがとう」

「いらっしゃいシルビオ! 招待なんて、ここはあなたのおうちなのに」

「温室はもうリネッタの方が主人に相応しいよ。……あ、あの花、咲いたんだね」

 シルビオは早速白い花を見つけて微笑んだ。リネッタが彼の横顔にときめくと同時に、心のうちでガッツポーズを取る。

「私も、そのお花がとても好きです」

 シルビオが気に入っているから、という邪な理由が先行するが、その花を通してシルビオを思い出せることが、なによりも愛おしさを増してしまうので好きになるのも仕方ない。


 白い花を一番近くで愛でられる場所にテーブルを設け、花の香りに合うフレイヴァーの紅茶をカロリーナが淹れる。

 彼女は二人に紅茶を注いで礼をすると、その場を後にした。


「今朝ベアトが謝りに来たよ。君のところにも行ったみたいだけど」

 ベアトリスの話題になることはわかりきっていたが、やはり少しテンションが落ちてしまうのを誤魔化しつつ、リネッタは返事をする。

「ええ、いらっしゃいました。あれだけお酒を飲んでいたのだから、記憶がないのも無理がないですわよね…」

「記憶がないって言ってたの?」

「? はい、私はそう聞きました」

「……」

 シルビオは何か考え込んでいる。

「シルビオ?」

「……いや、俺のところに謝りに来た時は、俺にしたことを覚えてるみたいだったから」

 ベアトリスが大胆に抱きつき、シルビオへ公開告白に近いことをした瞬間をリネッタは思い出す。

 けれど今朝リネッタの部屋にきて平身低頭したベアトリスが言っていたのはこうだ。


『昨晩はお酒に呑まれてしまい、ご迷惑をおかけしたようで本当にごめんなさい! 私何をしてしまったのかもう何も覚えていなくて、気づいたら部屋にいたから…。何かリネッタ様を害するようなことをしていたのなら教えてください!』


 何もなかったとリネッタが説き、床に沈んでいくベアトリスを慌てて立ち上がらせた。

 あの言い分を聞く限り、リネッタからすれば「酒を飲んだあとの記憶は全て覚えていない」と答えているように思えた。


(もしかして、ベアトリス様は何か駆け引きをしていらっしゃる…?)


 リネッタの胸の内がモヤつく。


 しかし考えても仕方ない。ベアトリスの話題でせっかくのお茶会を終わらせてしまうのはあまりに勿体無いので、リネッタは会話を変えることにした。


「そういえば、ディノから視察のときの話を聞いたわ」

 ディノが学園生活で玉の輿狙いの女子生徒からの行動に悩んでいること、一方でルナーラの王立学園の生徒たちの応対が心地よかったこと、そしてシルビオがその悩みに共感し、自分が平和に過ごせたのはリネッタの存在があったからだと答えたことを改めて伝える。

「このお話って本当なの?」

 自分で言ってなんだか照れ臭くなり、リネッタは視線だけシルビオに向けるようにして反応を窺う。

 お茶を飲むとシルビオは当時の会話を回想し、微笑む。

「本当だよ。リネッタがいなかったら俺もディノのように悩まされることもあったかもしれないって思った」

「………私、ちゃんとシルビオにとって良い婚約者だったかしら」

「え?」

 つい、過去形で質問してしまい、何かの意図を含ませた気がして、リネッタはハッとする。

「あ、ううん、学園でちゃんとシルビオの婚約者らしく振る舞えて、良い牽制になったのかしら〜って考えて……」

「…ああ、なんだそういう…。それはもちろん、申し分ないよ。リネッタはいつも俺を助けてくれたし、リネッタ自身もみんなに頼られていたから、側にいてとても誇らしかった」

「……!!」


 嬉しくて、リネッタは涙が出そうになる。

 ただ好きだから、婚約者という立場を利用してシルビオの側にいただけ。けれども、側にいるのなら彼に相応しい人になれるようにと努力をしてきたのは事実。努力している姿を見せつけたいわけではないが、知ってほしいという欲は心の奥にあった。

 それを認められたようで、リネッタは噛み締める。


「…私、これからもシルビオの婚約者として相応しい人であるように生きていくわ」

 リネッタはまっすぐシルビオを見つめた。

 彼の心を射止めようと決意したあの図書館での出来事を、改めて思い出したとき、リネッタは一つ気づいていたことがあった。

 まだ、言っていないことがある。

 それを言わなければ、そもそもベアトリスと結婚相手争いをする資格すらないのだと、リネッタは思ったのだ。


「私は、シルビオを愛しています。大好きです」


 最初は政略結婚として良い夫婦になっていけばと思っていた。

 けれど共に過ごしていくうちにシルビオそのものを知って、どんどん惹かれていった。


「私は心からあなたと添い遂げたいと願っています。そのためにも、この一年、私は私なりにできることを頑張ります。あの日、図書館で宣言したときから今も、そしてこれからもずっと、あなたが私を一番好きになってくれるように行動します。なのでどうか私を見ていてください」


 緊張で声が震える。

 いつもよりも大きく張ってしまい、温室の中に自分の声が響き渡っているように思う。

 笑顔もなにもなく、もしかしたら目が血走って怖い顔になっているかもしれない。けれど思いをぶつけるために可愛さを取り繕う余裕なんてない。


「どうか、シルビオが心の底から私を選べるように、努力します。……でも、もしも私がベアトリス様に及ばなければ、その時は迷わず彼女をお選びになってください」

 そんな未来は想像したくない。胸がズキリと痛む。

 けれどもリネッタは伝える。

「私は、シルビオが幸せになるのなら、それを応援したいの」


 リネッタが願うのは昔から今までも、自分がシルビオにとって一番の幸せになってくれたのなら、それだけだ。


 まっすぐなリネッタの言葉と視線に、シルビオも目を逸らせずにいる。

 彼女の想いに、シルビオも胸を打たれた。唇を引き締め、目元に力が入る。


「俺も、リネッタの想いに釣り合うように今まで以上に頑張らないといけないね」

 彼女に寄せる想いはベアトリスとはどう違うのか、まだシルビオにはわからない。

 けれども、この真摯な気持ちには、正直に応えたいとシルビオは思う。

「偉そうな言葉になってしまうけど、俺はちゃんとリネッタを見守るし、君が困ったなら惜しみなく手を貸すと約束するよ」

 その返事をもらえて、リネッタはじんわりと目尻に涙を浮かべた。

 今はそれだけで良い。リネッタの想いを無下にせず、真っ向から受け止めてくれたシルビオのことが改めて好きなのだと思った。その多幸感に、ふと涙が浮かんでしまった。

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